第七話 テーマ
林を出た美鈴と鈴は、公園のブランコに座り、オレンジ色に染まる光景を眺めていた。
二人は、今だに小屋に辿り着けたことが信じられず唖然としていた。
それだけでなく、噂の小屋にいたのが誰もが振り向く美形。さすがに直ぐ受け入れられない。
沈黙が続く中、最初に口を開いたのは鈴だった。
「……ねぇ、噂は本当だったってことで、いいと思う?」
「わかんない。だって、願いが叶ったわけじゃないし……」
噂の通り、小屋はあった。
けれど、願いは叶えられないと断られてしまった。
「でも、噂が独り歩きしていたってわけでも、ない、よね? だって、小屋はあったし」
「そうなんだよね。中途半端に噂が広がった感じかな?」
美鈴の言葉に、鈴がブランコを漕ぎながら答える。
静かな空間に、ブランコの軋む音だけが響いていた。
「…………帰ろうか。流石に親に怒られるよ」
「そうだね」
ブランコから降りた二人は、家に帰る為公園から出た。
「そう言えば、今は何時?」
鈴がおもむろにスマホを取り出し、画面を見ると顔を青くする。
美鈴もスマホを見ると、時間は十八時を回っていた。
「やばい、早く帰らないと怒られる!!」
「急ごう!!」
二人は顔を青くし、走り出す。
そんな二人を公衆トイレから、一人の女性が顔を覗かせた。
林の奥を覗き、女性は不敵に笑う。
「噂、本当だったんだ」
公衆トイレの奥に進む林を見て、一歩前に踏み出す。
だが、すぐに止まってしまった、
そのまま、数秒林の前で立ち尽くし、帰ってしまった。
※
次の日。朝のHRが終わり、一時間目の授業が始まる前の時間は、生徒にとって少しの休憩時間。
賑わう教室内で、鈴は大きな欠伸を零していた。
そんな彼女の傍ら、美鈴の顔色が悪い。
二人は昨日、部活が無いのにも関わらず帰りが遅かったため、親から怒られてしまった。
二人の席は遠いため、まだ昨日について話せてはいない。
だが、今日は部活がある為、行く途中にでも話そうと美鈴は思っていた。
欠伸をしながら手元にあるスケッチブックを見る。
そこには、昨日小屋で出会った青年、明人の姿がラフで描かれていた。
執事のような立ち居振る舞い、不思議な空気を纏う。
ちょっと人間離れしている青年、筐鍵明人。
美鈴は、首を傾げ明人を頭の中で思い浮かべた。
妖怪でもない、幽霊でもない。
それでも、人間とは思えなかった青年。
いくら考えても、自己紹介と少しの噂の話しかしていない中で、何かわかるわけはない。
美鈴はため息を吐き、スケッチブックを閉じた。
机の中から一時間目の授業で使う国語の教科書とノートを取りだし、教師が来るのを窓の外を眺めながら待ち続けた。
放課後になり、美鈴は鈴と合流。美術室に向かう途中の廊下で、美鈴は昨日について問いかけた。
「それにしても、今だに昨日の光景が頭をよぎるよ。神秘的というか、現実味がなさすぎる」
「私も。――――もう、忘れられないと思う」
「だねぇ~」
鈴もやっぱり忘れられていなかったんだと、美鈴は心の中で密かに安堵する。
「そう言えば、今日だよね。美術コンテストへの参加表明」
「あぁ……」
美鈴達は、今は二年生。
二人が通う美術部は、コンテスト参加作品を投票で決める。
参加自体は自由なのだが、そこから一作品だけが選ばれる仕様となっていた。
最初に生徒達の投票。最後は、顧問と副顧問が話し合いで決める。
基本、一年生は参加しない。
二年生は、実力がある者は参加の意を見せる。
三年生は絶対参加。
そんな暗黙のルールが美術部では広がっていた。
美鈴達はひとまずコンテストと言う緊張感を味わいたいという理由で、参加しようと考えている。
今年の三年生は、十五人。もちろん、全員参加。
二年生は、十人いるが、参加すると決めたのは美鈴と鈴だけだろうと考えている。
その理由は、部長である柊夏が今年は参加するからだ。
柊は、纏っている空気が儚く、高根の花と呼ばれている。
普通の人は、近づくことさえ許されないと思ってしまう程に、柊の雰囲気は澄んでいた。
見た目も、誰もが二度見をしてしまうほどに美しい。
腰まで長い、艶のある黒髪。
制服はきっちり着こなし、黒い瞳はつり目なため、少々鋭さを感じさせる。
けれど、物腰は優しく、困っている人には必ず手を差し伸べる。
美鈴も、一年生の最初は、柊に助けられてばかりだった。
それだけではなく、頭脳明細、運動神経抜群。
そのうえ絵の才能も持っており、二年生の時にコンテストで銀賞を取るという偉業も成し遂げていた。
そのため、二年生全体の空気は「柊先輩に勝てるわけがない」という想いが広がっていた。
そんな空気を感じ取っていながらも、美鈴と鈴は話し合い、参加を決めた。
自信があったというのもあるが、何より参加をする前から諦めるなど、二人には信じられなかった。
今回、コンテストに参加する生徒は、参加しない生徒とは別に部活に参加する。
顧問がつきっきりで誰にでも平等に技術を教え、指摘する。
「まさか、参加表明とテーマを一緒に発表しないといけないなんて思わなかったよ。前から決めていたからいいんだけどさ~。美鈴は決めた?」
「う、う~ん……」
正直、美鈴はまだテーマを決め切れていなかった。
描きたいものは沢山あるし、描ける自信もあった。
けれど、思いつく限りのテーマでは、柊に勝てない。
参加するのなら、絶対に勝ちたい。そういう強い思いで参加を決めた。
「鈴は、なににしたの? テーマ」
「私は、春夏秋冬を描こうと思ってるよ」
鈴は、人間を描くのが好きと言うイメージを持たれがちだが、背景にも力を入れている。
そのため、影を描くのが苦手なのは致命的。本を買ったり、美鈴に聞いてなんとか学んでいた。
「美鈴は?」
「それが、まだ決められていないんだよね……」
「えっ、それってやばくない? だって、今日だよ? 参加表明とテーマ発表」
「うーん」
最悪、今日報告できなくても問題ないと顧問は、コンテストの説明会の時に伝えている。
けれど、早めにテーマを決めて描き込まなければ、締め切りに間に合わない。
ここでテーマを決めあぐねるのは、美鈴も自分で首を絞めることとなってしまう。
それは、美鈴自身もわかっていた。
それでも、テーマを一つに決め切れなかった。
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