第60話『最初の通信』
俺たちの目の前で光の粒子が収束していく。
やがて、その光の中から一人の老人の姿がゆっくりと現れた。
長い白い髭。片目には眼帯。手には巨大な槍を携えている。
その姿には見覚えがあった。
いや、直接会ったことはない。
だが、俺は彼を知っている。
`―――……聞こえるか、勇者ケンタ`
頭の中にノイズ混じりの重々しい声が響いた。
それは今まで神託欄で何度も俺に的確なアドバイスをくれた、あの声。
「……オーディン様……?」
俺がそう呟くと、老人は満足げに頷いた。
「うむ。ようやく繋がりが安定したようだな。この姿はわしの魔力の一部を投影した、不完全なアバター(仮の肉体)のようなものだ。あまり長くはもたん」
知恵の神オーディン。
彼が自らこの地上に顕現したのだ。
アリアが驚きと畏敬の念に膝をつこうとするのを、オーディンは手で制した。
「堅苦しい挨拶は不要だ。それよりも、紹介したい者がおる」
オーディンがそう言うと、彼の隣でもう一つの光が収束し、人の形を成そうとしていた。
だが、その姿はオーディンのように完全な形を結ばない。
半透明で輪郭が絶えず揺らいでいる。
まるで幽霊のようだ。
その幽霊のような人影が、口を開いた。
`―――……久しぶりだな。ケンタ`
その声。
俺は忘れるはずもなかった。
俺と同じ国の、同じ言葉を話す、俺の先輩の声。
「……佐藤拓也……!」
「……拓也様……」
アリアもレオンも息をのむ。
人影――拓也は苦笑するように、その輪郭を揺らした。
`―――その名前で呼ばれるのは久しぶりだ。今の俺はもはや人間ではない。あの光の中で、俺は……この世界のシステムと一つになった`
「システムと一つに……?」
「そうだ」
オーディンが説明を引き継いだ。
「彼の、この世界を『解放』したいというあまりにも強大な意志が、再構築されるシステムに影響を与えたのだ。彼はシステムの暴走をその身をもって受け止め、そして今やシステムそのものを制御する中心核の一部となった」
俺は言葉を失った。
拓也は死んだのではなかった。
彼はこの世界の理そのものになったというのか。
神に近い存在に。
`―――おかげで俺の望みは、半分叶ったよ`
拓也の声が響く。
`―――神々はもう、一方的にこの世界を観測し、干渉することはできない。俺がその間に立つ防波堤になるからな。理不尽な要求は俺が全て弾く`
「……そうか。よかったな」
俺は心の底からそう言った。
彼の百年にわたる戦いは、無駄ではなかったのだ。
`―――だが、半分は叶わなかった`
彼の声に、わずかに悔しさが滲んだ。
`―――システムはまだ不完全だ。俺の力だけでは制御しきれないほどのバグが世界のあちこちで発生している。さっき君たちが戦ったような歪んだ魔物。時空の亀裂。そして……`
オーディンが厳しい顔で言葉を継いだ。
「―――そして、この新しいシステムを快く思わない神々もおる」
「……どういうことだ?」
「神々の中にも派閥がある。我々のようにこの新しい『対話』の時代を歓迎する者もおれば、旧来の一方的な『娯楽』を望む者もおるのだ。そやつらはシステムの不安定さを利用して、自分たちの都合のいいようにこの世界を再び混沌に陥れようと画策しておる」
エリスやネメシスといった邪神たち。
俺は直感的に、彼らのことを言っているのだと悟った。
`―――だから、頼みがある。ケンタ`
拓也の半透明な姿が、俺をまっすぐに見つめていた。
それはもはや魔王の目ではなかった。
一人の仲間としての、切実な願いの目だった。
第60話を更新しました。
ケンタたちの前に現れた、二人の来訪者。
それは、知恵の神オーディンと、そして、人間としての姿を取り戻した(?)、佐藤拓也でした。
拓也は、死んだのではなく、この世界のシステムそのものと一体化し、神々と世界の間に立つ、防波堤のような存在になったようです。
彼の戦いは、確かに、世界を変えたのですね。
しかし、物語は、それで終わりではありません。
不安定なシステム。世界のバグ。
そして、この変化を快く思わない、「旧体制派」の神々。
新たな問題が、次々と、明らかになります。
そして、拓也からの、「頼み」。
次回、ケンタたちに、新しい「役目」が、与えられます。
お読みいただき、ありがとうございました。




