第33話『魔王の幹部』
『嘆きの霧の森』での壮絶な、しかしどこか奇妙な冒険は、大成功に終わった。
俺たちは神々(視聴者)との新しい形の強い絆を、確かに感じていた。
そして俺自身も、ただ攻略を目指すだけではない「配信者」としての確固たるスタイルを見つけ出すことができた。
仲間たちの知らなかった過去や心の傷に触れたことで、俺たちのパーティの結束は以前とは比べ物にならないほど強く、そして温かいものになっていた。
「―――さあ皆の者、刮目せよ! 今宵は待ちに待ったお祭り!
勇者ケンタの、有り金全部溶かすまで終われない、地獄のガチャ配信だーっ!!」
霧の森を抜けて数日後。野営の焚き火の前で、俺は高らかにそう宣言していた。
霧の森の攻略で、俺の所持祈力は過去最高の五十万祈力にまで膨れ上がっていた。
これをどう使うか。神託欄でアンケートを取ったところ、「ガチャに全ツッパしろ」という意見が圧倒的多数を占めたのだ。
【神託】:きたああああああああああ!
【神託】:よっ! 待ってました!
【神託】:50連! いや、100連いけるぞ!
スキルショップの隅にある「ガチャ」の項目。
一回五千祈力。大当たりは伝説級の武具や唯一無二のユニークスキル。ハズレはただの石ころ。
まさに天国と地獄。
「ケンタ殿……。本当にやるのか? 五十万祈力もあれば、我々全員の最高級の装備が揃えられるのだぞ……」
アリアが心底信じられないという顔で俺を見る。
「まあまあアリアさん。これも神々との重要なコミュニケーションなのですよ。いわゆる祭事ですな」
レオンはなぜか分析的な目で、俺のガチャを見守っている。
「がちゃ? なになに? お祭り?」
ポポロは意味も分からずはしゃいでいた。
「よし、まずは景気づけの10連! 行くぞォ!」
俺はウィンドウの「10回引く」ボタンをタップした。
目の前に十個の光の玉が現れる。
結果は……!
石ころ、石ころ、ただの草、石ころ、ちょっと綺麗な石ころ……。
爆死だった。
【神託】:wwwwwwwwwwww
【神託】:安定の爆死芸、あざーす!
【神託】:5万祈力が一瞬でゴミになったなw
「……まだだ! まだ慌てるような時間じゃない!」
俺はヤケクソでさらに10連、20連と回していく。
だが、結果は芳しくない。
たまにそこそこの性能のポーションや短剣が出るくらい。
あっという間に所持祈力は半分以下になった。
「……ケンタ殿」
アリアの視線が痛い。
まずい。このままでは終われない。
「……こうなったら願掛けだ! ポポロ!」
「はーい!」
「お前のその幸運を、俺に分けてくれ!」
俺はポポロに最後の10連のボタンをタップさせた。
ポポロが小さな指でぽちっと押す。
その瞬間。
十個の光の玉のうち一つが、今までとは比べ物にならない虹色の輝きを放った!
【神託】:!!!!!!
【神託】:虹! 虹だ!
【神託】:きたか!?
光が収まり、そこに現れたのは一つの小さな首飾りだった。
月の光を閉じ込めたような美しいペンダント。
レオンが鑑定魔法を使う。
「こ、これは……!
装備した者の精神状態を安定させ、幻惑や精神干渉系の魔法を完全に無効化する伝説級の装飾品……!
『月の涙』……!」
大当たりだ!
最後の最後で、とんでもないレアアイテムを引き当てた!
【神託】:うおおおおおおおおおおお!
【神託】:神引き!
【神託】:ポポロちゃん、マジ女神!
