第45話『選択』
アリアに「どうしたい?」と問われたあの夜。
俺は結局、すぐに答えを出すことができなかった。
ただ、「少し、考えさせてくれ」とそう言うのが精一杯だった。
俺たちはその街に数日間、滞在を続けることにした。
次にどこへ向かうべきか、何をすべきか、誰も決められなかったからだ。
パーティの空気は相変わらず重かった。
俺は毎日、一人で街を歩き回った。
活気のある市場。子供たちの笑い声。平和な日常の風景。
この人たちは何も知らない。
自分たちの世界が神々の娯楽のために作られた舞台だということも。
自分たちが倒すべきだと信じている魔王が、本当はこの世界を救おうとしている悲しい英雄だということも。
この平和は偽物なのか?
いや、たとえ偽物だとしても、この人たちの笑顔は本物だ。
俺は、この笑顔を守りたいのだろうか。
それとも、彼らに残酷な真実を突きつけてでも、本当の「解放」を目指すべきなのだろうか。
考えれば考えるほど、分からなくなった。
俺がそんな終わりのない思索に沈んでいた、ある日の夕暮れ。
街外れの古びた教会の鐘が鳴るのが聞こえた。
俺は吸い寄せられるように、その教会の中へと入っていった。
誰もいない薄暗い聖堂。
ステンドグラスから差し込む西日が、床に複雑な色の模様を描き出している。
俺は一番前の長椅子に、どさりと腰を下ろした。
「―――答えは、見つかりましたかしら? 勇者様」
その声は背後から、まるで囁くように聞こえた。
俺は驚いて振り返る。
そこに立っていたのは、血のように赤いドレスをまとった魔王軍幹部、リリスだった。
いつからそこにいたのか。気配を全く感じなかった。
「……お前」
「ふふ、奇遇ですわね。こんな場所でお会いするなんて。それとも、運命、かしら?」
彼女は俺の隣に音もなく腰を下ろした。
甘い香りがふわりと漂う。
「あなた方が賢者の塔へ忍び込んだことは、存じておりますわ。これで、わたくしの言っていたことがただの戯言ではなかったと、お分かりいただけたでしょう?」
彼女は全てお見通しのようだった。
俺たちの行動すらも、彼女、あるいは魔王の筋書き通りだったというのか。
【神託】:リリス! また出てきやがった!
【神託】:タイミングが良すぎる……。絶対、監視されてたぞ
【神託】:軍神マルス:勇者よ! 今度こそその魔女を斬れ! 迷うな!
マルスの神託が怒りに満ちて響く。
だが俺はもう、その言葉に以前のような絶対的な正しさを感じることができなくなっていた。
「さあ、どうするの? 勇者様」
リリスは俺の顔をじっと覗き込んできた。
その紫色の瞳はまるで、俺の心の奥底まで全てを見透かしているかのようだった。
「このまま、何も知らないフリをして神々の忠実なピエロを続けますか?」
「……」
「それとも、いばらの道だと分かっていても真実を選び、我らが魔王様と手を取り合いますか?」
選択。
彼女は俺に選択を迫っていた。
今、ここで答えを出せ、と。
神々の道か。魔王の道か。
俺の答え一つで、この世界の運命が、俺自身の運命が、そして仲間たちの運命が決まる。
その重圧に押しつぶされそうだった。
俺は目を閉じた。
脳裏に仲間たちの顔が浮かんだ。
まっすぐな目で俺を信じようとしてくれているアリア。
俺の選択を冷静に見極めようとしているレオン。
ただ、俺のそばにいたいと願ってくれるポポロ。
そして俺の腕の中で、すやすやと眠るグリ。
俺が守りたいのは、なんだ?
神々の評価か? 世界の真実か?
いや、違う。
俺が守りたいのは、あいつらのあの日常だ。
他愛ない会話をしながら一緒に飯を食って、笑い合う、あの温かい時間だ。
そのためなら。
俺は、神をも、魔王をも、敵に回せるか?
俺はゆっくりと目を開けた。
そして隣に座るリリスの紫色の瞳を、まっすぐに見返した。
答えは、もう出ていた。
第45話を更新しました。
ケンタが、答えを見つけようと、一人、苦悩する回でした。
彼が守りたいものは何か。
壮大な正義や真実ではなく、もっと身近な、仲間たちとの温かい日常。
それが、彼の、人間らしい答えだったようです。
そして、最高のタイミングで現れる、リリス。
彼女は、ケンタに、最終的な選択を迫ります。
神か、魔王か。
彼の脳裏に浮かんだ、仲間たちの顔。
彼らを守るために、ケンタは、どんな道を選ぶのか。
ついに、彼の決断が、下されます。
物語の、大きな、大きな転換点です。
次回、ケンタ、告白。
彼の選んだ道を、ぜひ、見届けてください。
お読みいただき、ありがとうございました。




