第三十四話 ゴミ屋敷
美鈴達が合流し走っている時、柊の家の前には明人とカクリが立っていた。
「明人よ、この臭いゴミ屋敷はなんなのだ。こんな所に何用なのだ?」
なぜ、急にこんな所に連れ出されたのかわからないカクリは、明人を見上げ怪訝そうな顔を浮かべ問いかけた。
だが、明人はすぐに答えない。
目の前に建つ建物を見つめるだけ。
目の前の建物は、カクリが言う通りゴミ屋敷だ。
ゴミ袋が庭や車の周りに散乱しており、鴉が食い散らかしたのか生ごみが辺りを汚していた。
周辺は、普通の人でも鼻をつまみたくなるくらいの異臭が漂っている。
明人はなんとか我慢できるが、カクリは人より何倍も嗅覚や聴覚が優れているため、涙目になっていた。
「ひでぇな」
「ひどすぎるぞ。誰の家だ? 明人の知り合いかい?」
「感情を抜き取った依頼人の家だ」
さらっと言われ「そうか」と聞き流すところだったが、カクリはすぐに言葉の意味を理解し明人を見上げた。
「まさか、あの黒髪の人間か?」
「そうだ。あの女は、親に恵まれなかったらしい」
家の現状を目の前で見て、カクリは目を伏せ「そうか」と呟いた。
「記憶を少し覗いただけだが、現状を見てわかった。こいつの親は、子供を利用していただけのクズだとな」
悲しそうに目を細め、明人はゴミ屋敷を見上げ続ける。
「親は最低限の食費しか与えなかった。だが、子供が自分の価値を下げるようなことをすれば暴力を振るう。道具としか見られておらず、努力しても認められない。だが、その道具は、俺によって壊された」
明人の言葉に一切口を挟まず、カクリは聞き続ける。
「そして、道具としか見ていなかった子供など、親からすれば壊れれば終わり。だから、無情にも捨てられた。ここはもう、抜け殻。柊と言う家族は、亡くなったんだ」
冷たい風が、明人の藍色の髪を揺らす。
カクリは驚きつつも、すぐに冷静になり鼻をつまんでいた手を下ろした。
「人間とは、愚かな生き物だな」
「それには同意する。そんで、またしても愚かな人間がやってきたぞ」
「なんだと?」
明人が横に顔を向け、カクリも見る。
そこには、息が荒い美鈴と鈴の姿があった。
二人は、明人の姿を見てその場で足を止めてしまう。
驚き、美鈴は明人を指さした。
「あ、貴方……。小屋から抜け出してきたの?」
「なんだ、その言い方。俺は普通の人間だ。お前らはずっと家にいるのか? いないだろうが。俺もお前らと同じで買い物もするし、気分転換に散歩で外に出る時もある。ただ、小屋の外に出ただけで驚かれるのはおかしな話だろ」
美鈴の口から出た言葉に、倍で返す明人。
鈴は驚き、美鈴は唖然とした後に「こんのっ!!」と怒りで拳を震わせた。
「そんで、おめぇらはなんでこんな所にいる。ここはもう抜け殻だ、何も残ってねぇよ。――――あっ、もしかして生ごみや捨てられた家具とかを拾おうと思って来たのか? それなら辞めておけ、怨霊とかが宿っている可能性がある」
「そんなことをするわけないでしょうが!」
我慢が出来ず美鈴が叫ぶが、明人はどこ吹く風で気にしない。
視線をまた、建物へと戻した。
そんな彼を見て、何を言っても意味は無いと思った美鈴は、鈴を見た。
「もう……。ところで、鈴。柊先輩の家って確かここら辺だったよね? どれだろう」
美鈴が周りを見回しながら言うが、ここの周りはほとんど売り物件となっており、唯一売りに出されていない建物は、明人が見つめるゴミ屋敷のみ。
こんな所が柊家なわけがないと、美鈴は無意識に避けていた。
そんな美鈴の心情を察してか、鈴は困ったように眉を下げゴミ屋敷を見た。
「多分だけど、ここだと思うよ」
「っ、え、こ、こんなゴミ屋敷?」
「ゴミ屋敷なんてひどい言い方するな。生活を謳歌している欠片が散らばってしまっているだけだ。憧れの先輩の家だと言うのに、酷い言い方するなぁ~」
明人の茶々入れに、美鈴は怒りで顔を赤くした。
鈴は「まぁまぁ」と美鈴を落ち着かせた後、何を思ったのか明人へと近づいた。
「あ、駄目だよ近付いたら。危険だよ!」
美鈴が鈴に言うが、足は止まらない。
