第三十七話 真実
病院を追い出されてしまった美鈴と鈴は、途方に暮れていた。
どこにも行きたくなくて無言で歩いていると、森林公園へと辿り着く。
鈴が「少し休まない?」と言い、ブランコに二人で座った。
もう、世界は赤く染まっている。
周りには子供の姿はない。
二人しかおらず、ブランコの揺れる音だけが聞こえるだけだった。
「…………」
鈴は、美鈴を横目で見る。
声をかけようとするが、言葉が出てこない。
でも、ここで何も声をかけないのは、前までと同じだ。
勇気を振り絞って、鈴は美鈴に声をかけようと口を開いた。
「みすっ――……」
だが、上から影が差したことで言葉が途中で止まってしまった。
鈴が見上げると、驚愕の表情を浮かべ固まった。
美鈴も、鈴の様子を横目で見て見上げた。
すると、そこには狐面を顔に付けているレーツェルと、驚きで目を開いている筐鍵明人が立っていた。
明人は、すぐに表情を切り替え、二人を軽蔑するような視線で見下ろす。
レーツェルは何が面白いのか、クスクスと笑っていた。
「…………さっき、お礼を言いました。私、自分はすごく道が切り開かれ、今までより心が軽くなりました」
美鈴が急にそんなことを言いだし、明人はさらにげんなりとして顔を歪めた。
「ですが、やはり貴方は味方ではない。さっき、それがわかりました」
「当たりめぇだろうが。なんで俺が、見ず知らずのお前なんかの味方をしないといけないんだよ。冗談を言うのも大概にしろや、餓鬼」
明人の言い分に美鈴は眉を顰めたが、すぐに視線を下げた。
何も言わなくなり、空気が悪くなる。
重い空気の中、鈴とレーツェルの視線が自然とあった。
いや、狐面を顔に付けている為、本当に視線が合っているかは定かではない。
気まずいと思い鈴がすぐに視線を落とすと、レーツェルが口を開いた。
「――――そっちの人間よ、おまえさんは何を願う?」
「え、願う? ど、どういうことでしょうか……」
おずおずと視線を上げると、レーツェルは出来る限り優しく問いかけた。
「おまえさんは、まだ一回分、権利がある。抱えている悩みがあるのなら、解放してやることも可能だ。だが、結果がどう転ぶかは、こやつ次第だけどな」
レーツェルの指している人物は、不機嫌そうに腕を組んでいる明人。
混乱してしまい何も言えずにいると、ブランコの後ろからぬるりとカクリが現れた。
「お主達は結局、何がしたいのだ?」
「「わぁぁぁああ!?」」
カクリの登場に二人は悲鳴を上げた。
明人とカクリは耳を塞ぎ、レーツェルは腹を抱えて笑い出す。
「そんなに驚くこともないだろう」
「い、いいいい、いきなり現れたら驚くよ!!」
まだ心臓がバクバクとなっている鈴は、何とか呼吸を整えカクリを見直した。
「え、えぇっと、なんでしたっけ」
「君達は結局、何がしたいんだい?」
再度同じ質問を問いかけられ、二人は顔を見合わせた。
戸惑いながらも美鈴がカクリの質問に答えた。
「何がしたいかはわかりませんが、今は柊先輩を元に戻す方法が知りたいです」
「同じく……」
「謝らせたいからかい?」
カクリの質問に美鈴は一瞬固まったが、小さく頷いた。
「意味はあるのかい?」
「え?」
「謝らせることに、意味はあるのかい?」
カクリの言葉に、美鈴はすぐに言い返せない。
謝らせることに意味を見出せと言われても、わからない。
いや、わからないのではなく、ないのだ。
けれど、美鈴は謝ってほしい。
今までの行動についてや、何を考えていたのか。
すべて、話してほしい。
そのような強い気持ちはある。
けれど、それをカクリに伝えたところで、意味は無い。
適当にあしらうことも考えたが、カクリの漆黒の瞳から逃げられない。
美鈴が口を意味もなくパクパクとしていると、鈴が代わりと言うように答えた。
「今までより、もっといい関係を築きたいからですよ」
「もっといい関係? なぜだい? いじめから開放されたのだから、今が一番二人にとってはいい関係だろう?」
カクリの言葉に、鈴は首を小さく横に振った。
「確かに、いじめは無くなりましたが、今のままでは後味が悪すぎます。心がすっきりしません。これは、理由などではなく私達、人間が抱えている感情から湧いて出て来るものなのです」
鈴が言い切ると、カクリが「感情……」と、ぽつりと呟いた。
「そう、感情です。まぁ、理由をもし無理やり作るとなると……そうですね……。心をすっきりさせたい、ですかね」
ニコニコと言い切る鈴だが、カクリはわかったようなわからないような、複雑な表情を浮かべた。
レーツェルはニコニコと笑いながら、カクリに手招きした。
近くまで駆け寄ってきたカクリの頭を、優しく撫でた。
「人間の感情。それは、我々人外からしたら、非常に興味深いモノだ。だから、これからも観察させてもらうよ」
「え。じ、じん、がい?」
