第22話『小さな命』
どれくらい、そうしていたんだろうか。
食事もろくに喉を通らず、ただベッドの上で生きているのか死んでいるのか分からないような時間を過ごしていた。
アリアやレオンが時々ドアの外から声をかけてくるのが聞こえたが、俺はすべて無視した。
もう関わらないでくれ。
俺は、お前たちと一緒に旅をする資格なんてないんだ。
そう心の中で呟くだけだった。
【神託】:さすがに、もう許してやったらどうだ?
【神託】:いや、こいつが立ち直るまで見守るべき
【神託】:ハヤトchはもうドラゴン討伐してるぞ。こっちは進展なしかよ
神託を見る気はなかったが、勝手に視界に入ってくる。
ハヤトはもうそんな先に進んでいるのか。
その事実は今の俺には何の感情ももたらさなかった。すごいな、とどこか遠い国の話を聞くように、そう思うだけだった。
その日の午後。
部屋のドアが、ぎぃ、と小さな音を立ててゆっくりと開いた。
鍵はかけていなかった。誰かが入ってくる気配がする。アリアか、レオンか。
俺は壁の方を向いて、死んだふりを続けた。
「……ケンタお兄ちゃん」
聞こえてきたのは、ポポロの小さな声だった。
俺はぴくりと肩を震わせてしまった。
彼女は俺が起きていることに気づいたようだった。
てちてち、と小さな足音がベッドに近づいてくる。
「……入ってくるな。あっちへ行ってろ」
俺は壁を向いたまま、か細い声で言った。
こんな無様な姿、彼女にだけは見られたくなかった。
「……でも」
「いいから、出ていけ!」
自分でも驚くほど強い口調になってしまった。
ポポロの足音が止まる。
まずい、と思った。傷つけてしまった、と。
だが、今さらどう繕えばいいのかも分からなかった。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、彼女が部屋から出ていく気配が……しなかった。
代わりに俺の背中のすぐ近くで、何かがもぞもぞと動く音がする。
そして、小さな声で彼女は言った。
「この子、お腹すいてる」
え……?
俺はゆっくりと、本当にゆっくりと、体を起こして振り返った。
そこにいたのは、ポポロだけではなかった。
彼女の腕の中に、小さな生き物が抱かれていた。
綿毛に包まれた手のひらサイズの体。か細い鳴き声。
――グリフォンの雛だった。
「お前、なんで……これを……」
「山……戻ったの。レオンお兄ちゃんに、魔法で、ぴゅーって」
レオンの転移魔法か何かで、あの巣に戻ったらしい。無茶なことをする。
ポポロは腕の中の雛を愛おしそうに見つめていた。
雛は一羽だけだった。他の雛たちは、もう……。
「この子、一人で鳴いてた。寒くて、お腹すいてて。だから、連れてきた」
「……」
「このままじゃ、この子、死んじゃう」
ポポロはただ、そう言った。
彼女は俺を責めなかった。「お兄ちゃんのせいだ」なんて一言も言わなかった。
ただ、事実だけをありのままに俺に告げた。
この子はお腹が空いている。
このままでは死んでしまう、と。
俺が親を奪った、この小さな命が。
俺はポポロの腕の中の雛を見た。
雛も俺を見ていた。
その濡れたような黒い瞳には、まだ何も映っていない。親の仇だなんて分かるはずもない。
ただ生きるために、必死に鳴いている。
―――ピィ。
その鳴き声が、俺の心の固く閉ざした扉を無理やりこじ開けた気がした。
俺は、何をやっているんだ。
ベッドの上で死んだようにうずくまって。
俺が奪った命のその続きが、今、目の前で消えかかっているのに。
【神託】:……ポポロ……
【神託】:なんて優しい子なんだ
【神託】:ケンタ、お前どうするんだ?
どうする?
決まっている。
俺は震える足でベッドから降りた。
まだ体は重い。だが、さっきまでの絶望的な重さとは少し違う気がした。
俺はポポロの前にしゃがみこみ、彼女の腕の中の小さな命をそっと覗き込んだ。
「……何か、食わせないと」
俺の口から、何日かぶりにまともな言葉が出た。
第22話を更新しました。
ケンタの部屋を訪れたのは、ポポロでした。
そして、彼女が連れてきたのは、一羽だけ生き残ったグリフォンの雛。
ポポロの、ただ純粋に目の前の命を助けたいという、まっすぐな気持ち。
それは、理屈や損得でがんじがらめになっていたケンタの心を、強く、打ちました。
誰かを責めるのではなく、ただ「どうすれば助かるか」を考える。
子供であるポポロの方が、よっぽど大人だったのかもしれません。
絶望の淵にいたケンタに差し込まれた、一筋の光。
それは、彼が自ら奪ってしまったものの、欠片でした。
彼は、この小さな命と、どう向き合っていくのか。
そして、再び、立ち上がることができるのか。
次回、物語は再生へと向かいます。
お読みいただき、ありがとうございました。




