第43話『魔王の名』
賢者の塔の最上階。
初代勇者の日記を読み終えた俺たちの間に、重い沈黙が鉛のようにのしかかっていた。
窓の外はもう白み始めている。
俺たちは一睡もせずに、一人の男の絶望に満ちた人生を追体験していたのだ。
「……そんな馬鹿な話があるか」
最初に沈黙を破ったのはアリアだった。
彼女の声は震えていた。
「魔王が……我々が倒すべき邪悪の化身が……元は勇者だったなどと……」
騎士として魔王を討つことを至上の正義だと信じてきた彼女にとって、この事実は世界の全てがひっくり返るほどの衝撃だったに違いない。
彼女が信じてきた正義は、一体何だったのか。
彼女がこれから斬ろうとしている相手は、一体誰なのか。
そのすべてが分からなくなってしまったのだ。
「ですがアリアさん。辻褄は合います」
レオンが静かに、しかしはっきりとした口調で言った。
「魔王軍幹部のリリスという女性が、なぜ我々の前に現れあのような話をしたのか。なぜ勇者であるケンタ殿に協力を求めたのか。すべて、この日記の内容と符合する」
「しかし!」
「それに……」
レオンは懐から一枚の古い羊皮紙を取り出した。
それはこの国の王宮から極秘に持ち出してきたものらしかった。
「これは我が国の建国以来、歴代の魔王の名を記した極秘のリストです。私も興味本位で、先日写しを手に入れましてね」
彼はそのリストの一番下、つまり「当代の魔王」の名が記されている部分を指差した。
そこに書かれていた禍々しい装飾文字。
それは俺たちが読める文字ではなかったが、レオンがその名をゆっくりと読み上げた。
「―――魔王、ザトゥーヤ・タクヤ」
ザトゥーヤ・タクヤ。
その響きに、俺ははっとした。
この世界の言葉で発音すると、そうなるのか。
佐藤、拓也。
日記の書き手の名前と、今俺たちが倒すべき魔王の名前が、完全に一致した。
もう疑う余地はなかった。
リリスの言葉も。
この日記も。
すべてが真実だったのだ。
【神託】:……マジかよ
【神託】:佐藤拓也が……俺たちが見てた、あの初代勇者が、今の魔王……?
【神託】:俺たちは……俺たちは、何てものを生み出してしまったんだ……
神託のウィンドウが後悔と戦慄に染まっていた。
彼らもまた、今この瞬間に自分たちが犯した罪の、その大きさをまざまざと見せつけられているのだ。
自分たちの娯楽のために、一人の心優しい青年を、世界を滅ぼしかねない復讐の鬼へと変えてしまった。
その、どうしようもない事実を。
「……どうするの? ケンタお兄ちゃん」
ポポロが俺の服の袖を不安そうに握りしめながら、見上げてきた。
「魔王様は……倒しちゃいけない人、なの?」
その純粋な問いに、俺は答えることができなかった。
どうする?
これから、俺たちはどうすればいい?
魔王(佐藤拓也)の悲願を手伝うのか?
それとも、何も知らなかったことにして、今まで通り「勇者」として彼を討つのか?
どちらが正しい道なのか。
そもそも、この世界に正しい道なんて存在するのか。
答えは見つからなかった。
ただ、胸に抱いた日記の重みだけが、俺に何かを選ばなければならないという現実を突きつけていた。
俺はもう、ただのピエロではいられないのだ。
第43話を更新しました。
決定的となった、魔王の正体。
その名前が、初代勇者「佐藤拓也」であったことが、確定しました。
この事実は、パーティのメンバーそれぞれに、大きな衝撃と動揺を与えます。
特に、正義を信じてきたアリアの葛藤は、深いものがあるでしょう。
そして、神々もまた、自分たちが生み出した悲劇の結末を、ようやく知ることになります。
彼らの後悔は、本物なのか。それとも、また新たな「物語」を求めるための、前振りなのか。
「魔王は、倒しちゃいけない人なの?」
ポポロのこの純粋な問いは、この物語の核心を突いていますね。
ケンタは、この問いに、どう答えるのか。
物語は、大きな岐路に立たされました。
次回、ケンタが、一つの決断を下します。
お読みいただき、ありがとうございました。