サラッとレーツェルから出た言葉に、美鈴は思わず聞き返す。
だが、彼は答えず、カクリを抱え風に乗り姿を消した。
「――――あっ!! あの化け狐!! 俺を置いて行きやがった!!」
その微妙な空気の中、明人が一人、取り残された。
二人の視線が、彼に突き刺さる。
「…………だああぁぁぁぁぁぁあ!! 俺も帰る!!」
「待ってください!」
頭を掻きむしり、何もかも嫌になった明人は、そのまま足早に奥へと向かおうとした。
だが、それを鈴が腕を掴み止めた。
「くっそ、なんだ!!」
「本当に、柊先輩は元に戻りますか? 温もりを与え続ければ、優しさを与え続ければ戻るのですか? 今日見た感じだと、全然元に戻った柊先輩をイメージできませんでしたので……」
二人は以前、明人から柊を元に戻す方法として、温もりを与え続けることと教えてもらった。
だが、今日柊を見て、自信がなくなった。
戻る気配はなく、どう接すればいいのかわからない。
顔を下げ、明人に縋りつく鈴を見て、彼は深い溜息を吐いた。
呆れらた。けれど、それでもいい。
確実な言葉がもらえれば、鈴はなんでも良かった。
「柊先輩を元に戻したいんです。そして、これからは私が柊先輩を支えたい。優しい人なんです、本当は、心が温かい人なんです。ただ、理由があって、美鈴に酷いことをしてしまったんだと思います。その真相を知りたい。そして、今までの受けた恩を返し、これからはよきライバルとして関係を築いていきたいんです」
鈴の言葉に、美鈴は拳を握った。
続くように、明人へと訴えた。
「私も、最初は優しくしてくださっていました。あれが、本当の柊先輩なのかもしれない。だから、理由をしっかりと聞いて、仲直りがしたいです! だから、お願いします! 柊先輩は、本当に元に戻りますか? 本当に、戻せるのですか?」
鈴は涙を縁に溜め、美鈴は眉を吊り上げ問いかけ続ける。
勢いのままに縋りつく二人に明人はげんなりし、逃げるように後ずさる。
明人が後ろに下がり距離を取ろうとしても、二人は諦めない。
彼からの言葉ですべてが決まる。
ここで逃すわけにはいかない。
二人は逃げる明人に詰め寄り、聞き続けた。
そんな二人にしびれを切らした明人は、大きな声を出した。
「だぁぁぁああ!! うるせぇな!!! んなもん、俺がわかる訳ねぇだろうが! おめぇら次第なんだよすべてがな!!」
明人の叫びに、二人は絶望したように顔を青くした。
「な、なんで……。必ず戻ると、言い切れないんですか……」
「人間の感情は複雑だ。脳の作りも同じで、すべてが解明されている訳じゃねぇ。そんなもんを、俺がすべて把握するなんて不可能に決まってんだろうが。普通に物事を考えろや、餓鬼」
鈴は、縁にためていた涙が零れ、顎を伝い落ちる。
美鈴は、どうにかできないか、苦し気に顔を歪め頭で考えた。
拳は自然と強く握られ、爪が食い込み血が流れる。
痛みは感じない。それどころではない。
明人から、もう少しヒントが欲しい。
もっと、他の言葉が欲しい。
でも、これ以上追及して、今以上に絶望的な言葉が返ってきたらと考えると、怖くて聞けない。
二人の様子を見ていた明人は、腕を組み深い溜息を吐いた。
「何回も言っているだろうが。お前ら次第なんだよ、女が元に戻るのは」
「それって……」
「温もりを与え続けろ。諦めず、数年かかっても、最後まで見捨てず関わり続けろ。特別なことはしねぇでいい、日常生活について話してやれ。それだけでも、温まるだろう。しらんけど」
「じゃぁな」と、明人は今度こそ森林公園の奥へと向かってしまった。
二人は、もう明人を止めようとしない。
姿が消え、二人はどうすればいいのかお互い顔を見合わせた。
「…………私達次第。それって、諦めなければ元に戻る可能性は十分にあるって考えでいいのかな」
「た、多分。やり方は、あの人が言った通りに声をかけたり、話をしたりして関わっていく。数年かかっても諦めないで、声をかけ続ける――っ、そうか」
美鈴は、やっと明人の言いたかったことに気づき、目を開いた。
「あの人、私達が途中で諦める可能性があると考えて、確実なことを言わなかったんだ。私達が諦めてしまえば、無理。柊先輩は、絶対に元には戻らない。けれど、数年かかってでも私達が諦めずに声をかけ続ければ、元に戻る。すべては、私達次第」
やっとすべてを理解した美鈴は、眉を吊り上げ笑みを浮かべた。
「美鈴?」
「鈴。私は、数年単位で柊先輩を助ける。なんか、負けたくないって気持ちも浮上してさ。絶対に、柊先輩を助けたい」
美鈴を見て、鈴も力強く頷いた。
「私も。絶対に柊先輩には戻ってほしいもん。だから、諦めない。絶対に、最後まであきらめないで、やり通してやる!!」
二人は気合を入れて、公園を後にした。
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