第50話『泥だらけの拳』
魔王城へと続く荒野。
俺とハヤトは剣を構え、睨み合っていた。
乾いた風が二人の間を吹き抜けていく。仲間たちは少し離れた場所で、固唾をのんで俺たちの戦いを見守っている。
【神託】:ついに始まった……勇者対決!
【神託】:どっちが勝つんだ!?
【神託】:性能ならハヤトが上だろ……。ケンタ、大丈夫か?
神々の言う通り、純粋な戦闘能力で言えば、おそらくハヤトの方が上だ。
彼はこの世界を「ゲーム」として、誰よりも効率的に自分を強化してきたのだから。
だが、俺は負ける気がしなかった。
この戦いは、強さだけの戦いじゃない。
先に動いたのはハヤトだった。
予備動作のない、最短距離の踏み込み。
以前、水鏡で見たあの人間離れした動きだ。
彼の剣が俺の心臓を正確に狙ってくる。
速い。
だが、今の俺には見える。
俺は彼の剣を、自分の剣の腹で受け流した。
キィン、と甲高い金属音。
ハヤトの目に、初めてわずかな驚きが浮かんだ。
「……ほう。今のを防ぐか」
「お前の動きは、もう知ってるんでね」
ハヤトの動きは確かに速くて正確だ。
だが、それはあくまで「最適化」された動き。
そこには感情の揺らぎも迷いも、アドリブもない。
一度見てしまえば、そのパターンは読める。
今度は俺から仕掛けた。
スキル【身体強化】を発動させ、渾身の力で斬りかかる。
ハヤトはそれを最小限の動きで、ひらり、ひらりと、かわしていく。
俺の剣は彼の服をかすりもしない。
「無駄な動きだ」
ハヤトは俺の攻撃の合間を縫って、的確にカウンターを叩き込んでくる。
俺の腕に、足に、浅いが確実な傷が増えていく。
じりじりと、俺は追い詰められていた。
「どうした、ケンタ。お前の戦いはそんなものか。仲間との絆とやらで得た力は、その程度か」
彼は挑発するように言った。
【神託】:くっ……やっぱりハヤトの方が一枚上手か!
【神託】:ケンタ、このままじゃジリ貧だぞ!
【神託】:何か、何か手はないのか!
手、か。
ああ、あるさ。
とっておきの、手がな。
俺は大きく息を吸い込んだ。
そして次の瞬間、俺は手にしていた剣を地面に放り投げた。
「なっ……!?」
ハヤトの完璧なポーカーフェイスが、初めて大きく崩れた。
武器を、捨てる?
彼の「攻略データ」には、そんなありえない選択肢は存在しなかったのだ。
「……何をする気だ」
「お前を倒すのさ。俺のやり方でな」
俺は無防備なままハヤトに向かって突進した。
彼の剣が俺の肩を深く切り裂く。
激痛が走る。
だが、俺は止まらない。
その痛みすらも利用して、彼の懐に潜り込んだ。
そして、俺は泥だらけの拳を握りしめた。
スキルも魔法も、神々の加護も何もない。
ただの鈴木健太としての、生身の不格好な一撃。
それをハヤトの整った顔面に、叩き込んだ。
ゴッ、と鈍い音がした。
ハヤトの体がくの字に折れ曲がり、地面に倒れる。
俺も肩の傷のせいでバランスを崩し、彼の上に倒れ込んだ。
そこからは、もうめちゃくちゃだった。
俺たちは剣も何もかも忘れて、ただ殴り合った。
馬乗りになり、泥にまみれ、互いの息が切れ、膝が笑うまで。
それはもはや「決闘」などという綺麗なものではなかった。
ただの子供の喧嘩だった。
お前は間違っている。
いや、お前こそ。
そんな言葉にならない思いを互いの拳に込めて。
俺たちは、ただひたすらに殴り合った。
空の上で神々が呆然と、俺たちのこの泥臭い戦いを、見ているのが分かった。
第50話を更新しました。
ケンタ対ハヤト。
ついに、火蓋が切られました。
純粋な剣の腕では、やはりハヤトに分があるようです。
追い詰められたケンタが取った行動は……まさかの、武器を捨てること。
これは、アリアとの初対決の時にも見せた、彼の「型破り」な戦い方ですね。
ハヤトのような、データと効率を重んじる相手には、こういう「予測不能」な行動が、一番効くのかもしれません。
そして、スキルも魔法もかなぐり捨てた、泥だらけの殴り合い。
勇者同士の戦いとは思えない、なんとも人間臭い決闘になりました。
彼らの戦いは、ただの憎しみ合いではありません。
互いの「正しさ」を、不器用にぶつけ合っているだけなのです。
次回、この泥仕合に、ついに決着がつきます。
最後に立っているのは、どちらの勇者なのか。
お読みいただき、ありがとうございました。




