第二十八話 変化
柊は、ひとまず保健室で休むことになった。
顧問が親に連絡しようとすると奇声を上げ拒むため、休ませる意外に選択肢がなかった。
「佐々木さん、ちょっといいかしら」
「……はい」
顧問が困ったような表情で美術室で休んでいた美鈴を廊下へと呼んだ。
鈴が付いて行こうとするが、顧問が止める。
「美鈴……」
「大丈夫だよ」
鈴が不安そうにしていると、美鈴が笑みを浮かべ手を振った。
「佐々木さん、先ほどの状況、説明してもらえるかしら」
「はい」
聞かれて、美鈴はすべてを話した。
何も隠す必要はない。だが、疑問は残る。
なぜ、あそこまで美鈴に執着してしまったのか。
それだけがわからない。
「何かきっかけはあったかな?」
「私がコンテストに参加したからだとは、思っています。挙手をした日の、次の日からなので。色々と言われるようになったのは……」
「そう……。ただの嫉妬ではないような気がするのよ。あの柊さんがあそこまで取り乱しているわけだし」
こう言わせるのも、柊の人徳だ。
今までの努力がこのような事態で現れる。
顧問が困っていると、廊下を走る音が聞こえた。
「先生! 大変です! 柊さんが!!」
「なにかしら」
顧問は美鈴から離れ、副顧問の元へと向かった。
「柊さんが、少し目を離した隙にいなくなってしまったんです。本当に、水を準備している数秒のうちに……」
柊がいなくなった。
なぜ? どうして?
逃げた? でも、逃げるなんてことをしてしまえば、自分で自分の首を絞めることになる。
美鈴も驚いているとなぜか急に、ある人物が頭をよぎった。
今まで、思い出そうとしても思い出せなかった、美鈴を助けてくれた人物。
今、急に思い出した。
左目を隠し、紳士的な対応をしてくれた男性。
「美鈴! 今、すごい声が……」
「鈴……。柊先輩がいなくなったみたい」
「っ、え?!」
美鈴の言葉を聞いて、鈴は目を大きく開き驚いた。
「な、なんで?」
「わからない。わからないんだけど、多分、あの噂の小屋に行ったんじゃないかな」
「な、なんで?」
なぜ、今噂の小屋についての話題が出るのか鈴にはわからない。
今は、噂の話はどうでもいい。ひとまず、柊を見つけなければならない状況だ。
「私、鈴に酷いことを言った日、導かれるように公園に向かっていたの。何も考えていなかった。体が勝手に。まるで、呼ばれたかのように」
美鈴が鈴を見て、言い切った。
その時のことを、鈴も思い出した。
「わ、私もあの時、なぜか美鈴が小屋の方に向かったような気がしたの。だから迷いなく、小屋に向かったんだ」
あの時は、勘が冴えていた。
ただ、それだけだと思っていたが、そうではない。
二人は、噂の小屋に――筐鍵明人に誘われたのかもしれない。
そう思うと、今回柊がいなくなったのも、偶然なのか疑問が浮かぶ。
「でも、柊先輩は小屋のこと、一度も話していなかったと思うんだけど……」
「学校中すごい勢いで今、噂として広がっているでしょ? それなら、柊先輩の耳に届いていてもおかしくはないと思うよ」
「そ、そっか……」
学校全体に広がっているほどの大きな噂だ。
話くらいは聞いたことがあっても不思議ではない。
それに、明人が美鈴と鈴を呼んだのであれば、柊についても知っている。
話を聞いた明人が、柊を自分の場所へと呼び寄せた。そう考えてしまう。
現実味はないが、明人の存在自体がもう現実的ではない。
非現実な事態が起きても、明人なら出来そうと、美鈴は思っていた。
「私、行ってみる」
「行ってみるって……。もしかして、噂の小屋に?」
「うん」
美鈴が言うと、鈴は困ったように彼女の肩を掴んだ。
「でも、もう関わらない方がいいよ。なんか、不思議な空気だったし、怖い。次はタダで返してくれないかもしれないよ?」
鈴の言う通り、そんな都合のいい話ではない。
前回は、美鈴は助けられた側ではあるが、今回は酷いことをされるかもしれない。
なにか、大事な物を取られてしまう可能性も考えられる。
そう思うと、迂闊に足を踏み入れてはいけない場所であるのは確かだ。
だが、美鈴はこのまま柊をほっとけない。
いくら酷いことをされたとしても、柊の最後の表情が頭にこびりついて離れない。
助けを求めているような表情をした柊を無視すれば、今後、大きな後悔を抱えて生きていくことになる。
そう思うと、ここで何もしないという選択肢は、美鈴にはない。
「それでも、私は行く。話は通じる人だったし、どんなことをしてでも柊先輩について聞いてみる」
「えぇ……」
鈴は呆れてしまい、「でも……」と、話し合っている顧問と副顧問をチラッと見た。
「鈴、貴方は無理して来なくてもいいんだよ?」
「え? それって、一人でも行くってこと?」
「うん。私は行く。そして、柊先輩を見つけたら謝らせるの。今まで酷いことをしてごめんて、高根の花である柊先輩に頭を下げさせてやるの」
なんとなくずれている美鈴の言葉に、今まで緊張して固くなっていた鈴の身体から力が抜けた。
笑いまで込み上げてきてしまい、口を押えた。
それでも零れる笑い声に、美鈴は怪訝そうな顔を浮かべた。
「どうしたの?」
「いや、なんか。美鈴、変わったね」
「え? あぁ、うん。変わった。というか、変われた」
「変われた?」
「うん」
清々しい笑みを浮かべ、鈴を見る。
まったくの迷いがなく、前を見続けている美鈴を見て、鈴の迷いも無くなった。
「わかった。私も行く」
「いいの? 危険だよ?」
「いいの、行く。だって、友達を一人、危険な場所に向かわせるわけにはいかないででしょ?」
ニコッと笑いかけられ、美鈴も鈴をこれ以上止めなかった。
廊下を走り、顧問達の隣を走り抜ける。
「あっ、待ちなさい!!」
顧問の制止の声が後ろから聞こえてくる。
それでも、二人の足は止まらなかった。
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