第27話『光る苔と叫ぶキノコと神々の知恵』
深い霧の中に一歩足を踏み入れた途端、俺たちは完全に方向感覚を失った。
前後左右、どちらを見てもただ乳白色の壁があるだけ。
自分の足元すらおぼつかない。
風の音も鳥の声も、何も聞こえない。
ただ、不気味なほどの静寂が俺たちを包み込んでいた。
「……こ、これは……」
アリアが不安そうに声を震わせる。
「強力な幻惑魔法の一種ですな。五感を直接惑わしてくる。下手に動けば同じ場所を永遠にさまようことになるでしょう」
レオンが冷静に分析した。
まさにその時。
神託のウィンドウに、最初の具体的な指示が表示された。
【神託】:知恵の神オーディン:小僧、まずは落ち着け。目を閉じて風の流れを肌で感じろ。この森の霧は、常に北から南へわずかに流れている
オーディン様!
さすが頼りになる。
俺は神託通り目を閉じ、意識を集中させた。
確かに頬を、本当にかすかに撫でていく空気の流れがある。
これが北風か。
「……みんな、こっちだ。風上へ進む」
俺は仲間たちを先導した。
俺たちは手探りで一歩、また一歩と霧の中を進んでいく。
時折、神々から的確な指示が飛んでくる。
【神託】:待て! その先の三本目の樫の木。それを右に曲がれ!
【神託】:足元の茨に気をつけろ! 幻覚毒があるぞ!
【神託】:いや、今の右じゃなくて左だったかもw すまんw
最後のふざけた神託に、俺は「どっちだよ!」と思わずツッコミを入れた。
アリアが「本当に大丈夫なのか、これは……」と、ますます不安そうな顔になる。
だが今の俺たちには、この玉石混交の神々の声を信じるしかなかった。
どれくらい歩いただろうか。
俺たちの体力も、そして食料も底を尽きかけていた。
持ってきた干し肉も、あと一切れ。
このままでは、たとえ道に迷わなくとも飢えで行き倒れてしまう。
そんな絶望的な状況の中、一つの神託が俺たちの希望となった。
【神託】:なあ、ケンタ。お前たちのすぐ左の岩壁、なんか青白く光ってないか?
言われて見てみると、確かに岩壁に自ら発光している奇妙な苔がびっしりと生えていた。
そのぼんやりとした光が濃い霧の中で幻想的に揺らめいている。
「……綺麗な苔……」
ポポロがうっとりと呟いた。
レオンがその苔を少しだけ採取し、匂いを嗅いだり舐めたりして調べている。
「……毒はないようですが……。魔力を含んだただの発光植物のようですな。残念ながら食料には……」
レオンがそう結論づけた瞬間。
神託欄に衝撃の一文が流れた。
【神託】:その苔、食えるぞ。しかも、美味い
「「「「 はあ!? 」」」」
俺たち四人の声が、きれいにハモった。
この怪しく光る苔が、食える?
【神託】:マジマジ。俺の眷属の森エルフたちが、昔好んで食べてた
【神託】:スープにすると絶品らしい
【神託】:よし、ケンタ! ここで緊急料理配信だ!
料理配信。
その言葉に、俺の中の配信者魂がうずいた。
面白い。
やってやろうじゃないか。
「レオン! 鍋と水を出してくれ!
ポポロ、その苔いっぱい集めてきてくれ!
アリアは火の番、頼む!」
俺はテキパキと指示を飛ばした。
アリアは「正気か……」と頭を抱えていたが、結局文句を言いながらも手伝ってくれた。
俺たちは鍋に水と光る苔をたっぷりと入れ、火にかけた。
すると、どうだろう。
鍋の中のスープは、まるで星空を溶かし込んだかのようにきらきらと輝き始めた。
そして、食欲をそそる芳醇なキノコのような香りが立ち上る。
「……わあ、綺麗……!」
ポポロが目を輝かせる。
俺は、その幻想的なスープを器によそい、一口飲んでみた。
「……うまっ!」
思わず声が出た。
濃厚でクリーミーで、今まで食べたどんなスープよりも深い味わいがした。
俺たちは夢中でその光る苔のスープを飲み干した。
腹の底から温かい力がみなぎってくる。
魔力を含んでいるせいか、体力も気力も全回復した。
【神託】:ほらな? 言ったろ?
【神託】:飯テロやめろー!
【神託】:ポポロちゃんの食レポ、まだー?
俺はポポロに器を渡した。
彼女はふーふーと息を吹きかけ一口飲むと、満面の笑みで言った。
「お星様食べてるみたい! おいしい!」
そのあまりにも可愛い食レポ。
その瞬間、神託欄が爆発した。
【神託】:うおおおおおおお! かわいいいいいい!
【神託】:美の女神ヴィーナス:……尊死……【恩寵:10万祈力】
【祝福】が止まりません!
戦闘好きの神々だけでなく、穏健派の神々の心をも俺たちは掴んだのだ。
俺は確かな手応えを感じていた。
攻略だけが全てじゃない。
この冒険のすべての過程が、エンターテインメントになるのだ、と。
腹も満たされた。
俺たちは再び、霧の森の奥深くへと足を踏み入れた。




