第53話『対話』
「……先輩」
俺がそう呼びかけると、玉座に座る魔王――佐藤拓也の肩がわずかに震えた。
彼はゆっくりと、本当に億劫そうに、その顔を上げた。
フードの影から現れたその顔は、俺が想像していたよりもずっと若々しかった。
俺とそう年は変わらないように見える。
だが、その瞳だけがまるで何百年も生きてきた老人のように、深く、暗く淀んでいた。
希望も絶望も、すべての感情が燃え尽きた後に残る、虚無。
そんなものがその瞳には宿っていた。
「……その呼び方は、やめろ」
彼の声はひどくかすれていた。
長い間、誰とも話していなかったかのように。
「俺は魔王だ。お前は勇者。お前が俺を殺しに来た。……それだけの話だろう」
彼は俺との対話を拒絶した。
だが、俺は引かなかった。
「あんたの日記、読ませてもらったよ。賢者の塔にあった、あんたの配信記録をな」
「……!」
その言葉に、彼の虚無の瞳が初めてわずかに揺らいだ。
「仲間を信じて。神々を信じて。そして、裏切られて……。あんたがどれだけ辛かったか。苦しかったか。俺には、少しだけ分かるつもりだ」
「……分かるだと?」
彼は吐き捨てるように言った。
その声に初めて感情の色が乗った。
それは怒り。嘲り。
「お前に俺の何が分かる……! 俺がこの玉座で一人、どれだけの時を過ごしてきたと思っている……! 新しい勇者が来るのを待ちながら……! 俺の復讐を果たせるその日だけを、夢見て……!」
「ああ、分かるさ。だからあんたは、俺に協力してほしかったんだろ? リリスを遣わしてまで」
「……」
彼は言葉に詰まった。
俺は続けた。
「あんたの目的は世界の解放。神々の支配からこの世界を切り離すこと。そのために、あんたは魔王になった。……違うか?」
彼は何も答えなかった。
だが、その沈黙が何よりの肯定だった。
俺は一歩、彼に近づいた。
「なあ、佐藤拓也。あんたのやり方は間違ってる」
「……何?」
「全てを壊して終わりにすることが、本当に解放なのか? それはただの、あんたの自己満足な復讐じゃないのか? あんたはこの世界を救いたいんじゃない。ただ、自分を裏切った神々に一矢報いたいだけなんだ」
「黙れッ!!」
彼が叫んだ。
その瞬間、玉座の間全体が凄まじい魔力で震えた。
彼の背後から、どす黒い絶望のオーラがまるで生き物のように立ち上る。
「お前に俺の気持ちの何が分かるか! だったらお前はどうするつもりだ! 神々のピエロを続けるつもりか!」
「続けないさ」
俺はきっぱりと言った。
「あんたとは違うやり方で、俺がこのサーカスを終わらせる」
「……何だと?」
「だから、もうあんたが魔王でいる必要はないんだよ。あんたの戦いは、もう終わりだ。あんたの背負ってきた重すぎる荷物は、俺が引き継ぐ」
俺は彼に手を差し伸べようとした。
その時。
彼は、ふっと自嘲するように笑った。
その笑顔はあまりにも悲しかった。
「……引き継ぐだと? 甘いな。お前はまだ、何も分かっていない」
彼はゆっくりと玉座から立ち上がった。
その体から、先ほどとは比べ物にならないほどの絶望的な魔力があふれ出す。
「この物語のエンディングは、もう決まっているんだよ。
―――勇者が、魔王を殺す。
それ以外の結末は、神々が、決して許さない」
「俺を殺してくれ、勇者ケンタ。
それがこの世界を解放するための唯一の方法であり。
そして、俺がこの永遠の苦しみから解放される、唯一のエンディングだ」
彼の瞳に再び虚無の色が戻っていた。
いや、それよりももっと深い、死への渇望。
彼は俺に殺されることで、すべてを終わらせようとしていたのだ。
対話は、ここで終わった。
ここからはもう、力で語り合うしかなかった。
第53話を更新しました。
ついに始まった、ケンタと魔王(佐藤拓也)との、対話。
しかし、長い年月にわたる絶望は、彼の心を、固く、閉ざしてしまっていました。
彼が望むのは、もはや「解放」ですらなく、「死」による「救済」。
ケンタが差し伸べようとした、救いの手。
それを、彼は、自ら、振り払ってしまいます。
「俺を殺してくれ。それが、唯一のエンディングだ」
あまりにも、悲しい言葉ですね。
ケンタは、彼の心を、こじ開けることができるのか。
そして、神々が望まない、新しいエンディングを、見せつけることができるのか。
物語は、クライマックスへと、加速します。
お読みいただき、ありがとうございました。




