第58話『新しいノイズ』
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
数秒か、あるいは数百年か。
時間の感覚がない真っ白な光の中で、俺の意識はただ漂っていた。
やがて光がゆっくりと収まっていく。
最初に感じたのは土の匂いと、頬を撫でる柔らかな風だった。
俺はゆっくりと目を開けた。
見渡す限りの草原。
空はどこまでも青く澄み渡っている。
魔王城もその周辺の荒れ果てた大地も、跡形もなく消え去っていた。
まるで、すべてが夢だったかのように。
「……ここは……」
俺はゆっくりと体を起こした。
不思議なことに、あれだけ深かった傷はすべて癒えている。
体の重さもない。
そして、何よりも静かだった。
あれだけ四六時中、俺の視界の端で騒がしく流れ続けていた光の文字。
【神託】のウィンドウが、どこにも見当たらなかった。
終わった。
本当に終わったんだ。
サーカスは閉園したのだ。
俺はもう神々のピエロじゃない。
ただの鈴木健太に戻ったんだ。
その事実に、俺は心の底から安堵した。
と同時に、ほんの少しだけ寂しさを感じている自分に気づいた。
やかましくて身勝手で、無責任な観客たちだったけど。
彼らが、いなくなってしまったら、この世界はあまりにも静かすぎた。
俺は立ち上がり、仲間たちの姿を探した。
「アリア! レオン! ポポロ!」
大声で叫ぶ。
返事はない。
まさか、俺だけが生き残ってしまったのか?
そんな不安が胸をよぎった、その時。
―――ざ……ざざ……。
頭の中に直接ノイズが響いた。
なんだ?
耳を澄ます。
それはただのノイズではなかった。
ノイズの向こう側から、微かに誰かの声が聞こえる。
―――……接続……不安定……。
―――……座標……喪失……対象『勇者ケンタ』の、再捕捉を……。
―――……おい! 聞こえるか! 無事なのか!
―――……これが……新しい『対話』……。
神々の声だ。
断片的で途切れ途切れだが、確かに彼らの声が俺の脳内に直接響いてくる。
【神託】のウィンドウは消えた。
だが、俺と彼らとの接続は完全には切れていなかったのだ。
それは今までのような、一方的な「配信」と「コメント」の関係じゃない。
もっと不確かで、不安定で、だけどどこか対等な。
新しい「繋がり」の始まり。
そんな予感がした。
俺は空に向かって叫んだ。
「……ああ、聞こえるぞ! 俺は無事だ!」
俺の声が彼らに届いているのかは分からなかった。
だが、ノイズ混じりの声はどこか安堵したように聞こえた。
配信は終わっていなかった。
ただ、その「質」が変わっただけなのだ。
俺は苦笑した。
どうやら俺はまだ、この物語の「主人公」を続けなければならないらしい。
第58話を更新しました。
光の中から、ケンタが、帰ってきました。
魔王城は消え、世界は、一見、平和を取り戻したかのように、見えます。
そして、消えた【神託】ウィンドウ。
ケンタは、一度は、全てが終わった、と感じます。
しかし、彼と神々との繋がりは、完全には、消えていませんでした。
一方的な配信から、より双方向の「対話」へ。
システムは、確かに、アップデートされたようです。
この、頭に直接響く、ノイズ混じりの声、という表現。
新しい関係の、不安定さと、可能性の、両方を感じさせてくれますね。
さて、仲間たちは、どこへ行ってしまったのか。
そして、この変質した世界で、ケンタを、何が待ち受けているのか。
エピローグは、まだ、始まったばかりです。
お読みいただき、ありがとうございました。




