第38話『道中の会話』
禁書庫『賢者の塔』の螺旋階段。
俺たちは一歩一歩、慎重に上っていた。
しんと静まり返った塔の中には俺たちの足音と衣擦れの音だけが響いている。壁の本棚に並ぶ背表紙の読めない古書が、まるで無数の目玉のように俺たちを見下ろしている気がした。
ポポロは不安なのか、俺のマントの裾をぎゅっと握りしめている。グリも鳥かごの中でいつもより静かだった。
そんな重い沈黙を破ったのはレオンだった。
彼は階段の途中でふと立ち止まり、壁の本を一冊抜き取った。
「……これは古代ルーン文字ですね。ふむ……『召喚術式における魂の定着率について』……実に興味深い」
彼は学者としての好奇心を抑えきれないようだった。
アリアがそんな彼を呆れたように見る。
「今は感心している場合ではないだろう。早く上へ」
「おや、そう急かさないでくださいよ、アリアさん。それに、少し休憩も必要でしょう」
レオンはそう言うと、俺に向き直った。
「ケンタ殿。あなたは、この塔で一体何を探しているのです?」
その問いは静かだったが、核心を突いていた。
俺は一瞬、言葉に詰まった。
だが、もう嘘をつき続けるのはやめにしようと思った。
ここまで一緒に来てくれた彼らに、隠し事をしたままではいけない。
「……俺は、この世界の真実が知りたい」
「真実?」
「ああ。俺たちがやっているこの冒険……この戦いが本当に正しいことなのか。それを確かめたいんだ」
俺の言葉に、アリアとレオンは顔を見合わせた。
ポポロも俺の顔をじっと見上げている。
俺はリリスと出会ったこと、そして彼女から聞いた話をかいつまんで彼らに話した。
魔王の目的が「解放」であること。俺たちが「ピエロ」である可能性。
すべてを話し終えると、長い沈黙が落ちた。
【神託】:お、やっと話したか
【神託】:仲間を信じたんだな、ケンタ
【神託】:で、アリアたちはどう反応するんだ?
最初に口を開いたのはアリアだった。
「……馬鹿な。魔王軍の女の戯言だ。我らを惑わすための罠に決まっている」
彼女は全面的に否定した。
だが、その声にはいつものような絶対的な確信はなかった。彼女自身も心のどこかで迷っているのが分かった。
次に、レオンが顎に手を当てて言った。
「……なるほど。もしそのリリスという女性の言葉が真実だと仮定するならば、多くの謎に説明がつきますね」
「レオン! 貴様、本気で信じるのか!?」
「信じる、信じない、ではありませんよ、アリアさん。これは仮説と検証の問題です。我々が今こうして禁書庫にいるのも、その『仮説』を検証するための一歩。そうでしょう、ケンタ殿?」
レオンは俺の意図を正確に理解してくれていた。
最後に、ポポロがおずおずと口を開いた。
「……じゃあ、魔王様は、悪い人じゃないの?」
その純粋な問いに、俺は答えることができなかった。
「……分からない。だから、確かめるんだ」
俺がそう言うと、アリアは深く長いため息をついた。
「……分かった。貴様の言う『真実』とやらを、私もこの目で見届けよう。だが、もしそれが我らを陥れる罠だった場合は……その時は、分かっているな?」
「ああ。分かってる」
彼女は俺を信じたわけではない。
俺のやろうとしていることの行く末を見届ける、と言ったのだ。
だが、それで十分だった。
俺はもう一人ではなかった。
同じ疑問を、同じ不安を共有してくれる仲間がそばにいる。
それだけで心が少しだけ軽くなった。
「よし、行こう。上だ。この塔の一番上に、何かがあるはずだ」
俺たちは再び螺旋階段を上り始めた。
さっきまでの重苦しい空気はもうなかった。
他愛ない話をしながら、俺たちは塔の頂上を目指した。
「そういえばレオン。お前、なんで宮廷魔術師だったのに旅なんかしてるんだ?」
「ああ、それはですね。宮廷の古い文献はすべて読み尽くしてしまいましてね。知的好奇心が私を城の外へと駆り立てたのですよ」
「ポポロは、旅が終わったらどうするんだ?」
「んー……ケンタお兄ちゃんたちと、ずっと一緒にいたいな!」
夕焼けが綺麗だとか、明日は何を食べようとか。
そんな他愛ない会話。
世界の真実とか、魔王の目的とか、そんな大きな話じゃなくて。
ただ、この仲間たちと明日も一緒にいられる。
そのことが今の俺にとっては、何よりも大切な真実のような気がした。
第38話を更新しました。
今回は、禁書庫の道中での、仲間たちとの会話がメインでした。
ケンタ、ついに自分の胸の内を、仲間に打ち明けます。
アリアの反発、レオンの理解、ポポロの純粋な疑問。
三者三様の反応が、それぞれのキャラクター性を表していますね。
そして、全てを理解したわけではなくとも、「ケンタの行く末を見届ける」と決めたアリア。
彼女の、騎士としての、そして仲間としての誠実さが光るシーンだったかと思います。
秘密を共有し、本当の意味で「一つのパーティ」になった彼ら。
他愛ない会話のシーンは、これから訪れるであろう、過酷な真実との対比になるかもしれません。
さて、いよいよ塔の頂上が近づいてきました。
彼らを待ち受けるものとは、一体何なのでしょうか。
お読みいただき、ありがとうございました。