俺はポポロを思い切り抱き上げた。
「やったなポポロ! お前のおかげだ!」
「えへへー!」
アリアも信じられないという顔で、そのペンダントを見つめている。
俺は、その『月の涙』をポポロの首にかけてやった。一番幻覚に弱そうだったからな。
旅は順風満帆だった。
こんな風に仲間たちと一喜一憂しながら、バカみたいなことで盛り上がる。
戦闘だけが冒険じゃない。
この一つ一つの瞬間こそが、俺たちの最高の配信コンテンツなのだ。
このまま王都までこの調子で行けるだろう。
誰もが、そう楽観していた。
あの女と出会うまでは。
そんな順風満帆な旅の途中。
静かな湖のほとりで、俺たちはその女と出会った。
夕暮れの湖畔に、一人ぽつんと佇む女がいた。
腰まで届く銀色の長い髪。血のように赤いドレス。その肌はまるで陶器のように白く、人間離れした美しさをたたえていた。
だが、彼女から放たれる空気は明らかに普通ではなかった。
空気が歪んでいる。彼女の周りだけ世界の法則がねじ曲がっているような、圧倒的な違和感。
それは魔力と呼ぶにはあまりにも禍々しい、強大な気配だった。
【神託】:……おい、なんだ、あいつ
【神託】:やばいのがいるぞ
【神託】:逃げろケンタ! アレはダメなやつだ!
神々が初めて本気の警告を発する。
俺も本能的に危険を察知し、剣の柄に手をかけた。アリアとレオンも臨戦態勢に入る。
女がゆっくりとこちらを振り向いた。
その瞳は夜闇を溶かし込んだような、深い紫色をしていた。
そして彼女は、くすりと妖艶に微笑んだ。
「あら、お客様かしら。こんな辺鄙な場所に、ようこそ」
その声は鈴を転がすように美しかったが、聞いているだけで背筋が凍るような冷たさをはらんでいた。
「……貴様、何者だ」
アリアが剣先を向けながら問い詰める。
女は、その剣先をまるで意に介さない様子で眺めた。
「自己紹介がまだでしたわね。わたくしはリリスと申します。偉大なる魔王様の忠実なる僕……いわゆる魔王軍幹部、というやつですわ」
魔王軍幹部。
その言葉に俺たちは息をのんだ。
今まで戦ってきた魔物たちとは格が違う。本物の、敵。
「……勇者一行、とお見受けしました。わざわざお出迎えにあがりましたのよ」
「出迎えだと……?」
「ええ。ですが、ご安心なさって。今ここであなた方と事を構えるつもりはありませんわ」
リリスはそう言うと、どこからともなく小さなテーブルと二人分の椅子を取り出した。
そして優雅な手つきで、ティーポットから紅茶をカップに注ぎ始める。
ふわりと紅茶のいい香りが、戦場にあるまじき場違いさで漂ってきた。
「せっかくの出会いですもの。少し、お茶でもいかがかしら? 勇者ケンタ様」
彼女は俺の名前を知っていた。
そして、俺だけをそのティーパーティーに誘ってきた。
毒でも入っているに決まっている。
これは罠だ。
だが俺は、なぜか彼女の誘いを断ることができなかった。
あの紫色の瞳の奥に、何か確かめなければならないものがあるような気がして。
俺は仲間たちの制止を振り切り、リリスの待つテーブルへと一人、歩き出した。
第33話を更新しました。
自分のスタイルを見つけたケンタ。パーティの雰囲気も良く、旅は順調そのもの。
視聴者参加型の企画など、配信者らしい活動も板についてきましたね。
しかし、そんな彼らの前に、ついに「本物」の敵が現れます。
魔王軍幹部、リリス。
ただ戦うだけではない、不気味で、妖艶で、そして何か秘密を抱えていそうな彼女の存在が、今後の物語の鍵を握っていきます。
いきなり戦闘ではなく、「お茶会」に誘うあたり、彼女の余裕と不気味さが表れていますね。
ケンタは、なぜ彼女の誘いに乗ってしまったのか。
この奇妙なティーパーティーで、一体何が語られるのか。
物語は、新たな謎とサスペンスをはらんで、展開していきます。
次回も、どうぞお楽しみに。




