第十三話 無視
美鈴は、誰とも話さなくなってしまった。
鈴が声をかけても無視。
柊からの嫌がらせも、無視。
最低限のことだけをして、過ごしていた。
鈴は、心配そうに美鈴を見るが、いくら声をかけても無視されてしまうので何も出来ない。
結局、メールの返信もないため、何に悩んでいるのか、何に困っているのかわからない。
助けたいと思ってメールを送ったが、逆に迷惑をかけてしまったのかと、不安に思っていた。
しつこくし過ぎても逆効果だと思い、心配だが、適度な距離を取りつつ見守ることにした。
そんなある日、美術室で絵を描いている時、柊が急に静かな空間で立ちあがった。
周りを見たかと思うと、黙々とキャンバスに手を添えている美鈴に目を止めた。
にやりと、口角が上がる。
静かなため、柊の足音が美術室の中に響く。
一瞬、顔をあげた生徒もいるが、直ぐに視線をキャンバスへと戻した。
柊が足を止めたのは、美鈴のキャンバスの前。いきなり上から影が差し、集中していた美鈴は顔を上げた。
口角を上げ笑っている柊を見ても、美鈴は無視してキャンバスに視線を戻す。
その態度に片眉を上げた柊だったが、直ぐに表情を戻し見下ろし続けた。
その場からいなくならない柊が煩わしく、美鈴は再度顔を上げた。
「あの、何も用事がないのであれば、集中したいのですが……」
「邪魔をしてしまってごめんなさいね。ちょっと、赤い絵の具が切れてしまったの。貸してもらえない?」
優しく微笑み、手を伸ばす柊を見て眉間に皺を寄せた。
絶対に、なにかを企んでいる。
そうわかっていても、周りに人がいるこの空間では、大きなことはしないはず。
そう考え、ため息を吐きながらも、美鈴は自分の赤い絵の具を渡した。
「どうぞ」
「うん、ありがとう」
「? どうしたんですか?」
なぜか、柊はその場で受け取った絵具のキャップを外し始めた。
使うとしても、今柊の手にはパレットがない。
今、キャップを外しても意味は無いだろう。
「あの、持って行ってもいいですよ。見ての通り、まだ私は絵具を使わないので」
「ありがとう」
早く絵を進めたい美鈴は、視線をキャンバスに戻した。
――――ブシュ!!
「――――え」
目を離した瞬間、赤い絵の具が、美鈴の髪とジャージを赤く染めた。
柊を見上げると、自分でしたと言うのになぜか驚いたような顔を浮かべている。
「え、な、何をしているの!? 緊張でもしているのかしら、手に力を入れ過ぎよ」
なにを言っているんだ。
疑問が、美鈴の頭を占める。
柊に渡したはずの赤い絵の具のチューブは潰れて、中がなくなっていた。
その中身は、美鈴を赤く染めている。
柊は、まるで美鈴が失敗したかのような言葉を発し、わざと周りの視線を集めた。
美鈴の様子と柊の言葉で心配となり、「どうしたの?」「何があったの?」と集まり始める。
「ジャージでよかったわね。とりあえず、今は濡れたタオルで拭くしかないかな。今、ハンカチを濡らしてくるわ」
心配そするような言葉を続ける柊が、美鈴の耳元に口を寄せた。
『さっさと筆を折れよ』
その言葉で、今まで我慢し続けていた美鈴の心が静かになった。
プツンと、なにかが切れた。
視界が、暗くなる。
周りの心配する声が徐々に遠くなる。
赤い絵の具が、ジャージに染み込む。
美鈴は、周りの様子など気にせず椅子から立ちあがった。
そのままの格好で、美術室を出る。
みんなが止めるが、声は届かない。
どうしたのだろうと話していると、次に教室を出たのは、鈴だった。
美鈴を追いかけ廊下を走っている途中、ハンカチを濡らし美術室に戻ろうとしている柊とすれ違う。
だが、鈴は、柊に気づかない。
柊は、追いかける鈴を見て、憎悪の込められている瞳を向け舌打ちを零した。
「なんで、私には何もないの……。私の方が、頑張っているのに。友人も、才能も……。なんで、あんな奴に……」
その言葉は、誰にも届くことはなく、美術室から聞こえる美鈴を心配する声によってかき消されてしまった。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
出来れば次回も読んでいただけると嬉しいです!
出来れば☆やブクマなどを頂けるとモチベにつながります。もし、少しでも面白いと思ってくださったらぜひ、御気軽にポチッとして頂けると嬉しいです!
よろしくお願いします(*・ω・)*_ _)ペコリ