第55話『俺の言葉』
俺が「黙って見ててくれ」と告げた瞬間、玉座の間を支配していた神々の熱狂が嘘のように消え去った。
俺の体から立ち上っていた金色のオーラも、すっと霧散する。
スキル【勇者の覇気】の効果が切れたのだ。
体は再びハヤトとの戦いで負った傷の痛みを思い出した。
力が抜けていく。
俺は神々の加護を、自らの意志で放棄したのだ。
【神託】:……は?
【神託】:今、こいつなんて言った……?
【神託】:神の祝福を、拒否した……だと……?
神託のウィンドウは静まり返っていた。
そこには熱狂ではなく、ただ純粋な困惑だけが漂っていた。
自分たちの筋書き通りに動かないピエロに対する、戸惑い。
目の前の魔王が、くつくつと喉の奥で笑った。
「……面白い。面白いじゃないか、後輩。最後の最後で、あんたたち(神々)を裏切るとはな」
その声には、どこか愉快そうな響きがあった。
「だが、それが何を意味するか分かっているのか? 神々の加護を失ったお前に、この俺が倒せるものか」
「倒すだけが、戦いじゃないだろ」
俺は剣を構え直した。
そして地面を蹴った。
魔王の巨大な魔剣が、俺の頭上から振り下ろされる。
絶望の質量。
まともに受ければ、一撃で俺の体は塵になるだろう。
俺はそれを横に跳んでかわす。
轟音と共に、俺がさっきまでいた場所の床が粉々に砕け散った。
俺は彼の攻撃を、ただひたすらに避け続けた。
反撃はしない。
ただ、彼の剣筋を、動きを、そしてその瞳の奥にある深い、深い悲しみを見つめ続けた。
「どうした! 攻撃してこないのか!」
「……!」
「俺を殺すのが、お前の役目だろうが!」
彼の剣が荒々しくなる。
その太刀筋には焦りが見え始めていた。
彼は俺に殺されたいのだ。
俺が彼を殺すことでしか、この物語は終われないと信じ込んでいるから。
俺は彼の巨大な魔剣を、自分のちっぽけな鋼の剣で受け流した。
腕が折れるかと思うほどの衝撃。
だが、その衝撃を利用して俺は彼の懐に飛び込んだ。
ゼロ距離。
彼の絶望の鎧の、すぐ目の前。
フードの奥の淀んだ瞳が、俺を捉えた。
俺は剣を使わなかった。
代わりに空いている左の拳を握りしめた。
それはハヤトを殴った、泥だらけの拳。
スキルも魔法も何もない、ただの俺の拳。
その拳を俺は、彼の鎧の胸の中心に叩き込んだ。
ハヤトを殴った時のような力任せの拳じゃない。
ゴン、という鈍い音が響いた。
それは攻撃というより、まるで固く閉ざされた扉をノックするかのような、そんな一撃だった。
「―――あんたは、間違ってる」
俺は言った。
ゼロ距離で、彼の瞳を見つめながら。
「あんたは誰よりもこの世界を愛していたはずだ。
仲間を愛していたはずだ。
だから裏切られた時、誰よりも深く傷ついた。
絶望した。
その絶望が、あんたを魔王にした」
「黙れ……」
「あんたが本当に望んでいるのは、破滅なんかじゃない。
救済だ。
あんた自身が誰かに救われたかっただけなんだ。
神々じゃない誰かに、『お前の戦いは無駄じゃなかった』って、認めてほしかっただけなんだ!」
俺の言葉が彼の絶望の鎧に、小さな、小さな亀裂を入れたのを、俺は確かに見た。
彼の淀んだ瞳が大きく見開かれた。
そこには何百年も前に彼が失ったはずの、ただの青年としての戸惑いの色が浮かんでいた。
第55話を更新しました。
神々の加護を振り払い、己の力だけで、魔王と向き合うケンタ。
彼の武器は、もはや剣ではありません。
「言葉」、そして、「対話」です。
彼の拳は、魔王を倒すためではなく、彼の固く閉ざされた心の扉を「ノック」するためのものでした。
そして、ケンタが突きつけた、魔王(佐藤拓也)の、本当の願い。
それは、破滅ではなく、「救済」。
誰かに、自分の苦しみを、認めてほしかった。
その、あまりにも人間的な、悲しい願い。
ケンタの言葉は、彼の心に、届いたのでしょうか。
次回、ついに、ケンタは、最後の行動に出ます。
物語は、本当に、あと少しで、終わりを迎えます。
お読みいただき、ありがとうございました。




