第十六話 恐怖心
カクリとレーツェルが小屋の中に入ると、明人が美鈴をソファーに座るように促すところだった。
「落ち着かないかと思いますが、どうか肩の力を抜いてください。怖い思いはさせませんので」
「は、はい……」
ソファーへと素直に座り、明人も向かいに置かれている木製の椅子へと腰を下ろした。
「では、さっそく本題に入りますね。佐々木美鈴さん、貴方の悩みをお聞かせ願えますか?」
明人が聞くと、美鈴は視線を落とし、膝の上に乗せている両手を握る。
何から話せばいいのか、どのように伝えればいいのかわからない。
口を何度か開くが、喉が絞まり言葉が出ない。
もしかしたら、ここで話したことが柊の耳に届いてしまうかもしれない。
もしかしたら、鈴の耳に届いてしまうかもしれない。
もしかしたら、ニュースの人のように、感情がない植物状態になってしまうかもしれない。
嫌な想像が駆け回る。
冷や汗が滲み出る。
両手が、震える。唇が、震える。
怖い、怖い……怖い…………。
いつまでたっても話そうとしない美鈴を見ても、明人は微笑みを崩さない。
壁側に立っているカクリはじれったいと眉を寄せ、レーツェルがその怒りをおさえていた。
「たくっ、明人よ、どうするのだ……」
レーツェル以外には聞こえない声でカクリがぼやく。
その声が聞こえたのか、それともたまたまか。明人が笑みを浮かべながら優しい声で美鈴を呼んだ。
「――――佐々木さん、大丈夫ですよ」
「っ、え?」
何が大丈夫なのかと、明人を見た。
「ここでの出来事は、表には洩れません。怖いことも、今回の件で辛い思いもさせません。約束します」
自身の胸に手を置き、丁寧に伝えた。
その言葉は真っすぐで、嘘ではないことが今の美鈴でもわかる。
明人の柔和な笑みを見ていると、いつの間にか震えが止まっていた。
心拍数も落ち着き、口が思うように動く。
まるで、魔法をかけられたかのように楽になった美鈴は、先ほどまでが嘘のようにすんなりと言葉が出た。
「私は、なぜかある先輩からいじめを受けています」
そこから美鈴は、今までの出来事を掻い摘んで伝えた。
柊に言われたこと、やられたこと。
自分の鈴への嫉妬心、妬み。
どれだけ自分が惨めなのか。
なぜかわからないが、赤の他人である明人にすべてを話せた。
何も隠さず。様々な感情が、涙と共にすべて、美鈴の外へと吐き出された。
「――――なるほど。話は理解出来ました」
全て聞き終わった明人は、一切動揺を見せずに目を細め美鈴を見た。
「では、私が行えることを伝えますね」
「お、行える、こと?」
「はい」
前回小屋を見つけ、明人と出会った時からなんとなく気にはなっていた。
けれど、今回になっていきなりなぜ、こんなにもすんなり色々教えてくれるのかわからず、思わず聞き返した。
「私が行えることは二つ。一つは、相手の記憶を覗く。もう一つは、相手の記憶に入り込む」
「覗く、入り込む?」
非現実的すぎる説明に、美鈴は困惑した。
詳しく聞こうと聞き返すが、明人は申し訳なさそうに眉を下げた。
「申し訳ありません。これ以上の説明は、正直難しいです。それに、実際に行ってみないことには信じられないでしょう」
「で、でも、そんなことして。その、大丈夫なんですか? なんか、こう、副作用、とか」
副作用はまた違うだろうと、自分で自分にツッコミを入れる。
明人は、顎に手を当て「うーん」と、わざとらしく悩む。
「大丈夫かと聞かれると、悩ましいですね」
「ど、どういうことでしょうか」
「人によって感じ方が異なるのです」
さっきから明人の説明がわからなくて、首を傾げるばかり。
そんな美鈴の困惑を察してか、明人は優しく問いかけた。
「では、こうしましょう。貴方は、現状維持を求めるか、なにかを失っても現状を変えたいか。いかがですか?」
美鈴は明人の質問に息を飲む。
そんなことを聞かれてしまうと、すぐには決められない。
現状維持はつまり、柊にいじめられ続け、鈴を憎しみ続けてしまう日々の繰り返しということ。
それだけは、嫌だ。それこそ、生き地獄。
何を失うかわからないけれど、ここで行動を起こさなければ生き地獄を味わうこととなってしまう。
失うことを恐れていれば、何も変えられない。
今を変えたいのなら、まずは自分が勇気を出さなければならない。
変わる、変えたい。
けれど、あと一歩、足を踏み出す事が出来ない。
恐怖が美鈴を包み、口を閉ざさせる。
悩んでいる美鈴を見て、明人は口を開いた。
「先ほど、現状維持と言いましたが、本当にこのまま戻って、現状維持で済むと思いますか?」
「っ、え、そ、それって、どういう……」
「赤く染まるだけでは終わらない。かも、しれませんよ?」
自分のジャージを見て、美鈴はハッとなった。
柊には、もうここまでのことをさせられた。
美鈴が悪いと言ったように。自分の株を上げるように仕向けて来た。
それだけでなく、鈴とは大きな喧嘩をしてしまった。
言い合いではなく、一方的に物を言ってしまった。
このまま、何事もなく戻って、今までと同じ生活を送れるわけがない。
柊がもっと酷いことをしてくるかも。
鈴とは、もう話すことすら出来ないかも。
そう思うと、このまま戻るのは、今の美鈴には無理だだった。
膝の上に乗せている手に力を籠め、拳を作る。
顔を上げた彼女の表情は、先ほどまでとは大きく変わっていた。
迷いは吹っ切れたようで、瞳には強い光が宿る。
明人は微笑み、「良かったです」と、立ちあがった。
「では、まずは貴方の記憶を覗かせていただきます――と、言いたいところですが、貴方にお客様みたいですよ」
「え?」
いきなり明人の視線が出入り口へと注がれる。
首を傾げていると、小屋の扉がゆっくりと開かれた。
「はぁ、はぁ。み、美鈴……」
「す、鈴!?」
なぜか、そこにはジャージ姿の鈴が息を切らしながら立っていた。
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