第51話『勝敗』
どれだけの時間、殴り合っていただろうか。
もうお互いに拳を上げる力すら残っていなかった。
俺とハヤトは泥だらけの地面に大の字になって倒れ込み、ぜえ、ぜえ、と荒い息を繰り返していた。
空がやけに青く見えた。
「……はあ……はあ……なんでだ」
ハヤトがかすれた声で呟いた。
「なんで武器を捨てた……。非効率な……馬鹿げた行動だ……」
「……うるせえな」
俺も息も絶え絶えに答える。
「お前みたいに頭でっかちに最適解ばっか探してるから……足元すくわれるんだよ、バーカ……」
子供の悪口の言い合いだった。
俺たちは二人して、ふっと笑った。
なんで笑っているのか、自分でも分からなかった。
やがて俺は最後の力を振り絞って、ゆっくりと、本当にゆっくりと体を起こした。
膝ががくがくと笑っている。
視界がぐらぐらと揺れる。
だが、俺はなんとか自分の足で立った。
ハヤトも立ち上がろうとした。
だが、彼の体はぴくりとも動かなかった。
俺の渾身の一撃が、彼の体のどこか大事な部分を壊したのかもしれない。
あるいは、彼の心が初めて経験する「理不尽な敗北」についてこられなかったのかもしれない。
勝敗はついた。
最後に立っていたのは、俺だった。
【神託】:……決まったか
【神託】:ケンタが……勝った……
【神託】:信じられない……。なんでだ?
【神託】:軍神マルス:……分からんのか。最後に勝つのは、より「勝ちたい」と強く願った者だ。ただ、それだけのことよ。
マルスの言う通りなのかもしれない。
理由は分からない。
ただ運が良かっただけだ。
俺が、少しだけあいつよりしぶとかった。
たぶん、本当にそれだけのことだ。
俺は倒れているハヤトの元へ、ふらふらと歩み寄った。
そしてアリアとの戦いの後のように、彼に手を差し伸べた。
「……立てよ。お前の負けだ」
ハヤトは俺の手を取らなかった。
彼はただ仰向けに倒れたまま、憎々しげに俺を睨みつけていた。
「……殺せ」
「……また、それかよ」
俺は思わず苦笑した。
「俺はお前を殺しに来たんじゃない。魔王と、話し合いに来たんだ」
「……無駄だ」
ハヤトは吐き捨てるように言った。
「あの魔王はもう手遅れだ。対話など通じん。奴が望んでいるのは破滅だけだ。この世界の、システムそのものの……」
彼はそこまで言って、はっと口をつぐんだ。
そして何かを悟ったように、静かに空を見上げた。
「……そうか」
彼は小さくそう呟いた。
「……そういうことか。お前は……俺がなれなかったものに、なろうとしているのか……」
その言葉の意味は、俺にはよく分からなかった。
だが、彼の目から初めてあの冷たい光が消えているのに気づいた。
そこには、ただの敗北を知った一人の青年の、空っぽな瞳があるだけだった。
俺は、それ以上何も言わなかった。
仲間たちが俺の元へ駆け寄ってくる。
「ケンタ! 大丈夫か!」
「ケンタお兄ちゃん!」
アリアとポポロが、俺の傷だらけの体を支えてくれた。
レオンは倒れているハヤトを一瞥し、そして静かに言った。
「……行きましょう。道は開けました」
俺は一度だけハヤトを振り返った。
彼はまだ倒れたまま空を見上げていた。
俺たちは彼をそこに残して、魔王城へと続く道を再び歩き始めた。
勝ったのに、心は少しも晴れなかった。
第51話を更新しました。
長かった、勇者同士の決闘。ついに、決着です。
勝ったのは、ケンタでした。
スキルでも、ステータスでもない、泥臭くて、人間臭い戦いの果てに。
今回の勝敗を分けた、決定的な要因。それは、**「仲間の有無」**ではないか、と。
ハヤトは、常に一人で、己の力だけを信じて戦ってきました。
しかし、その完璧な自己が崩れた時、彼には支えがなかった。
一方、ケンタには、仲間がいました。
彼が最後に立ち上がれたのは、「自分を信じてくれる仲間のために、この道を開きたい」という、一人ではない、強い願いがあったからかもしれません。
彼の勝利は、決して運だけではなかったのですね。
そして、敗北したハヤト。
彼が最後に呟いた、「そうか」という言葉。
彼は、この敗北によって、一体、何を悟ったのでしょうか。
彼の物語は、まだ、終わっていないのかもしれません。
しかし、ケンタたちの道は、先へと続きます。
最強の番人を退け、ついに、彼らは、魔王の待つ城の、門をくぐります。
物語は、いよいよ、最終決戦へ。
お読みいただき、ありがとうございました。




