第6話『冒険者』になった日』
宿屋での重苦しい夕食を終えた翌朝。
俺はアリアに叩き起こされた。まだ太陽も昇りきっていない薄暗い時間だった。
「おい、起きろ。いつまで寝ているつもりだ」
「……んぅ……まだ朝だろ……」
「朝だから起こしている。今日は買い出しに行くぞ。貴様のな」
アリアは俺の貧相な装備――というか、ただの布の服と木の棒――を侮蔑するように一瞥した。
「そんな格好でいつまでも私の隣に立たれては騎士の名折れだ。冒険者として最低限の装備を揃える」
有無を言わぬ口調だった。
こうして、俺とアリアの初めての共同作業(買い出し)が始まった。
朝の市場は活気に満ち溢れていた。
日本では見たこともないような色とりどりの野菜や果物。獣の皮を売る店。怪しげな薬を並べる露店。そのすべてが俺の目には珍しく映った。
【神託】:お、市場イベか
【神託】:あの赤い果物、絶対すっぱいぞ
【神託】:左の壺売ってる店主、顔が悪人すぎるw
神々は相変わらず好き勝手言っている。
俺がキョロキョロと物珍しそうに周りを見ていると、アリアがはぁ、と深いため息をついた。
「少しはしゃんとしろ。ここは戦場と同じだ。ぼったくられでもしたらどうする」
「わ、分かってるよ」
俺たちはまず武具屋に向かった。
店主のいかついドワーフに勧められるがまま、俺は一番安い革の鎧と鉄の剣を買おうとした。だが、それをアリアがぴしゃりと制した。
「待て。そちらの剣は鉄の含有量が低い。重心も悪い。こっちの、少し値は張るが鋼も混ざっている剣にしておけ。鎧も胸だけでなく腕当てもあった方がいい」
「え、でも、金が……」
「私の金だ。貸しにしておく」
彼女は俺の意見など聞く気もない様子で、テキパキと品物を選んでいく。
その目利きは確かだった。俺にはただの鉄の塊にしか見えない剣の違いを、彼女は一目で見抜いている。
これが本物の騎士か。
次に、俺たちは雑貨屋に入った。
寝袋、背負い袋、火打ち石、保存食……。
冒険者に必要なこまごまとした道具を揃えるためだ。
「寝袋は値段で選ぶな。中の羽の詰まり具合で選べ。ここがスカスカだと夜、凍え死ぬぞ」
「保存食は買うな。高いし、まずい。干し肉と干し果物、それと硬いパンがあれば自分で作れる。作り方は後で教えてやる」
「水袋は必ず二つ持て。一つが破れたら終わりだと思え」
アリアは俺に冒険者としてのイロハを一つ一つ叩き込んでいく。
その口調はぶっきらぼうだったが、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ少しだけ嬉しかったのかもしれない。
この右も左も分からない世界で、初めて俺に生きる術を教えてくれる人が現れたのだから。
【神託】:アリアさん、なんだかんだ面倒見いいな
【神託】:ツンデレ教官……最高かよ
【神託】:ケンタ、しっかり聞いとけよ! テストに出るぞ!
俺が彼女の説明にうんうんと頷いていると、アリアが怪訝な顔で俺を見た。
「……貴様、時々、誰と話しているんだ?」
「え? いや、その……故郷の神に祈りを……」
俺はとっさにそう誤魔化した。
するとアリアは少しだけ驚いたような、そしてどこか納得したような顔で頷いた。
「……そうか。貴様も敬虔な信徒だったのだな。てっきりもっと不真面目な男かと思っていた」
どうやら俺の奇行を、彼女なりに好意的に解釈してくれたらしい。
ちょっと罪悪感が湧いた。
一通りの買い物を終え、俺はアリアが選んでくれた真新しい装備を身につけた。
革の鎧、腕当て、そして腰にはずしりと重い鋼の剣。
木の棒を持っていた時とは比べ物にならない安心感があった。
鏡に映った自分の姿はまだひどく頼りなかったが、それでもほんの少しだけ、この世界の「冒険者」になれたような気がした。
「……悪くない」
アリアが俺の姿を見てぽつりと呟いた。
「……そうか?」
「ああ。木の棒を持ったただの村人よりはいくらかマシだ」
それは彼女なりの最大限の褒め言葉だったのかもしれない。
俺はなんだかむず痒くなって、顔をそむけた。
空はすっかり高く、青くなっていた。
序章:呼ばれた場所 完