明人の前で立ち止まると、漆黒の瞳が鈴を見る。
蔑むような、闇が広がる瞳だ。
そんな瞳から逃げず、鈴は口を開いた。
「あの、どうして貴方達はこんな所にいらっしゃるのでしょうか。なにか、あるのですか?」
鈴の問いかけに、明人は顔を逸らした。
「気分転換だ。他に何もない」
「それは、嘘、ですよね? さすがに、気分転換に来るようなところではありませんし、貴方がそんな悲しい顔を浮かべるているのにも、別の理由がありますよね?」
鈴からの言葉に、明人は片眉を上げた。
「悲しい顔を浮かべている、だと? 何をわかったことを言ってやがる。餓鬼」
「わかってはいません。貴方のことは特に、名前と住処以外にわかっていることは、横暴な態度と口の悪さだけです」
真面目な顔でそんなことを言われ、明人は「あ?」と、眉を顰めた。
美鈴は後ろで見ていて鈴の遠慮のなさに、一瞬心臓がドクリと跳ね上がる。
大丈夫なのかと不安に思いながら見ていると、明人が体の向きを変え、鈴を見据えた。
「何が言いたい」
「そんな意地が悪そうな貴方が、わざわざ散歩でこんな所に。しかも、感情を抜き取った人の家に来るなんて考えられません。何かしら目的があるか、どこか思う所があったのではないのでしょうか」
鈴は、眉を吊り上げ問いかけた。
その瞳は微かに揺れている。
泣きそうになっているのか、感情が高ぶっているのか。
その瞳は、明人になにかを訴えている。
嘘をつかないでと、本当のことを話してと訴えている。
明人は、そんな鈴の訴えに対し言い返そうとしたが言葉が出てこない。
歯を食いしばり、舌打ちを零す。
明人が何も言わないことを察すると、鈴はまた言葉を繋げた。
「…………柊先輩は今、どこにいるんですか?」
「……知らん。精神科じゃねぇの? 入院していてもおかしくねぇだろうしな。そもそも、聞く相手がちげぇだろうが、なんで俺が小屋から出た依頼人について知ってんだよ。ストーカーする価値もねぇわ、あんな餓鬼」
「そこまで言ってないです……」
「そうかよ」
腕を組み顔を逸らしていると、ふと、明人はあることに気づき美鈴を見た。
「っ、え」
「お前、いじめられてたんだよな。なのに、依頼人のためになんでそこまで動ける?」
明人の立場から見れば、そう思うのも無理はない。
美鈴の中では、もう答えが出ている質問だったため、するりと返答が口から出た。
「謝らせるためです」
「…………ほう?」
偽の善意によって作り出された言葉が出てくると思っていた明人は、美鈴の言葉に口角を上げた。
「いじめは、どんな時でも行ってはいけない。だから、謝らせるんです」
「お前も似たようなことしてたけどな」
「それはまた違います!!」
顔を赤くし、美鈴は怒鳴る。
耳を塞ぎ、明人は彼女から視線を外した。
「お前は、今回俺の小屋に来て、救われたと言っていたな。それは、願いが叶ったということなのか?」
「え、願い?」
なんのことかわからず、思わず聞き返す。
明人は、そこまで強く回答を求めていなかった為、「やっぱ、なんでもねぇわ」と、何事もなかったかのようにその場から立ち去ろうと歩き出した。
「え、あ、あの??」
隣をすれ違う明人の裾を掴むが、すぐに振り払われいなくなろうとする。
先ほどの明人の質問。それには、答えなければならない。
何故かはわからないけれど、美鈴は勝手に口が開き、大きな声で叫んだ。
「叶いました!! 私の願い。楽しく絵を描き、大切な友人と共に切磋琢磨していく未来。それが、叶いました!!! 貴方のおかげで、叶いましたよ!!」
腹から出た声は、辺りに響き渡った。
カクリは一瞬、足を止めるところであったが明人は一切止まらない。
一度振り向くが、すぐに彼へと駆け寄った。
明人が見えなくなると、美鈴は鈴へと視線を向けた。
「行こう。あの人が言うように、多分精神科だ、そして、この町に精神科は一つしかない」
「そうだね。行こう!」
二人は、明人が進んだ逆側の道に走り出した。
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