第41話『摩耗』
初代勇者、佐藤拓也の日記。
希望と熱狂に満ちていたその記録は、ある時点を境に少しずつその色合いを変えていった。
ページをめくるごとに彼の書く文字は小さく、そして乱れていく。まるで彼の心がすり減っていく様に比例するかのように。
―――二年目、四月。
魔王軍の四天王、二人目を撃破した。
神々は大いに喜び、【恩寵】も過去最高額を記録した。
だが、この戦いでライナスが片腕を失った。
俺の判断ミスだ。俺がもっと派手な勝ち方をしようと、神々の【神託】に応えようと焦ったせいだ。
ライナスは「気にするな。これも騎士の誉れだ」と笑っていた。
でも、俺は自分を許せそうにない。
配信のコメント欄(神託)は、俺の勝利を称える言葉で埋め尽くされていた。
誰もライナスの腕のことなんて、気にも留めていなかった。
―――二年目、八月。
セリアがパーティを抜けたいと言い出した。
「もう、あなたの戦いにはついていけない」と。
最近の俺は、常に神々の顔色をうかがってばかりいたらしい。
魔物を倒す時も、どうすれば【祝福】が増えるか、どうすれば天覧者数が伸びるか、そればかり考えていた。
セリアはそんな俺を見るのが辛かった、と言った。
俺は何も言い返せなかった。
神々は「あの女は足手まといだったから、ちょうどいい」と囁いていた。
俺は日記から目を上げ、隣にいる仲間たちを見た。
アリアが厳しい顔で日記の文字を追っている。
レオンが静かにため息をついた。
ポポロが不安そうに俺の服の袖を握る。
もし俺がハヤトの真似を続けていたら。もしグリフォンの一件で俺が何も学んでいなかったら。
俺の仲間たちもいつかこんな風に、俺の元を去っていったのかもしれない。
背筋に冷たい汗が流れた。
【神託】:……このあたりからだよな
【神託】:初代がおかしくなっていったの
【神託】:俺たちも、少し煽りすぎたのかもしれない……
一部の神々は後悔の念をにじませていた。
だが、それは嵐が過ぎ去った後に瓦礫を見て嘆くような、無責任な感傷に過ぎなかった。
日記はさらに暗いトーンを帯びていく。
仲間を失った彼は、孤独な戦いを続ける。
その戦いはもはや「世界を救う」ためではなかった。
ただ、神々という得体の知れない観客の渇きを癒すためだけの、虚しいものに成り果てていた。
―――三年目、一月。
今日は神々のリクエストに応えて、わざと弱い武器で格上の魔物に挑んでみた。
何度も死にかけたが、そのスリルが良かったらしい。
天覧者数は爆発的に増えた。
体はボロボロだ。心も、もう何も感じない。
でも、数字が増えるのは嬉しい。
俺がまだ「必要とされている」証だから。
―――三年目、五月。
神々が新しい『勇者』を召喚することを検討しているらしい。
俺の配信に少し『マンネリ』を感じてきた、と。
ふざけるな。
俺はこんなに体を張っているのに。
もっと刺激的な映像を見せろ、と彼らは言う。
もっと新しい絶望を、見せろ、と。
分かったよ。
やってやる。
あんたたちが望むなら。
そのページには、涙の跡のようなインクの滲みがあった。
彼の心はもう限界だった。
承認欲求の果てに彼は自分自身を見失っていた。
神々の求める「刺激的な勇者像」という空っぽの偶像を演じるだけの、壊れた人形になっていた。
「……ひどい」
ポポロが小さな声で呟いた。
その目には涙が浮かんでいる。
「これが……これが、勇者の末路だというのか……」
アリアが悔しそうに唇を噛み締める。
俺は何も言えなかった。
ただ、次のページをめくる自分の指がわずかに震えているのを感じていた。
この日記の最後のページが、もうすぐそこまで近づいていた。
第41話を更新しました。
初代勇者の日記、中盤。
希望に満ちていた物語は、少しずつ、しかし確実に、破滅へと向かっていきます。
仲間を失い、目的を見失い、ただ神々(視聴者)の数字と評価だけを追い求めるようになってしまった、初代勇者。
彼の心の「摩耗」が、痛々しいほどに伝わってきますね。
「マンネリ」という、配信者にとっては最も恐ろしい言葉。
それが、彼の心を完全に壊す、最後の一押しになってしまったようです。
彼の姿に、ケンタは何を思うのか。
そして、この物語を読んでいる我々(神々)もまた、試されているのかもしれません。
次回、日記は、ついに最後のページへ。
初代勇者の、絶望の果ての決意が、明らかになります。
お読みいただき、ありがとうございました。




