第8話 偽り
「何を悩んでいるの?」
「最初は、夢を描こうと思ったの」
「いいじゃん」
「でも、なんとなく構図が定まらなくて……」
気まずそうに視線を下げる。
「それで、次に鈴と同じ春夏秋冬にしようかとも思ったんだけど、私では絶対に春夏秋冬の町並みは描けない。空にしようとも思ったけれど、それも構図が上手く想像できなくて……」
そうこうしているうちに今日が来てしまったと、美鈴は肩にかけている鞄を握った。
少し落ち込んでいるように見える美鈴を見て、鈴は視線を外し天井を見上げた。
「でも、それだけ悩んでいるってことは、やっぱり負ける気はないんだ。柊先輩に」
「もち。どんなに上手でも、年上でも、情熱だけは誰にも負けないと思っているから」
絵への情熱だけは、誰にも負けないと強く思っていた。
そんな美鈴は一つだけ、懸念していることがある。
美鈴は、なぜか理由はわからないが、柊に嫌われているのだ。
美鈴が一年生の時、絵を初めてみんなに見せた時が原因だと考えている。
その日までは、柊もすごく優しく教えていた。
苦手な手の描き方やアドバイスも的確。絵具の使い方も、美鈴が理解するまで何度も教えてくれていた。
美鈴にとって柊は憧れであり、素敵な先輩だった。
それなのに、絵を見せた日から態度が豹変したのだ。
なにか教えてもらいたくても、一言二言で終わる。
挨拶をしても、無視。
困っていても、一切手を差し伸べてくれなくなった。
だが、それは周りに人がいない時のみ。
美鈴の他にも人がいる時は、今まで通り優しく接してくれていた。
美鈴だけに、酷い態度をとっている。
どこで間違えてしまったのか、なんで嫌われてしまったのか。
いくら考えても、わからなかった。
だから、これ以上嫌われないように、適度な距離を保ち、今まで過ごしてきた。
今回も、柊との関係を悪化させたくないのなら、コンテストは来年に挑戦すればいい。
けれど、感情と思考はどう頑張っても合致しない。
コンテストへの参加は、どうしても諦めきれなかった。
だから、適度な距離を保ちつつ、美鈴は今回のコンテストに臨もうと思っている。
「いつもは気弱な感じなのに、絵になると目つき変わるよね、美鈴って」
「え、そうかな?」
「うん。かっこいいと思うよ!」
そんな話をしていると、美術室へと辿り着いた。
中に入ると、もうほとんどの部員は集まっている。
窓側にいる黒髪の生徒が、さっきまで話していた三年生の柊夏。
キャンバスを見つめ構想していたが、ドアが開いた音に気づき、振り向いた。
二人を見て、いつもの優しい笑みを向けた。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは」
今は、隣に鈴がいるからみんなと同じように美鈴にも接している。
だが、視線が一度も合わない。確実に逸らされていた。
それでも、いつも通りだからいいやと、美鈴はキャンバスなどを準備し始めた。
美鈴が美術室に入ってから数分後に、顧問が美術室に入ってきた。
「揃っているね」
顧問は、女性。少し天然なところもあるが、芸術に関しては厳しく、顧問が来ると皆、椅子から立ち上がり、姿勢を正す。
「うん。みんな、元気そうでなにより。それで、今日が何の日かは、わかっているかしら?」
柔和な笑みを浮かべている顧問は、姿勢を正している部員達を静かに見回した。
皆、顔つきが違う。特に、三年生。
今年最後のコンテストへの参加。絶対に、ここで落ちたくはない。
そんな強い想いが、美鈴にも伝わり鳥肌が立つ。
「みんな、いい顔をしているわ。それでは、事前に伝えていた通り、最初に参加表明をしていただきます。いいですね?」
再度、見回していると、皆、小さくうなずいた。
一年生はまだ慣れておらず、空気だけで怖がっている人もいた。
だが、気にせず顧問は部員全員に問いかけた。
「では、コンテストへの参加を希望される方は、手を上げて」
顧問の掛け声に合わせ、三年生は全員手を上げた。
二年生は予想通り、美鈴と鈴の二人だけ。
「うん、ありがとう。では、コンテスト参加希望者は、こちらへ。残りの方は、副顧問と共に続きを描きなさい」
顧問が言うと、皆はぞろぞろと動き出す。
美鈴と鈴は、三年生が全員上げている中で手を上げるのにすごく緊張していた。
まず、第一関門突破。そんな気持ちで場所を移動しようとした瞬間、美鈴の背中に悪寒が走った。
振り向くと、柊が無表情のままに美鈴をじぃ~と見ていた。
目は闇に覆われており、表情は無。
何を訴えているのかわからず、ただただ怖い。
美鈴は、気づかないふりをしながら前を向き、顧問に言われた通りに移動した。
途中、鈴が美鈴の顔色が悪いことに気づき「どうしたの?」と問いかけたが、素直に伝えられるわけもなく「何でもない」と首を振った。
気になりながらも、鈴はこれ以上なにも聞かなかった。
