第10話『金色の雨』
隣町まであと半日というところだった。
岩場が続く見通しの悪い道。
アリアが「魔物が出やすい。警戒を怠るな」と言った、その矢先だった。
地響きがした。
岩陰から巨大な影が現れる。
ただのオークじゃない。その倍はあろうかという巨体。
全身に傷跡があり、濁った目には知性と呼べる光が宿っている。
手にした棍棒は、大木をそのまま引っこ抜いたような代物だ。
オークキング。この辺りの森の主。
本来なら俺たちのような駆け出しパーティが相手にしていい魔物ではなかった。
「ポポロ、下がっていろ!」
アリアが叫び、剣を抜く。
俺もポポロを背中にかばいながら剣を構えた。
ポポロは恐怖で小さな体を震わせている。
先に動いたのはオークキングだった。
雄叫びと共に巨大な棍棒を振り下ろしてくる。
アリアがそれを盾で受け止めた。
ガギンッ!
耳をつんざくような金属音。
アリアの体が衝撃で大きく後ろに下がる。
地面に二本の深い溝ができた。
「ぐっ……!」
「アリア!」
重い。一撃の重さが尋常じゃない。
俺はオークキングの側面に回り込み、がら空きの脇腹に剣を突き立てた。
だが、手応えが硬い。
まるで岩を殴っているようだ。
俺の鋼の剣は奴の硬い皮膚を数センチ切り裂いただけで、それ以上深くは入らなかった。
オークキングが鬱陶しそうに腕を振るう。
俺は、その一撃をまともに食らい岩壁まで吹き飛ばされた。
「がはっ……!」
背中を強打し、肺から空気が全部搾り出される。
目の前がちかちかした。
【神託】:やばいやばい!
【神託】:こいつ、強すぎるだろ!
【神託】:逃げろケンタ!
【神託】:アリアさん、がんばって!
神託が悲鳴で埋まる。
アリアは一人で懸命にオークキングの猛攻を捌いていた。
だが、パワーの差は明らかだ。
じりじりと追い詰められ、ついに棍棒の一撃が彼女の盾を弾き飛ばした。
「しまっ……!」
がら空きになったアリアの体に、追撃の棍棒が叩きつけられる。
彼女の体は紙切れのように宙を舞い、地面に叩きつけられた。ピクリとも動かない。
「アリア!」
俺は痛む体を無理やり起こした。
オークキングは倒れたアリアには目もくれず、こちらに、いや俺の背後で震えているポポロにその濁った目を向けた。
まずい。狙われている。
俺はポポロの前に立ちはだかった。剣を構える。手は震えていた。
勝てない。
死ぬ。
俺も、この小さい女の子も、ここで。
オークキングがゆっくりとこちらへ歩いてくる。
一歩、また一歩と死が近づいてくる。
もう、だめだ。
そう諦めかけた、その瞬間だった。
空が、光った。
どこからともなく金色の光の粒子が、雨のように降り注いできた。
それは静かで、幻想的な光景だった。
戦場の喧騒が嘘のように遠のいていく。
なんだ、これ。
【天覧者数:3500!】
【神託】:うおおおおおおおおおお!?
【神託】:金色の【恩寵】!? 見たことねえ!
【神託】:誰だ!? 誰が入れたんだ!?
【神託】:額が、額がカンストしてる!
名も知らぬ富豪神より、規格外の【恩寵】を賜った。
神託のウィンドウが、見たこともない熱狂に包まれていた。
金色の雨は俺の体へと降り注ぎ、吸い込まれていく。
そして、俺の右手に温かい光が宿った。
光が収まった時。
俺の手には一本の剣が握られていた。
白銀の刀身に、黄金の装飾。
鞘に収まっていないのに、その刀身はまばゆい光を放っている。
美しいと思った。
同時に、分不相応だとも思った。
こんなものが俺の手に握られていていいはずがない。
【神託】:聖剣……!?
【神託】:ガチャでも出ない最高レアのやつじゃん!
【神託】:石油王マジ神!
オークキングが目の前に迫っていた。
俺はただ無我夢中で、手の中の聖剣を振るった。
今まであれだけ硬かったオークキングの棍棒が、まるでバターのように音もなく真っ二つに切れた。
オークキングの目が、初めて恐怖の色に見開かれた。
俺は戸惑いながらも、もう一度剣を振るう。
横薙ぎの一閃。
それはオークキングの巨大な胴体を、いともたやすく両断した。
ずしん、という重い音を立てて、オークキングの上半身と下半身が別々に地面に落ちる。
血の匂い。
静寂。
俺は手の中に残る、光り輝く聖剣を見つめていた。
自分の力じゃない。
誰かの気まぐれな金で買った、借り物の勝利。
嬉しいとか、誇らしいとか、そんな感情はどこにもなかった。
ただ、ひどく空っぽな気持ちだった。
第10話を更新しました。
オークキングとの激闘でした。
パーティ結成以来、最大のピンチ。アリアも倒れ、ケンタも絶体絶命……。
そこに現れた救世主、その名も「名も知らぬ富豪神」!
一体、何者なんでしょうか。とんでもない額の【恩寵】で、ケンタに聖剣を授けてくれました。
こういう、圧倒的な力でねじ伏せる展開、たまにはいいですよね。
しかし、ケンタ本人はあまり嬉しそうではありません。
自分の力ではない、借り物の勝利。
彼が抱えるこの虚しさは、これから彼の旅にどう影響していくのでしょうか。
そして、アリアは無事なのか!?
次回、波乱の戦後処理編です。
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。




