第17話『引き金』
先日の商人の護衛依頼を経て、俺たちのパーティの空気は最悪の状態から少しだけ脱していた。
アリアとの間にはまだどこかぎこちない壁があったが、それでも以前のような刺々しい沈黙は消えていた。レオンも俺の行動を、再び観察の対象として見てくれるようになったようだ。
だが、俺の心の中の焦りが完全に消えたわけではなかった。
小さな、誠実な行動の積み重ね。レオンの言葉は分かっている。
だがそれでも俺は、何か大きな手柄を立ててこの失ってしまった信頼を一度に取り戻したいと、どこかで願っていた。
ハヤトのあの圧倒的な功績が、まだ俺の脳裏に焼き付いていたのだ。
俺はギルドで受けられる依頼の中で、今の俺たちの実力でギリギリ達成可能と思われる、最も難易度の高いものを選んだ。
『依頼:空の王者グリフォンの討伐(Aランク)』
ハヤトが一人で倒したという、あのグリフォン。
今の俺たちのパーティなら連携さえうまくいけば、倒せるはずだ。
アリアもレオンも、この依頼を受けることには反対しなかった。反対する気力すらないのかもしれない。あるいは、俺が何を言っても聞かないと諦めているのか。
グリフォンの巣は、険しい山岳地帯の断崖にあった。
風が強く、足場も悪い。ポポロはレオンの魔法で守りながら、俺とアリアが崖を登り、巣のある岩棚にたどり着いた。
いた。
鷲の上半身にライオンの下半身を持つ、神々しい獣。
それがグリフォンだった。
大きさは馬よりも二回りは大きい。黄金の鉤爪が岩をえぐり、鋭い嘴が空気を切り裂く。
その威容に、思わず息をのんだ。
だが、今の俺に恐怖はなかった。
ここでこいつを倒せば、すべてが元に戻る。
そう信じていた。
「行くぞ!」
俺の号令で戦闘が始まった。
アリアが重戦士としてグリフォンの注意を引きつける。彼女の剣技と盾捌きはやはり一流だった。グリフォンの猛攻を紙一重で見切り、受け流す。
レオンが後方から援護魔法を放つ。風の刃がグリフォンの翼を切り裂き、炎の矢がその巨体を怯ませる。
俺は二人が作った隙を突き、遊撃手としてグリフォンの懐に潜り込み剣を振るう。
不思議なほど連携はうまくいった。
口も利かないほど険悪だったはずなのに、いざ戦闘になれば俺たちは互いの動きを完璧に予測し、補い合っていた。言葉など必要なかった。
【神託】:お、すごい! 息ぴったりじゃん!
【神託】:これぞパーティ戦の醍醐味!
【神託】:軍神マルス:そうだ、それでいい! 殺し合わんばかりに憎み合い、だが戦場では背中を預ける。最高の戦士たちだ!
神々が熱狂しているのが分かった。
天覧者数もぐんぐん上がっていく。
戦いは熾烈を極めた。
アリアの鎧は砕け、レオンは魔力を使い果たして膝をついた。俺の体も無数の切り傷でボロボロだ。
だが、グリフォンもまた満身創痍だった。片翼は折れ、全身から血を流している。
そして、ついにその時が来た。
レオンが最後の力を振り絞って放った氷の魔法がグリフォンの足を凍りつかせ、動きを止める。
アリアが渾身の力でその体勢をこじ開けた。
「今だ、ケンタ殿!」
がら空きになったグリフォンの心臓部。
俺は残ったすべての力を振り絞り、そこへ剣を突き立てた。
―――!!!
グリフォンは声にならない叫びを上げ、その巨大な体がゆっくりと横に傾いでいく。
ずしん、という地響きと共に、空の王者は絶命した。
やった。
やったんだ。
俺は膝から崩れ落ちそうになるのを、剣を杖代わりにしてなんとかこらえた。
ぜえ、ぜえ、と荒い息が漏れる。
「……やったな」
俺が言うと、アリアが小さく頷いた。
「ああ。見事な一撃だった」
レオンも汗をぬぐいながら、満足げに笑っている。
「やれやれ。これで依頼達成ですね」
パーティの空気が、少しだけ、本当に少しだけ元に戻った気がした。
よかった。これで、また。
【祝福 +10000】
【天覧者数:9800】到達!
名もなき神々より、大量の【恩寵】を賜りました。
【神託】:神回だった!
【神託】:最高のチームワーク!
【神託】:これぞ勇者パーティだ!
神々は俺たちの勝利を熱狂的に祝福していた。
大量の祈力ポイントが雨のように降り注ぐ。
俺はその光の奔流を見上げながら、安堵のため息をついた。
その時、俺はまだ気づいていなかった。
グリフォンの巨体の、その影。
巣の奥深く、岩陰になった場所で。
何かが、小さくか細い声で鳴いていることに。
俺たちの勝利の歓声と神々の熱狂の前にかき消された、その小さな命の音に。
まだ誰も、気づいてはいなかった。
第17話を更新しました。
今回は、グリフォンとの決戦。
ギスギスしていたパーティが、戦闘を通じて再び一つになる……という、王道で熱い展開を描いてみました。
言葉はなくても、戦いの中でお互いを理解し合える。そういう関係性、いいですよね。
神様たちも、この劇的な勝利には大満足のようです。
ケンタも、これでやっと仲間との関係を修復できる、と安堵したことでしょう。
しかし……。
物語の最後、不穏な一文を残してしまいました。
彼らの大きな手柄の裏には、何があったのか。
この勝利が、彼らに何をもたらすのか。
次回、物語は大きく動きます。
プロットの中でも、一つの大きな転換点となる回です。
ぜひ、見届けてください。




