第二十七話 発狂
柊は、鈴を美術部に勧誘した本人だった。
もし、絵に興味があれば美術部に来てと、笑顔で誘ってくれた。
ちょうど絵を描き、美術部に入ろうと思っていた鈴は、パンフレットを受け取り、満面な笑みで「はい!」と、答えた。
その後に、鈴は美鈴を勧誘した。
美鈴と柊が出会ったのは、美術部の体験会の日。
説明会の時に、三年生のサポートをしていた。
司会はその時の部長。その補佐を主に柊が行っていた。
マイクを渡したり、補足したりと。
パキパキと動いていたので、しっかり者というのが美鈴から柊への第一印象だった。
的確にサポートをしている柊の見た目も美しく、美術部で一番と言っていいほどの美貌を持っていた。
男子生徒は、説明より柊に見とれていた。
美鈴も、最初は頬を赤らめ柊を見てしまっていた。
女性ですら惚れてしまいそうな柊の空気や言葉使い、見た目に目が離せない。
美術部に入ってからも、柊は高根の花的な存在で、皆に優しく教えていた。
困っていそうな人には手を差し伸べ、助けを求めている人には率先的に声をかける。
そんな柊がモテない訳もなく、男性からの告白を受けているところも度々目撃していた。
そんな柊は、ある日を境に美鈴に対しての態度を変えた。
それは、一年生の時だった。
コンテストには参加しなかったものの将来的には参加したかった美鈴は、顧問に許可を得て、コンテスト用の気持ちを込めた一枚を描いたのだ。
デジタルで慣れている美鈴からしたら、キャンバスすら慣れておらず、四苦八苦して描いた一枚。
それでも楽しい気持ちがあり、様々な本を漁ったりインターネットで調べ、なんとか描き上げた一枚だった。
テーマは夢。描いたのは、アリス。
コンテストに向けてのテーマにしては、少々幼い感じもあるが纏っている空気が可憐で、美しい。
ただ、宝石が埋め込まれている洞窟を歩く、アリスの横顔。
それだけなのに、すごく惹かれてしまい、目が離せないと大絶賛されていた。
まだまだ技術的に足りない部分はあるが、伸びしろの終わりが見えないと顧問も称賛していた。
鈴も、頬を染め心から喜んでくれていた。
そんな、誰もが笑い合っている中、ただ一人、美術室に立ち尽くしている生徒がいたことに誰も気づかなかった。
違和感があった、空気が変わった。
美鈴は、その日を境に柊とは目が合わなくなってしまった。
美鈴が顔を向ければ、笑顔を浮かべてくれていた。
困ったことがあれば、誰よりも先に聞いてくれていた。
アドバイスが欲しい時は、的確な言葉でわかるまで教えてくれた。
そんな柊が、美鈴と目を合わせなくなった。
声をかけると、笑顔で話してくれる。
嫌な顔を浮かべないから、気のせいかなと思っていた。
思いたかった。
けれど、美鈴はなんとなく気まずくなり、あまり柊とは関わらなくなった。
それでよかった。関わらなければ、何も気にしなくていい。
自分のことに集中できる。
けれどそんな、綱渡りをしているような関係性など、同じ部活をしている中で続くわけがなかった。
それが、今回のコンテストだ。
美鈴がコンテストに参加したことによって、柊の態度が激変した。
今まで、お互いギスギスしながらも適度な距離を保ち、部活動に参加していた。
それなのに、なぜか急に、美鈴にのみいじめのような暴言、行動をしてきたのだ。
美鈴の絵が嫌いなのはわかる。
だが、なぜそこまでして美鈴をコンテストに参加させたくないのかが理解できなかった。
正直、美鈴はまだ、柊の足元にも及ばないと自分で思っていた。
柊の描く絵には、言葉の通り魂が宿っている。
綺麗で、今まで築いて来たものがすべて詰まった作品。
それは、今までの活動で見て来た。
だからこそ、美鈴は一つだけ気になる言動について問いかけた。
「あ、あの、なんで柊先輩は、自分のことを凡人凡人と言うのですか?」
冷静になった美鈴が問いかけると、柊は目を大きく見開いた。
「――――え?」
「いえ、あの。私からしたら、柊先輩は、本当にすごい人で、憧れで……。なのに、なんでそんなに自分を卑下するのかわからなくて……」
最初は、何を言われたのか理解できなかったらしく、柊は何も言わずに硬直した。
だが、すぐに頭に血が上り、顔を真っ赤にし怒り出した。
「あんたなんかに、そんなことを言われたくないわよ!!」
「いっ!!」
怒りに身を任せ、柊はドスドスと歩き美鈴へと近づいた。
動けずにいると、急に手を伸ばして美鈴の髪を鷲掴み、乱暴に振り回す。
痛みで涙を浮かべ、痛いと美鈴は訴えた。だが、彼女の耳には届かない。
「あんたみたいな天才に!! あんたみたいな秀才に!! 私の気持ちなんて、凡人の気持ちなんてわかるわけないでしょ!? 何が憧れよ!! 私を馬鹿にするのも大概にしなさいよ!! このあたおか女!!」
美鈴の悲鳴を聞きつけた他の生徒が準備室を見ると驚愕した。
すぐに中に入り仲裁しようとしたが、鍵が閉められており、中に入れない。
「あんたみたいな奴がいるから、私みたいな人が生まれるのよ!! 努力しても努力しても報われず、逆に存在価値を奪われる。私は、出来なければならないの、出来るのが当たり前にならなければならないのよ!!」
甲高い声で叫ぶ柊は、掴んでいる髪を引っ張り美鈴の顔を上げさせる。
涙で濡れている目元を見つめると、二人の視線がかち合った。
「あんたは、自分がどれだけ周りの人を苦しませているのかわかる? 貴方の存在が、私を苦しめているの。そのうち、私だけじゃない。貴方の周りにいる人達全員、不幸になるわ。貴方のその手は、不幸の手よ!!」
言い切った時に、扉が開いた。
誰かが顧問を呼びに行き、予備の鍵で美術準備室を開けた。
「柊さん!」
「美鈴!!」
すぐに、顧問と鈴が仲裁に入る。
柊が掴んでいた髪を無理やり離させ、暴れている柊を顧問と他の女子が抑え込んだ。
「あんたが不幸になっちゃえ!! あんたが暴力を受けろ!! あんたが――……」
顧問が柊の口を抑え込み、続きは聞けなかった。
まだ痛む頭を押さえながら、柊の表情を思い出す。
怒りながらも、どこか泣いているような、縋っているような。
――――助けを求めているような。そんな表情が、美鈴の頭を埋め尽くした。
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