第40話『希望と熱狂』
初代勇者、佐藤拓也の日記。
俺たちは塔の床に座り込み、その古びたページを一枚、また一枚と食い入るようにめくっていった。
アリアもレオンも日本語は読めないはずだが、レオンが何かの翻訳魔法を使ったのか、彼らにも内容が伝わっているようだった。あるいは、この日記自体が読む者の意識に直接語りかけてくるのかもしれない。
日記の序盤は、まさに「王道」の冒険譚だった。
―――四月十五日。
初めてゴブリンを倒した!
怖かったけど、神様たちの【神託】に助けられた。
戦いの後、たくさんの【祝福】と【恩寵】をもらった。
すごい! 俺の戦いを、神様たちが褒めてくれている!
この祈力で【初級剣術】のスキルを買った。
これで俺も少しは勇者らしくなれたかな?
―――五月三日。
仲間ができた。
騎士のライナスと、魔法使いのセリア。
二人とも最初は俺のことを胡散臭そうに見ていたけど、何度か一緒に戦ううちに信頼してくれるようになった。
神託のことを「神のお告げ」だと信じているみたいだ。
本当はただのコメントなんだけど……まあ、いっか。
仲間と食べる飯は、うまい。
その記述は、まるで俺自身の冒険をなぞっているかのようだった。
ゴブリン討伐、初めてのスキル購入、仲間との出会い。
俺と同じように彼もまた、戸惑いながらもこの世界に適応し、勇者としての道を歩み始めていた。
その文章の端々から、彼の高揚感が伝わってくる。
自分が物語の主人公になったのだという、純粋な喜び。
神々(視聴者)に応援され、認められることへの、まっすぐな感謝。
【神託】:うわー、懐かしいな
【神託】:この頃はまだ純粋だったんだな、勇者ってやつも
【神託】:初代、めっちゃ王道主人公じゃん
神々もどこか懐かしむように、その記録を見守っていた。
ページをめくるごとに、彼の冒険はスケールを増していく。
―――七月二十日。
ドラゴンを倒した!
死ぬかと思ったけど、セリアの魔法とライナスの盾、そして軍神マルス様が授けてくれた【恩寵】のおかげで、なんとか勝てた。
街に戻ったら英雄扱いだ。
なんだか照れるな。
でも、悪い気はしない。
俺、本当にこの世界を救えるかもしれない。
―――九月十日。
魔王軍幹部の一人『黒騎士』を撃破。
今までで一番の強敵だった。ライナスが俺をかばって深手を負った。
俺は怒りで我を忘れて、黒騎士に斬りかかった。
その時の戦いは神々にも大いにウケたらしい。
天覧者数が初めて十万人を突破した。
すごい熱狂だ。
この応援に応えるためにも、俺はもっと強くならなきゃいけない。
日記は希望と熱狂に満ちていた。
彼は神々の応援を純粋な善意だと信じていた。
その期待に応えることが自分の使命だと、疑っていなかった。
その姿はあまりにも眩しく、そしてどこか危うげに俺の目には映った。
「……立派な方だったのですね、初代勇者様は」
ポポロが尊敬の眼差しで呟いた。
「ああ。まさに騎士の鑑のようなお方だ」
アリアも同意するように頷く。
だが、レオンだけは難しい顔で黙り込んでいた。
「……どうした、レオン」
「……いえ。少し、気になりましてね」
彼は日記のある一点を指差した。
そこには、こう書かれていた。
―――この応援に応えるためにも、俺はもっと強くならなきゃいけない。
「彼は誰のために、戦っているのでしょう?」
レオンは静かに言った。
「世界のためか。仲間のためか。
―――それとも、神々(視聴者)のためか」
その言葉に、俺ははっとした。
そうだ。
彼の戦いの動機はいつの間にか、「世界を救う」ことから、「神々の期待に応える」ことへと、すり替わってはいないか?
その小さな、しかし決定的なズレに、俺はこれから訪れるであろう彼の悲劇の、最初の予兆を見た気がした。
第40話を更新しました。
初代勇者、佐藤拓也の日記。その序盤が明らかになりました。
希望に満ちた、王道の英雄譚。
仲間を思い、神々の応援を信じ、まっすぐに強くなっていく彼の姿は、まさに理想の勇者像ですね。
しかし、その純粋さ、まっすぐさこそが、彼の身を滅ぼす原因になっていくのかもしれません。
レオンの鋭い指摘。
「誰のために戦っているのか」
これは、勇者という存在、そして配信者という存在が、常に抱えることになる、根源的な問いです。
承認欲求、と言い換えてもいいかもしれません。
誰かに認められたい、期待に応えたい。その気持ちが、いつしか本来の目的を見失わせてしまう。
日記は、ここから少しずつ、その色合いを変えていきます。
希望と熱狂の裏に隠された、彼の心の「摩耗」が、描かれていくことになります。
お読みいただき、ありがとうございました。




