第15話『焦燥』
ハヤトの戦いを見てから、俺の中の何かが確実に変わってしまった。
焦り、と呼ぶのが一番近いのかもしれない。
夜、眠ろうと目を閉じると、あの水鏡に映ったハヤトの冷たい目と圧倒的な天覧者数の差が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。
【神託】:ハヤトchから来ました
【神託】:こっちの勇者はのんびり旅してるんだなw
【神託】:まあ、これはこれで味があるけど、やっぱハヤトの神プレイ見た後だと物足りんわ
時折、俺の【神託】欄にそんな書き込みが流れるようになった。
ハヤトの配信を見てきた神々が冷やかし半分でこちらを覗きに来ているのだ。
一つ一つの言葉が小さな棘のように、俺の心をチクチク刺した。
俺は、何かに取り憑かれたように無茶をするようになった。
今までは避けてきた、少し格上の魔物がいる森にわざわざ足を踏み入れた。
「ケンタ殿、こちらのルートは危険だ。迂回すべきだ」
「いや、こっちの方が近道だろ。行くぞ」
アリアの忠告を無視した。
少しでも早く、少しでも多くの功績を上げなければ。ハヤトに追いつかなければ。
強迫観念に駆られていた。
森の中でオーガの群れに遭遇した。
一体一体がオークキングほどではないにせよ、かなりの巨体とパワーを持っている。それが三体。今の俺たちの実力では、連携を完璧にしない限り勝てる相手ではなかった。
「レオン、魔法で一体の足を止めろ! アリアはもう一体を引きつけろ! 残りは俺がやる!」
俺は冷静さを欠いた指示を飛ばした。
ハヤトなら一人でやっていた。なら、俺だって――
そんな馬鹿げた対抗心が視野を狭くしていた。
俺はスキル【初級剣術】に、有り金の大半をはたいて買った【身体強化(小)】を重ねがけし、一体のオーガに真正面から斬りかかった。
ハヤトのように華麗にかわし、的確に弱点を突けると思った。
だが、俺はハヤトではなかった。
オーガが振り下ろした巨大な棍棒を避けきれない。
剣で受け止めようとしたが、その衝撃で腕の骨が軋む音がした。
「ぐっ……!」
剣が手から弾き飛ばされる。
がら空きになった胴体に、オーガの巨大な拳がめり込んだ。
息が止まる。視界が真っ赤に染まった。
【神託】:あー! 無茶しやがって!
【神託】:だから言わんこっちゃない
【神託】:完全にハヤトに影響されてるじゃん。ダッサ
神々の声が遠くに聞こえる。
ああ、俺は死ぬのか。こんな馬鹿な理由で。
薄れゆく意識の中で、誰かが俺の名前を叫んでいるのが聞こえた。
……。
……。
次に目を覚ました時、俺は焚き火の前に横たわっていた。
腹にずきんと激しい痛み。服は破れ、包帯が痛々しく巻かれている。
レオンがポーションを調合しており、ポポロは涙をいっぱいに溜めた目で俺を見ていた。
「……ケンタお兄ちゃん……よかった……」
俺が目を覚ましたのに気づくと、彼女はわっと泣き出した。
俺のせいで心配をかけた。
アリアは少し離れた場所に立っていた。
その顔は今まで見たことがないくらい、怒りに満ちていた。
静かだが腹の底から絞り出すような声で言った。
「貴様、死にたいのか」
その声は冷たく、どこか悲しそうに響いた。
「なぜあんな無茶をした。なぜ私の忠告を無視した。なぜ仲間を信じなかった」
「……」
「貴様が一人で突っ込んだせいで陣形は崩れ、レオンは魔力のほとんどを貴様の治療に使い、ポポロは危険に晒された。これが勇者の戦い方か!」
彼女が初めて本気で俺を怒鳴った。
鉄の匂いのする女。いつも冷静で感情を表に出さない女。
その彼女が肩を震わせ、拳を握りしめ、俺を叱責している。
「……すまん」
俺の口から出たのは、情けない一言だけだった。
何も言い返せなかった。
彼女の言う通りだった。
俺はハヤトへの焦りから周りが見えなくなっていた。
一番大事な仲間たちのことすら忘れていたのだ。
【神託】:アリアさん、マジギレじゃん
【神託】:これはケンタが100%悪い
【神託】:でも、アリアがここまで怒るのって、それだけケンタのこと……
【神託】:美の女神ヴィーナス:……そうよ。そう、なのよ……!(感涙)
神託が何を言おうと、今の俺には届かない。
俺はただ、アリアの怒りとポポロの涙と、レオンの呆れたようなため息を、全身で受け止めるしかなかった。
勇者という称号が急に、ひどく重いものに感じられた。
第15話を更新しました。
ハヤトの存在に焦り、無茶をしてしまうケンタ。
誰かと自分を比べて、焦って、空回りしてしまうことって、現実でもありますよね。
彼の人間らしい、そして愚かな部分を描いてみました。
そして、アリアが初めて、本気でケンタを叱ります。
彼女が怒ったのは、ケンタが危険な目に遭ったからか、仲間を危険に晒したからか。
あるいは、その両方か。
ヴィーナス様は、この展開にご満悦のようですが(笑)。
この一件で、ケンタも少しは頭が冷える……といいのですが。
パーティ内に、初めて生まれた本気の亀裂。
彼らは、これをどう乗り越えていくのでしょうか。
お読みいただき、ありがとうございます。




