第十二話 限界
学校へ行くと予想通り、担任から森林公園の話を朝のSHRで聞かされた。
プリントも配られ、一人での下校は出来るだけしないようにと注意されSHRは終わる。
昼休みになり、いつものようにお弁当を食べようとした。
だが、美鈴は飲み物を持ってくるのを忘れてしまったことに気づきため息を吐いた。
「うわぁ、最悪……。買ってくるか」
めんどくさいと思いつつも、飲み物がないと喉が渇いて仕方がない。
美鈴は、渡り廊下にある自販機まで買いに行くことにした。
教室からは少し距離があり、一般生徒は体育の後にミネラルウォーターを買うくらいにしか使われていない。
だからなのか、昼休みのはずだが渡り廊下は静か。美鈴の足音しか聞こえない。
少し怖く思い、美鈴は早く買って教室に戻ろうと思った。
けれど、その足は自販機の少し離れた場所で止まった。
「…………最悪」
今、一番会いたくない人が自販機の前に立っており、眉間に深い皺を寄せる。
このまま気づかれずに終わらせたいと思ったが、相手も気づき視線があった。
「柊先輩……」
自販機の前で麦茶のペットボトルを持って立っているのは、学校の高根の花、柊夏だった。
会いたくない人と出会ってしまい立ち尽くす。
そんな美鈴を見る柊の瞳は、氷のように冷たい。このまま見つめられ続けると、凍ってしまいそう。
何も言えずに立ち尽くしていると、柊はため息を吐き振り向いた。
「貴方、テーマは決まったのかしら」
「い、いいえ…………」
素直に言うと、またしても柊は大きくため息を吐いた。
なぜ、ここまで柊は美鈴を気にするのか分からない。
気に入らないのなら、自分が上だと疑わないのなら、無視すればいいのに。
そう思いつつ、美鈴は何も言わずに目を逸らした。
美鈴の態度が気に食わなかったのか、柊は舌打ちをこぼした。
「貴方、やる気あるのかしら? 経験を積むだけで参加を決めているのならやめておきなさい。そんな中途半端な気持ちで挑んでほしくないわ」
カツン、カツンと。柊の足音が響く。
徐々にその足音は大きくなり、立ち尽くしている美鈴の前で止まった。
ゆっくりと見上げると、氷のような視線が突き刺さり咄嗟に視線を下げた。
「そ、そういう訳じゃ……」
「そんな、中途半端な気持ちで挑んでも、いい絵は描けないわ、人の心を震わせるような絵は、描けないわ。場を乱すだけで終わるの。わかるかしら?」
「そ、そんな言われる筋合いは――――」
言い返そうとすると、柊が美鈴の耳元に口を寄せた。
「諦めなさい。貴方では、私に勝てない」
柊に好き勝手に言われ、腹の底から怒りがこみ上げる。
コンテストに参加したいと思ったから参加した。
経験だけではない。自分の絵がどこまで通用するのかを知りたかった。
本気の絵を、描きたい。
目的があって、描きたかった。
だから、参加した。
だが、柊はそんな美鈴の気持ちを一切考えずに言いたい放題だ。
腹の底から怒りが湧き上がる。
手が勝手に強く握られる。顔が熱くなる。
「――――勝手なことばかり、言わないでください」
美鈴の口から出た声は、地を這うように低い。
今にも全ての感情が溢れてしまいそうになっていた。
「私は、本気なんです。経験だなんて言う、目に見えないものに縋るほど弱い気持ちで絵を描いておりません」
一歩前に出ると、柊は一歩下がる。
「今まで、絵に私の時間を割いてきました。絵は、私のすべて。プライベートはすべて、絵を描くことに注いできました。そんな、他人の事情を知らないでなんでも勝手に決めつけないでください!!」
今まで荒事に巻き込まれたくなくて、美鈴はすぐに謝り話を切り上げていた。
だが、人生を捧げたと言っても過言ではない絵について言われてしまうと、冷静ではいられなかった。
今まで、楽しいという気持ちだけで絵を描いてきたわけではない。
他の人と比べてしまい辛かった時もあった。
理想通りに描けなくて苦しい時もあった。
