第20話『人非人の見る夢』
【呪詛】状態となり、スキルも使えず、祈力はマイナス。
俺は仲間たちに何も告げず、まるで逃げるように宿屋へと一人、戻ってきた。
部屋に入り、ドアにもたれかかったまま、ずるずると床に座り込む。
体が重い。
心が痛い。
俺はもう、どうすればいいのか分からなかった。
その夜、俺は宿屋の主人に部屋を移動するよう告げられた。
今まで使っていた日当たりの良い二階の部屋から、物置同然の薄暗い屋根裏の小部屋へ。
「……お客さん。悪いが、あんたについての良くない噂が街で広まっちまってね」
主人は申し訳なさそうに、しかしきっぱりとした口調で言った。
「グリフォンを惨殺した人非人、だってな。他の客があんたを怖がってるんだ。商売に差し支える。分かってくれるな?」
分かっていた。
炎上は配信の中だけの話ではなかったのだ。
神々の悪意は、この現実の世界にまで影響を及ぼす。
俺は何も言い返せず、黙って荷物をまとめた。
新しい部屋はカビ臭く、冷たかった。
食事の時間になっても、俺は食堂に降りていく気になれなかった。
降りていっても、どうせ他の冒険者たちの嘲笑と好奇の視線に晒されるだけだ。
「あれが噂の人非人勇者様かよ」
そんなひそひそ声が聞こえてくるのが目に見えている。
神々だけでなく、この世界の人々からも俺は排斥されている。
そのどうしようもない孤独感が、俺の心をさらに深く蝕んでいった。
ドアの外で仲間たちの気配がした。
だが、俺は声をかけることも、ドアを開けることもできなかった。
どんな顔をして会えばいい?
俺は、お前たちの足を引っ張るだけのお荷物だ、とでも言えばいいのか?
俺がベッドの上で膝を抱えてうずくまっていると、階下の食堂の方から騒がしい声が聞こえてきた。
酔った冒険者たちの、ゲラゲラと下品な笑い声。
その中に俺の名前が混じっていた。
「聞いたかよ! あの勇者ケンタのザマ!」
「ああ、グリフォンの雛の前で親の首をはねたんだってな! まさに人非人だぜ!」
「そんな奴が勇者だなんて世も末だよな! なあ、騎士様よぉ!」
その絡むような声。
ああ、アリアに絡んでいるのか。
やめろ。
やめてくれ。
俺のせいで、あいつらにまで迷惑を……。
俺が部屋を飛び出そうとした、その時。
アリアの凛とした、氷のように冷たい声が食堂に響き渡った。
「―――その薄汚い口を閉じろ。下衆ども」
食堂がしんと静まり返るのが、ドア越しに分かった。
「……なんだと、てめえ……」
「聞こえなかったか? 貴様らのような、酒場で他人の功罪を肴に騒ぐことしかできん三流冒険者どもに、彼を裁く権利はないと言ったのだ」
アリアの声。
その声には一切の迷いがなかった。
「彼は勇者だ。
その行いが正しかったのか、間違っていたのか。
それは我々仲間が、そして天におわす神々が見届ける。
貴様らが口を挟むことではない。
……次に私の仲間を侮辱する言葉を吐いたら。
その舌を根元から引き抜いてやる。
覚えておけ」
それきり、何も聞こえなくなった。
あの冒険者たちは恐怖に黙り込んだのだろう。
俺はドアに背中を預けたまま、ずるずるとその場に座り込んだ。
彼女は、俺をかばってくれた。
俺が正しいとも、間違っているとも言わなかった。
ただ『仲間』として、俺の尊厳を守ってくれたのだ。
俺を救いはしない。
だが、見捨ててもいない。
俺は暗い屋根裏部屋で一人、声を殺して泣いた。
それは絶望の涙ではなかった。
ほんの少しだけ温かい涙だった。
彼女がともしてくれた、消えない小さな灯り。
俺は、その小さな光だけを頼りに、この長い、長い夜を耐え忍ぶしかなかった。




