第34話『サーカスのピエロ』
「ケンタ殿! 行くな!」
アリアの制止の声が背後から聞こえる。
だが、俺は足を止めなかった。
リリスが作り出した場違いに優雅なティーテーブル。その前に置かれた椅子に、俺はゆっくりと腰を下ろした。
リリスは満足そうに微笑んでいる。
「ふふ、勇気があるのね、勇者様。それとも、ただの愚か者かしら?」
「……何の真似だ」
「あら、怖い顔。ただ、少しお話がしたかっただけですわ。敵を知り己を知れば百戦危うからず、と申しますでしょう?」
彼女は俺の前に紅茶のカップを置いた。透き通った琥珀色の液体から、ふわりと花の香りが立ち上る。見たところ毒が入っているようには見えない。だが、油断はできなかった。
【神託】:ケンタ、バカ! 何考えてんだ!
【神託】:罠に決まってるだろ!
【神託】:ケンタ行くな!
【神託】:でも、この展開……嫌いじゃないぜ
神々もこの予測不能な事態に、混乱と興奮が入り混じっているようだった。
遠巻きにアリアとレオンが、いつでも飛びかかれる体勢でこちらを警戒しているのが分かる。ポポロはグリを抱きしめて、不安そうに俺たちを見ていた。
「それで、話とは何だ」
「せっかちですわね。……では、まずはこちらの映像をご覧くださいな」
リリスがテーブルの上で、すっと指を滑らせる。
するとテーブルの表面が黒い鏡のようになり、そこに映像が浮かび上がった。
それは、どこかの城下町。人々が平和に暮らしている。
次の瞬間、その平和な街に巨大なゴーレムが現れ、破壊の限りを尽くし始めた。人々の悲鳴が響き渡る。
そこに、一人の勇者が現れた。
黒髪の青年。ハヤトだ。
彼は例の如く無駄のない動きでゴーレムの核を破壊し、あっという間に街を救った。人々が彼を「英雄だ」と称える。
「……ハヤトの活躍か。わざわざ俺に見せて、どういうつもりだ」
「ええ。素晴らしいご活躍ですわよね。まさに物語の英雄」
リリスはくすくすと笑った。
その笑い声には、どこか憐れむような響きがあった。
「でもね、勇者様。おかしいとは、思いませんこと?」
「何がだ」
「あのゴーレム。あれは、わたくしが、あの街に『配置』したものですの」
……は?
「配置? どういう意味だ」
「言葉通りの意味ですわ。あのゴーレムはもともと魔王様の城で眠っていたもの。わたくしがわざわざあの街の近くまで転移させ、暴れさせた。なぜだか、お分かり?」
分からない。
俺が黙っていると、リリスはうっとりとした表情で続けた。
「もちろん、勇者ハヤト様に活躍していただくためですわ」
「……!」
「彼、最近少しマンネリ気味でしたでしょう? 魔王様も神々も、少し退屈していらっしゃった。だからわたくしが、ちょっとした『イベント』を用意してさしあげたのです。おかげで彼の配信もずいぶんと盛り上がったようで、何よりですわ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
魔王軍が、勇者を活躍させるためにイベントを用意する?
そんな馬鹿な話があるか。敵対しているはずだろう。
「……信じられるか。そんな戯言」
「あら、信じられない? では、これはいかがかしら」
リリスは再びテーブルを操作する。
今度映し出されたのは、俺の映像だった。
泥まみれになってオークと格闘している無様な俺。
グリフォンの雛を前に呆然と立ち尽くす愚かな俺。
神々の【祝福】に歓喜し、【呪詛】に絶望する滑稽な俺。
「あなたもそう。あなたの冒険も、すべて見させていただいてますわ。あなたの喜びも、悲しみも、苦悩も……すべてが本当に素晴らしいエンターテイン-ment。神々が夢中になるのも分かりますわ」
リリスは心底楽しそうに言った。
「あなたもハヤト様も、同じ。あなた方はこの世界の主役。英雄ですわ。
――そして同時に、あなた方は神々の娯楽のために踊る、哀れなサーカスのピエロでもあるのよ」
ピエロ。
その言葉が、俺の心臓に冷たく突き刺さった。
管理人イリスに言われた言葉が脳裏に蘇る。
――あなたの人生は、今日からエンターテインメントになりました。
俺たちが必死に生き、戦い、悩んでいるこの冒険は、すべて壮大な「やらせ」だというのか?
魔王軍すらも、この茶番劇を盛り上げるための「役者」だというのか?
「……ふざ、けるな」
俺は震える声で、それだけを言った。
目の前の女の美しい顔が、悪魔のように見えた。
第34話を更新しました。
魔王軍幹部リリスとの、奇妙なティーパーティー。
彼女の口から語られたのは、衝撃的な事実でした。
魔王軍は、ただの敵ではない。
彼らもまた、この「配信」という名の壮大な茶番を盛り上げるための、仕掛け人だった……?
ハヤトの英雄譚も、ケンタの苦悩も、全ては彼らの手のひらの上で踊らされているだけなのか。
「サーカスのピエロ」
この言葉は、ケンタが今まで薄々感じていた、この世界の違和感、理不尽さの正体を、的確に言い表していますね。
物語の核心に触れる、大きな謎が提示されました。
リリスの言葉は、真実なのか。それとも、ケンタを惑わすための嘘なのか。
次回、ケンタの心が、大きく揺さぶられます。
お読みいただき、ありがとうございました。




