第18話『炎上』
グリフォン討伐の熱狂と達成感は、そう長くは続かなかった。
俺たちは討伐の証としてグリフォンの頭部を切り落とし、ギルドに持ち帰る準備をしていた。血と臓物の匂いが鼻をつく後味の悪い作業だ。レオンは魔法で遺体を処理し、アリアは周囲を警戒していた。俺は、その間、岩棚の隅で休んでいたポポロの元へ向かった。
「ポポロ、大丈夫だったか? 怖かっただろ」
「うん……でも、ケンタお兄ちゃんたちが、勝った」
「ああ、勝ったぞ」
俺は彼女の頭をなでた。
その時、ポポロがふと巣の奥の方を指差した。
「お兄ちゃん、あそこ。さっきから、何か聞こえる」
「え?」
耳を澄ます。
確かに、何かか細い音が聞こえた。
ピィ、ピィ、と、小鳥の雛のようなか弱く、助けを求めるような鳴き声。
俺は嫌な予感を覚えながら、巣の奥へと足を踏み入れた。
そこは枯れ草や枝でふかふかに整えられたベッドのような場所だった。
そして、その中心に。
手のひらに乗るくらいの大きさの、小さな、小さなグリフォンの雛がいた。
まだ羽も生えそろっていない綿毛に包まれた雛が、体を寄せ合い、震えながら鳴いていた。
母親を呼んでいるのだ。
俺たちが、たった今殺した、母親を。
「……あ」
声が漏れた。
血の気がすっと引いていくのが分かった。
俺たちが倒したグリフォンは、ただの獰猛な魔物ではなかった。
この子たちの親だったのだ。
この巣を、この子たちを守るために、俺たちと戦っていたのだ。
俺の背後からアリアとレオンも巣の奥を覗き込み、そして言葉を失った。
三人の間に、重い、重い沈黙が落ちる。
さっきまでの勝利の昂揚が急速に冷えていく。代わりに、どす黒い後味の悪さが腹の底からこみ上げてきた。
【神託】:……え?
【神託】:雛……?
【神託】:マジかよ……
神託欄の流れが明らかに変わった。
さっきまでの熱狂が嘘のように静まり返る。
そして、一人の神がぽつりと呟いた。
【神託】:知恵の神オーディン:……そうか。だからあのグリフォンは、巣から決して離れようとしなかったのか……。
そのオーディンの言葉が引き金だった。
【神託】:ってことは、俺たち、子育て中の親を殺したってこと?
【神託】:うわ……最悪じゃん……
【神託】:ただの魔物討伐じゃなかったのかよ……
【神託】:ケンタ、お前、気づかなかったのか?
【神託】:いや、これはひどい
【神託】:ただのモンスターだと思ってたのに……かわいそうに
非難。
後悔。
同情。
様々な負の感情が、神託のウィンドウを埋め尽くしていく。
俺は何も答えられなかった。気づかなかった。功績を上げることしか、頭になかったから。
そして、その空気は一瞬で俺に対する「怒り」に変わった。
【神託】:なんで確認しなかったんだよ!
【神託】:手柄に目がくらんで、周りが見えてなかっただけだろ!
【神託】:こいつ、前のオーガ戦から何も成長してねえな
【神託】:#ケンタは人非人
ハッシュタグ。
そんなものまで、この世界にはあるのか。
その悪意に満ちたタグが瞬く間に神託欄を埋め尽くしていく。
それはもはや非難ではなかった。
誹謗中傷の嵐。
炎上、という言葉が頭に浮かんだ。
【祝福】が【呪詛】に変換されました。
【呪詛 -1000】
【呪詛 -3000】
【呪詛 -5000】
祝福がマイナスに変わっていく。
天覧者数は減るどころか、逆に増えていた。九千八百人だった数字が、一万、一万二千と、どんどん膨れ上がっていく。
野次馬だ。面白い見世物を見に、ゴシップ好きの神々がどこからともなく集まってきているのだ。
【神託】:うわ、こいつのチャンネル、燃えてるってマジ?
【神託】:雛の前で親の首を切り落とす鬼畜勇者
【神託】:最低。もう見ない。
【神託】:早く謝罪しろよ!
謝罪?
何に? 誰に?
この、震えている雛にか?
それとも、顔も見えないこの無責任な神々にか?
俺はただ、立ち尽くすことしかできなかった。
手にしたグリフォンの首が、急にひどく重くなった。
これは俺が求めていた手柄じゃなかったのか。
信頼を取り戻すための、輝かしい功績じゃなかったのか。
目の前でピィ、ピィ、と鳴き続ける雛たちの声が、まるで俺を責めているように聞こえた。
第18話を更新しました。
天国から、地獄へ。
最高の勝利から一転、最悪の後味。そして、初めての「炎上」です。
ケンタが功績を焦るあまり、見落としていたもの。
それは、魔物にも命があり、家族がいるという、当たり前の事実でした。
現実のSNSでも、一つの情報、一つの側面だけで物事が判断され、一瞬で賞賛が非難に変わることがあります。
そんな、現代社会の「炎上」の仕組みと恐ろしさを、異世界という舞台で描いてみました。
「#ケンタは人非人」というハッシュタグ、我ながら酷いなと思いつつ、こういうのが一番広まりやすいんだろうな、と。
大量の【呪詛】を浴び、神々からも、そして仲間からも、冷たい視線を向けられるケンタ。
彼は、この絶望的な状況を、どう乗り越えるのでしょうか。
次回、物語はさらに重い展開へと進みます。
お読みいただき、ありがとうございました。