「では、参加を決めたみんな。テーマの発表を一人ずつお願いします」
「はい!」
顧問が言った直後、すぐに手を上げたのは部長の柊だった。
「では、柊さん、あなたは何をテーマにしますか?」
「私は、七夕をイメージします」
聞いた時、美鈴は思わず目を見開いた。
普段から見える光景や、頭に浮かべるイメージではない。
その時期でしか見ることが出来ない季節ものを持ってくるとは、正直思ってはいなかった。
「選んだ理由はありますか?」
「今の時期にピッタリなのと、七夕は彦星と織姫が出会える唯一の日。少しでも応援したいと思い、選びました」
「素敵ですね。頑張ってください」
「ありがとうございます」
そのまま下がり、次の三年生が報告する。
なぜかその時、柊は美鈴を見て、ニヤリと笑った。
三年生の報告が終わると、次に二年生で唯一参加している二人の報告へと移る。
鈴は、もう決まっている為、堂々と報告した。
次に、美鈴。
だが、美鈴はまだ決めていない。
鈴の報告が終わり、美鈴がすぐに報告すると思っていた顧問は、首を傾げた。
「佐々木さん? どうしたの?」
「いえ、あの。まだ、決め切れていなくて……」
素直に言うと、柊は眉間に皺を寄せた。
だが、すぐに柔らかい笑みに切り替え、組んでいた手を下ろした。
「わかりました。今すぐに決めることはありません。ですが、テーマを決めるのに時間をかけすぎることも出来ないので、そこだけは考えて調整してくださいね」
「わかりました」
「では、テーマが決まっている人は、さっそく手を付けてください」
全員の発表が終わり、ここからは基本自由。
顧問は、副顧問と共に職員室へと戻った。
すぐに美鈴は、今まで描いていた続きのキャンバスの前に座ると、横から影が差す。
振り向くと、そこに立っていたのは、怪しい笑みを浮かべていた柊だった。
コンテストに参加すると決めた時から、柊から何かされるのではという考えはあった。だが、ここまで直接的に何かされるとは思っておらず、顔が青ざめ、体が震える。
何されるのか身構えていると、柊が顔を寄せ、みんなには聞こえないような小声で言った。
「テーマも決まっていないなんて、よっぽどやる気がないのね」
「いえ、やる気がないわけではないのですが……」
「なら、なぜテーマが決まっていないのかしら? さぼっていたのではなくて? コンテストの説明会から二週間もあったのに?」
柊にそんなことを言われ、何も言い返せない。
描きたいテーマは沢山ある、アイディアも湧いて出てくる。
けれど、どれもコンテストに出せるような構図を出せるとは思えない。
沢山考え、まだ決められない。ただ、それだけ。
だが、それを伝えても、言い訳と判断されてしまう。
そう思い、美鈴は顔を俯かせ「すいません」と謝った。
「惨めね。早く辞退したらどうかしら」
なぜ、そこまで言われなければならないのか。
顔を離した柊に言い返そうと見上げるが、それより先に彼女が口を開いてしまった。
「今伝えたことで、今一度コンテストについて考えてみて? 大丈夫、佐々木さんならすぐにテーマは決まるわ」
まるで、周りに見せつけるかのように笑みを浮かべ、都合のいい言葉を吐き捨てる。
伝えたことでコンテストを考えてみて?
それって、辞退を考えろと言うことか。
なぜ、そんなことを言われなければならないのか。
部長だからといって、そこまで言っていいものなのか。
悔しい、腹の底から湧き上がる怒りをどう処理すればいいのかわからない。
握っている筆がギギギッと音を鳴らす。
「美鈴?」
「っ、す、鈴?」
頭に血が上っていたが、鈴の困惑した声で我に返る。
振り向くと、鈴が困ったような表情を浮かべ、美鈴を見ていた。
「どうしたの? なんか、顔色悪くない?」
「い、いや、なんでも、ない……」
ここで素直に伝えても、絶対に信じてはくれない。
それくらい、柊の人望は厚い。
美鈴は、鈴から顔をそらし、キャンバスに筆を添えた。
だが、進まない。イメージが沸かない。構図が出てこない。色合いがわからない。
パレットを見て色を確認する。
美鈴は、美術室にあるパレットを使っている為、もう取り切れない絵具が付着していた。
使えなくはないし、まあいいかと使っていたパレット。
その、マーブルカラーのパレットが、今はなぜか忌々しく感じる。
どこか、焦っている。
柊の言葉が頭をよぎる。
「はぁ、なんでだよ……」
怒りが込められた言葉に、鈴は肩を震わせた。
もう、美鈴の視界に鈴はいない。キャンバスだけが映っている。
どう声をかければいいのかわからず、鈴は何度も声をかけようと口をパクパクと開閉する。
だが、結局なんと声をかければいいのかわからず、鈴は諦め自分の席へと戻った。
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