第25話『再会と侮蔑』
グリを育て始めてから一ヶ月が過ぎた。
あんなに小さかった雛は俺の膝くらいの高さまで成長し、短い距離なら飛べるようにもなった。すっかり俺たちに懐き、特にポポロの後をカルガモの子供のようについて回っている。その微笑ましい光景は、俺たちのパーティにとってすっかり日常のものとなっていた。
そして、俺の祈力はようやくプラスに転じた。
神々から少しずつ送られてくる【祝福】を地道に積み重ねた結果だ。【呪詛】状態も解け、体の重さも消えた。スキルもまた使えるようになった。
長かった。本当に長いトンネルだった。
俺たちは次の目的地である王都を目指し、旅を再開した。
グリをどうするかという問題もあったが、結局レオンが作った魔力で動く大きな鳥かごに入れ、一緒に連れていくことにした。彼を一人(一羽)残していくなんて選択肢は、俺たちの中にはもうなかった。
旅の道中、俺は意識的に【神託】とコミュニケーションを取るようにした。
ハヤトの真似をするのはやめた。俺は俺のやり方でこの配信を盛り上げる。そう決めたからだ。
「さーて、神様たち。今日の昼飯なんだけど、この『ムーンラビット』っていう兎と、『叫びキノコ』っていうキノコがあるんだが、どっちが食いたい?」
俺がそう問いかけると、神託欄がわっと盛り上がる。
【神託】:叫びキノコ一択!
【神託】:調理するときの断末魔が聞きたいw
【神託】:いや、普通に兎肉がいい
そんな神々とのやり取りを見て、アリアは「また神託とやらを受けているのか」と呆れた顔をし、レオンは「視聴者参加型のコンテンツ……なるほど、合理的だ」と一人で納得していた。
そんな旅が数日続いたある日。
大きな川にかかる石造りの橋の上で。
俺たちはその男と再会した。いや、正確には初めて直接、顔を合わせた。
橋の真ん中に一人の青年が立っていた。
黒髪に鋭い目つき。腰には飾り気のない、しかし見るからに業物の剣を差している。
ハヤトだった。
彼はどうやら俺たちが来るのを待っていたようだった。
「……お前が、ケンタか」
地を這うような低い声だった。
感情というものが一切感じられない。
「……ハヤト」
俺たちの間に緊張が走る。
アリアとレオンがさっと警戒態勢に入るのが分かった。
【神託】:うおおお! ついに直接対決か!?
【神託】:これは熱い展開!
【神託】:ケンタ、負けるなよ!
神々もこの邂逅に興奮している。
ハヤトは俺を一瞥した後、俺の背後でポポロが抱えているグリの入った鳥かごに、その冷たい視線を移した。
「……なんだ、それは」
「見ての通り、グリフォンの雛だ」
「……ああ、噂には聞いていた。お前が親を殺して、その子供をペットにしているという」
ペット、という言葉に俺はカチンときた。
「ペットじゃない。仲間だ」
「仲間?」
ハヤトは心底理解できないという顔をした。
そして、鼻で笑った。
「……くだらない。実にくだらない感傷だ」
その言葉は俺だけでなく、アリアやポポロ、レオンのこともまとめて侮辱していた。
「それは魔王討伐という目的において何のプラスにもならない。むしろ足手まといにしかならない非効率な存在だ。餌代、世話をする時間、移動の際の足かせ。すべてがタイムロス」
タイムロス。
彼はやはり、そういう価値観でこの世界を見ているのだ。
以前の俺なら、彼のその言葉に焦りや劣等感を覚えていただろう。
だが、今の俺は違った。
「お前にとっては、そうなんだろうな」
俺は静かに言い返した。
「でも俺は違う。俺たちにとっては、こいつも、ポポロも、レオンも、アリアも、全員が大事な仲間だ。効率とかタイムロスとか、そんなもんじゃ測れない価値がある」
「……戯言を」
ハヤトは興味を失ったように、俺から視線を外した。
「神々はそんなものを求めてはいない。彼らが求めるのは、より速く、より強く、より効率的な『攻略』だ。お前のような寄り道ばかりの配信は、いずれ飽きられる」
「そう思うなら、思ってればいい」
俺は少しだけ笑ってやった。
「俺には、お前には分からない『面白さ』を求めてる神様(視聴者)がついてるんでね。俺は俺のやり方で魔王を倒す。お前とは違うやり方でな」
俺の言葉に、ハヤトは初めて少しだけ眉をひそめた。
だが、それも一瞬のこと。
彼は再び無表情に戻り、「好きにすればいい」とだけ呟いた。
「だが、覚えておけ。この世界はお前のような感傷が通用するほど甘くはない。そのお仲間(荷物)ごと、いずれ死ぬことになる」
それだけを言い残し、ハヤトは俺たちの横を何の興味もなさそうに通り過ぎていった。
すれ違いざま、彼の冷たい殺気が肌を撫でた。
橋を渡りきったところで、アリアがぽつりと言った。
「……好かん男だ」
「ええ。合理主義も行き過ぎると人間性を失いますからね」
レオンも同意するように頷いた。
俺はハヤトが去っていった道をじっと見つめていた。
俺たちは決して交わらない。
同じ勇者でも、目指す場所が全く違うのだから。
それでいい。
俺は俺の信じる道を行くだけだ。
第一部:配信者と勇者 完
【第一部:配信者と勇者】、これにて完結です。
長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。
最終話は、もう一人の勇者ハヤトとの邂逅でした。
どん底を経験し、自分の道を見つけたケンタ。
彼はもう、ハヤトを前にしても、揺らぎません。
「効率」のハヤトと、「仲間」のケンタ。
二人の勇者の対立軸が、明確になった回だったかと思います。
さて、物語はここから【第二部:世界の亀裂】へと突入します。
魔王の影、世界の秘密……。
ケンタたちの冒険は、さらにスケールアップしていきます。
引き続き、彼らの旅を見守っていただけると嬉しいです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。




