第三十二話 人間からの信頼
小屋には、レーツェルと明人の二人だけが残されていた。
カクリは、二人がなかなか帰らなかった為、道しるべとなれとレーツェルに言われ、道案内をしており席を外している。
「人間よ。よくわかったな? 蘇らせる方法」
「簡単に推測したまでだ」
「ほう」
レーツェルは口では何も言わないが、視線は明人に送り続ける。
それが煩わしく、明人は不機嫌そうに「なんだよ」とレーツェルを睨む。
「いやいや。人間んは今回の展開、納得しているのかと思ってな」
「どういう意味だ」
「一応、蘇らせる以外の選択肢を提示したはずだ。それでもお前さんは、今回人間に任せた。人間嫌いなお前さんが、だ。まさか、信じたというのか?」
明人がなぜ、柊を二人に引き渡したのかレーツェルには理解できていなかった。
明人にとって、柊は自分と同じ境遇だ。
同じ苦しみを味わっている。辛さを理解しているはずの人間を、ここで放置するなど考えられなかった。
信じていない人間に引き渡すくらいなら、確率は五分五分でもレーツェルに任せた方がいいはずだと、明人に伝える。
「はぁ……」
明人はため息を吐き、頭をガシガシと搔きながらめんどくさそうに答えた。
「なんで俺があいつらなんかを信じないといけないんだ。あのまま朽ち果てるのならそれまでで、俺は構わん。俺達は俺達のやるべきことをやっただけだ」
「ほう」
「それに、これ以上あいつらに首を突っ込むのもめんどくせえぇ、だからぶん投げた。ただ、それだけだ」
吐き捨てる明人の表情は、どこか明るい。
目を細め、柊から奪い取った感情を覗き見た。
「――――さぁて。親から見放され、ストレスの吐き口とされた女の末路は、どうなるのかねぇ。楽しみ楽しみ」
「…………」
明人の様子を見て、レーツェルは呆れたように空を見た。
そんな時、何かを思い出したのか目を開く。
「――――あっ」
「どうした?」
「いや、今回の件。最後のまとめが残っていそうだなと思っただけだ」
「最後のまとめ、だと?」
何が言いたいんだと、明人はレーツェルを睨んだ。
「まぁ、まだ時間はある。今は寝ろ」
「なっ……。ちっ」
何か言い返そうとした明人だったが、すぐに止めた。
瞼が今にも落ちてきそうになり、意識が吹っ飛びそうになる。
ふらつく体でソファーに座ったかと思うと、倒れ込むようにソファーへと横になり寝息を立て始めた。
それでも、小瓶は落とさないように握られていた。
「やれやれ、今になって疲労に気づいたのか。この人間、本当に面白い」
小瓶を明人から取り、ゆらゆら揺れている液体を見た。
同時に、小屋のドアが開かれ、カクリがため息を吐きながら入ってきた。
「おー、おつかれさん」
「いえ。明人は寝たのですか」
明人の様子を見て、カクリは近づきながら問いかけた。
「そうだ。本来なら、抜き取った瞬間に倒れ込んでも不思議ではない。それが、ここまで持ちこたえた。本当に、愉快な人間だ」
クククッと笑い、明人の頭を撫でる。
眉間に皺を寄せ、嫌そうな顔を浮かべた彼の表情にレーツェルはまた笑った。
「レーツェル様?」
「今は、休む時間だ、カクリよ。もう一山が来るまで。な」
「もう一山、ですか?」
カクリが再度問いかけたが、レーツェルはもう口を開かない。
首を傾げながらもカクリは、必要以上に聞くことはせず明人を見た。
今は、レーツェルも手を離したため、表情は元に戻る。
そんな明人を見て、カクリは思い出したことがあった。
「そう言えば、レーツェル様。その小瓶には、どのような記憶が入っているのですか?」
「これは記憶ではなく感情だ。強い感情から、記憶が覗けているに過ぎない。これは、間違えてはいけないぞ」
「わかりました……」
記憶と、感情の違い。
これからカクリは、今回のことを明人と共に二人で行わなければならない。
間違った知識は、災いを生んでしまう。
カクリはレーツェルの言葉を忘れないように、頭の中で反芻した。
「強い感情というのには、その思いを持った記憶が必ずある。なぜ、憎悪と言う感情を持ったのか。なぜ、怒りと言う感情を持ったのか。理由が無ければ、感情など動かんものだ」
「なるほど。その、強い感情を明人が奪い、小瓶に入れているのですね。だから、記憶を覗けると」
「そういうことだ。だが、それだけではない」
「それだけではない?」
レーツェルから一瞬目を離したカクリだったが、すぐに顔を向ける。
「そもそも、なぜ感情を人間が取り除くことができると思う? 俺の与えた力はまた別だと言うのに」
そう言われて見ると、確かに不思議だった。
なぜ、明人は目を覚ました時、手に感情を握ることが出来ているのか。
首を傾げていると、レーツェルがクククッと喉を鳴らし笑った。
「それは、人間が授かった力だけでは成立しない。俺が、感情を操作し、表に出しておるのだ」
「え、レーツェル様が?」
「そうだ。つまり、わかるな?」
レーツェルの問いかけに、カクリの顔が青ざめていく。
何を言われるのかが瞬時に分かったのだ。
「これを、カクリはこれからやらんとならん」
「絶対に無理です!!」
「出来なければならん。これは、絶対条件だ」
言い切られてしまい、カクリはものすごく嫌そうに顔を歪めた。
「これは、二人が信頼し協力しなければ成り立たん。安心しろ、人間はもう、俺達を信じている」
「なぜ、それがわかるのですか?」
「人間には伝えているからな。力を使っている時の人間は無防備で、俺達妖が何をしても抵抗は出来ないと」
その言葉に、カクリはハッとなる。
「えぇっと、つまり?」
「人間は、命を俺達の前に余裕な顔を浮かべながらさらけ出しているんだ。いつでも、俺達は人間の感情を抜き取り、殺せるというのに」
その事実に今更ながら気づいたカクリは、明人を見た。
今も、無防備に寝ている。
出会ったばかりのカクリ達が自分を殺すとは思っていないのだろうかと、いきなり疑問に思ってしまう。
「この人間は、直感力と、人を見る目が人よりずば抜けているのだ」
「悪い人間と、いい人間を見極めているということでしょうか?」
「というより、悪い人間とその他で分けているのだろう。俺達は、幸いにもその、”他の方”へと送り込まれたらしい」
その他とは、また曖昧な。
そんなことを思いながらも、カクリは口元に手を当てた。
「――――この人間も、悪くはないだろう?」
「素直じゃない所が傷ですけどね」
「それはカクリにも言えるだろう」
「そんなことはありません」
そんな不毛な会話を繰り広げる傍ら、明人はすやすやと眠っていた。
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