第30話『レオンの悪夢 ~知り得ぬものへの恐怖~』
……素晴らしい。
ああ、なんと素晴らしい光景だ。
私は今、無限に広がる図書館に立っている。
天井は星空に届くほど高く、本棚は地平線の彼方まで続いている。
見たこともない装丁の本。
触れたこともない材質のパピルス。
この世のありとあらゆる知識が、ここに集まっている。
そうだ。
ここが私が生涯をかけて追い求めてきた場所なのだ。
幼い頃から私は活字の中毒者だった。
父が宮廷魔術師団長だったおかげで、私は王宮の膨大な書庫に自由に出入りすることを許された。
歴史、魔法、錬金術、神学、帝王学。
私はあらゆるジャンルの本を片っ端から読み漁った。
知識を得ること。
世界の真理を解き明かすこと。
それだけが私の喜びであり、存在意義だった。
十代で私は王宮書庫のすべての書物を読破してしまった。
人々は私を神童と呼んだ。
だが、私は満たされなかった。
むしろ焦燥感に駆られていた。
知れば知るほど、自分がまだ何も知らないという事実を思い知らされるからだ。
この世界の外側には、まだ私の知り得ない膨大な知識が眠っているはずだ。
その事実が私を狂わせる。
時間が足りない。
私の矮小な人間の寿命では、この世のすべての知識を得ることは不可能だ。
その、どうしようもない絶望。
幻覚だと分かっている。
だが、この無限の図書館は私の理想郷であり、同時に地獄でもあった。
私は一冊の古びた魔導書を手に取った。
ページをめくる。
そこに書かれているのは未知の古代言語。
読める。
私には読めるぞ。
だが、一行読むごとに隣の本棚から新しい未知の書物が十冊、生えてくる。
読んでも読んでも終わらない。
知識の洪水。
知らないことがあるという圧倒的な事実が、私を飲み込もうとする。
「ああ……あああ……!」
私はその場に膝をついた。
頭が割れるように痛い。
脳が許容量を超えた情報の奔流に悲鳴を上げている。
息が苦しい。
そうだ。
これが私が最も恐れていたもの。
知識の海で溺れ死ぬこと。
世界の真理にたどり着くことなく、己の無知を悟ったまま朽ち果てること。
それこそが私のトラウマの正体だったのだ。
(現実世界ではレオンは近くの木の幹に指で何かを必死に書きつけながら、意味不明な古代語を高速で呟き続けている)
「レオン! 目を覚ませ!」
ケンタ殿の声が聞こえる。
だが彼の声は、もはや私にはただの雑音にしか聞こえなかった。
私の意識は完全に、この無限の書庫に囚われていた。
助けてくれ。
いや、助けないでくれ。
私はここから出たいのか、出たくないのか。
それすらも、もう分からなかった。