描きたいものが見つからなくて、自分に嫌気がさしたことも指で数えられない程に経験して来た。
それなのに、ここまで好き勝手言われるのは、どうしても許せない。
柊は美鈴の怒りに何も言えなくなり、舌打ちを零しそそくさと居なくなった。
だが最後に、渡り廊下を出る直前に振り向いた。
「絶対に、負けないから。私が、一番よ」
その表情は、怒りで染められていた。
一瞬、ビクッと肩が上がる。
身構えていたがそれ以上柊が何か言うことはなく、居なくなった。
「なんで、私を目の敵にしてくるのさ……」
なぜ、自分が目を付けられたのかわからない。
テーマを決めていなかったからか。
コンテストに参加したからか。
柊に突っかかったからか。
どれも理不尽だが、今の柊なら有り得る。
だが、そもそも柊が美鈴に絡んでこなければ、言い合うこともない。
美鈴からは、何も言わない。
一年生から、そういう関係性だ。
そもそも、なんで一年生の時から美鈴だけこんな扱いをされなければならないのかわからなかった。
わからないけれど、悪化するくらいならこのままでいいと思っていた。
だが、もう我慢の限界が近い。
なんで? どうして? が頭を占める。
どうして、ここまで美鈴が気を遣わなければならないのか。
なんで、ここまで言われなければならないのか。
どこにもぶつけられない怒りを抱え、美鈴は自販機にお金を入れた。
いつも通り麦茶を買おうとしたが、柊が同じものを買っていたことを思い出し、あえてミネラルウォーターを買う。
──同じものを買いたくないのは子供か。
そう思いつつも怒りは収まらず、ドスドスと荒い足取りで教室へと戻った。
その日からも柊から美鈴への当たりがさらに酷くなって言った。
部活では、憎悪に近い視線を感じ絵に集中出来ない。
すれ違えば「辞退しろ」などという、罵倒を浴びせる。
顧問からも、もうそろそろテーマを決めないと時間がないと忠告され、美鈴は心身ともに疲弊していた。
我慢の限界が、近くなる。
学校が怖い。
放課後が怖い。
部活が怖い。
絵が、怖くなってしまう。
家でも、絵を描くことができない。
今までは、プライベートの時間は絵を描いていないと落ち着かなかったのに、今は描く方がストレスとなっている。
絵以外に何もしてこなかった美鈴は、何をすればいいのかわからず家に帰れば、ベッドに横たわる日々を繰り返していた。
頭の中ではこの時間も無駄。早く、テーマを決めなければ。早く、描かないと。
焦りだけが、美鈴の心を占めていく。
もう泣きたい、逃げたい。柊から、絵から――……
涙で視界が歪む中、スマホが鳴った。
なんだろうと画面を見ると、鈴からの連絡だった。
『美鈴、最近元気がないけど大丈夫? テーマも決まっていないみたいだけど、何か悩んでいるなら話だけでも聞かせて。少しは力になれるかも! 絵のことなら、私も相談に乗れるしさ! 一緒に頑張ろうよ! 友達なんだしさ!』
そんなご気軽な文面を見て、舌打ちがこぼれた。
「本当に、ご気軽でいいですよね、天才様は……」
努力もしないで、才能だけで追い越してきた憎き友人。
今までの努力がすべて水の泡になる感覚。
才能がある人には、凡人は叶わない。
美鈴は、自分の存在価値すらわからなくなっていく。
友人関係もうまく築くことが出来ず、運動も勉強も誇れるくらい出来る訳ではない。
絵だけが、美鈴を作っていた。
そんな美鈴を、鈴は才能だけで追い越していった。
そんな美鈴の葛藤など気付かず、簡単に友達だと口にする。
そんな鈴なんか、絶対に頼るものか。
美鈴は、涙を乱暴に拭き起き上がる。
スマホをベッドに投げ捨て、パソコンを立ち上げた。
「負けない。私は、負けない。負けて、なるものか……」
怒りに身を任せ、美鈴は血が出るくらいに唇を噛み、愛用している液タブを取りだした。
「私の方が、努力しているの。私の方が……」
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