第52話『玉座の間』
ハヤトとの戦いで受けた傷は浅くなかった。
レオンの治癒魔法とポポロの介抱のおかげでなんとか歩けるようにはなったが、体は鉛のように重かった。
俺たちは巨大で禍々しい魔王城の門を、ゆっくりと押し開けた。
中は驚くほど静かだった。
魔王軍の兵士がうじゃうじゃといるものだとばかり思っていたのに、城内には誰の気配もなかった。
ただ、薄暗くだだっ広いホールがどこまでも続いている。
壁には不気味な紋様が描かれ、天井からはシャンデリアの代わりに巨大な怪物の骨のようなものが吊るされていた。
「……罠か?」
アリアが警戒を強める。
「いえ、魔力的な罠の反応はありませんね。まるで、もぬけの殻のようです」
レオンも不思議そうに周囲を見渡している。
【神託】:静かすぎる……
【神託】:ラスダン(ラストダンジョン)って、もっと敵が出てくるもんじゃないのか?
【神託】:むしろ、この静けさが不気味だ
神々もこの異常事態に戸惑っているようだった。
俺たちは長い、長い廊下をただひたすらに歩いた。
俺たちの足音だけが不気味なほど高く響き渡る。
やがて俺たちは、ひときわ大きな黒檀で作られたかのような巨大な扉の前にたどり着いた。
扉の上には「玉座の間」と、古代文字で記されている。
「……ここか」
「ケンタ殿、覚悟はいいな?」
アリアが俺の顔を真剣な目で見つめる。
俺はこくりと頷いた。
四人で力を合わせ、その重い扉を開く。
ぎ、ぎぎぎ……と耳障りな蝶番の音が鳴り響いた。
扉の向こうは天井がやけに高い、広大な空間だった。
壁にはステンドグラスがはめ込まれているが、そこに描かれているのは聖人たちの物語ではなく、勇者が魔物に敗れ人々が絶望に沈む陰惨な絵ばかりだった。
そして、その広間の一番奥。
いくつもの階段を上った一番高い場所に、それはあった。
巨大な黒曜石を削り出して作ったかのような、禍々しい玉座。
そこに一人の男が座っていた。
黒い豪奢なマントを羽織り、深くフードを被っている。
顔は影になってよく見えない。
彼が魔王。
佐藤、拓也。
俺たちが部屋に入ってきたというのに、彼はぴくりとも動かなかった。
ただ玉座に深く、深く身を沈めている。
その姿からは世界を滅ぼす魔王の威厳だとか、圧倒的な覇気だとか、そんなものは一切感じられなかった。
まるで全てに疲れ果てて、ただそこに座っているだけ。
そんなひどく消耗しきった、ただの疲れた男にしか、俺には見えなかった。
【神託】:……いた
【神託】:あれが……魔王……
【神託】:……初代……
神託のウィンドウは静まり返っていた。
誰もが息をのんで、玉座の上のその男を見つめている。
何年も、何十年も神々の娯楽のために踊り続けた、哀れなピエロの成れの果て。
俺は仲間たちに「ここで待っててくれ」と小さな声で告げた。
そして一人、階段をゆっくりと上り始めた。
カツ、カツ、と俺の足音だけが玉座の間に響く。
一歩、また一歩と俺は彼に近づいていく。
俺と同じ異世界から来た、俺の大先輩に。
俺がもし一歩間違えていたら、たどり着いていたかもしれない、もう一人の俺自身に。
俺は玉座のすぐ目の前で足を止めた。
そして、静かに彼に語りかけた。
「……初めまして、かな。でも俺は、あんたのことをよく知ってますよ。先輩」
俺の世界の、俺の国の言葉で。
その瞬間、フードの奥で影になっていた彼の顔が、ぴくりと動いたのを、俺は見逃さなかった。
第52話を更新しました。
物語は、ついに最終章【配信の終わり】へと、突入します。
静まり返った、魔王城。
そして、ついに、魔王との対面です。
しかし、そこにいたのは、邪悪な魔王ではなく、ただ、全てに疲れ果てた、一人の男でした。
威厳も、覇気もない、彼のその姿は、彼がどれだけの絶望を、一人で抱え込んできたのかを、何よりも雄弁に、物語っていますね。
そして、ケンタが、彼に語りかけた、最初の言葉。
「……初めまして、かな。でも、俺は、あんたのことを、よく知ってますよ。先輩」
それは、敵対する者への言葉ではありません。
同じ境遇を知る、後輩から、先輩への、労いと、共感の、言葉。
この一言から、二人の、最後の対話が、始まります。
お読みいただき、ありがとうございました。
物語の結末を、ぜひ、最後まで見届けてください。




