第32話『ピエロの覚醒、神々の大喜利』
地獄だった。
俺の目の前で、俺の大切な仲間たちがそれぞれの過去の悪夢にうなされていた。
虚空の父親の幻影に怯えるアリア。
無限の知識の海で溺れるレオン。
孤独な檻の中で泣きじゃくるポポロ。
俺は一人だけ正気だった。
この世界での過去を持たない、異邦人だから。
その事実が今、これほどまでに俺を孤独にさせるとは思わなかった。
俺には彼女たちの本当の痛みは分からない。
俺には彼らの心の傷を癒してやることはできない。
無力感と罪悪感が、俺の心を押しつぶしそうになる。
【神託】:ケンタ……
【神託】:見てるこっちも辛いわ……
【神託】:なんとかしてやれよ! お前、主人公だろ!
主人公?
ああ、そうだったな。
俺は主人公で、配信者で、そしてただのピエロだった。
その時、俺の中で何かがぷつりと切れた。
それは怒りだった。
「―――ふざけるな……」
俺は震える声で呟いた。
「ふざけるなよ……!
こいつらがどれだけ頑張って生きてきたか知らないくせに……!
勝手に人の心の中に、土足で踏み込みやがって……!」
その怒りは、幻覚の元凶であるこの不気味なキノコと。
そして、こんな理不尽な試練を平然と用意する、この狂った世界そのものに向けられていた。
そうだ。
俺は無力じゃない。
俺にはやれることがある。
「俺にはお前たちの過去は救えない。
アリアの父親を変えることもできない。
レオンの渇きを癒すこともできない。
ポポロの傷を消してやることもできない。
―――でもな。
今ここで、お前たちが苦しんでるその『悪夢』は。
俺がぶっ壊してやる!!」
俺は叫んだ。
それは仲間たちに、そして俺自身に言い聞かせる誓いの言葉だった。
【神託】:そうだ! よく言った、ケンタ!
【神託】:それでこそ俺たちの勇者だ!
【神託】:オーディン:幻覚の本体は地下だ! 強い衝撃を与えろ!
神々の声援が俺の背中を押す。
俺は剣を地面に深く突き刺し、渾身の力でそれをこじ開けるように揺らした。
地面が大きく盛り上がり、ついにその巨大な本体が姿を現した。
断末魔のような胞子を撒き散らす巨大な人面キノコ。
『叫びキノコ・マザー』。
「うおおおおおおお!」
俺は雄叫びを上げて、その親玉に一人で斬りかかった。
キノコが粘液質の触手を伸ばし、俺を叩きつけようとする。
俺はそれを紙一重でかわし、懐に潜り込む。
【神託】:弱点はどこだ!?
【神託】:傘の裏側のヒダだ! 絶対そうだ!
【神託】:いや、人面の眉間を狙え! そこが急所だ!
【神託】:ここはあえて一番硬そうな石づきを破壊するのが玄人!
神託欄が相変わらずの大喜利状態でやかましい。
だが、その喧騒が今は心強かった。
俺は一人じゃない。
俺の背中には百万人以上の無責任で、だけど頼りになる神々(セコンド)がついている。
「―――どこでもいい!
全部まとめて、ぶった斬ってやる!!」
俺はスキル【身体強化】を最大まで発動させた。
そしてキノコの人面のど真ん中に飛び上がった。
俺のすべての怒りと、仲間を想う気持ちを込めた一撃。
それをキノコの眉間に叩き込んだ。
ぐちゃり、という肉が潰れるような音。
キノコ・マザーはこの世の終わりみたいな絶叫を上げ、そして泡のように溶けて消えていった。
同時に、森を包んでいた幻覚の霧が嘘のように晴れていく。
仲間たちが、はっと我に返り自分の正気を取り戻した。
「……はっ! 私は何を……」
「……ケンタ殿?」
「……お兄ちゃん!」
俺はぜえぜえと息を切らしながら、三人に震える親指をぐっと立ててみせた。
「……悪夢は、もう終わりだ」
森の出口はもうすぐそこだった。
霧の晴れ間から温かい光が差し込んでいる。
俺たちは互いの泥だらけの顔を見合わせ、そして誰からともなく笑い合った。
また一つ。
俺たちはこの理不尽な世界で、絆の力で乗り越えてみせたのだ。




