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8 男爵令嬢の証言

「アドラータ様のこと、お聞きになりまして?」


「何者かの嫌がらせで怪我をなさったとか」


「まあ、どういうことですの?」


「昨日の朝でしたかしら。寮の郵便受けに、ラウルス殿下からのお手紙が入っていたのですって。

 中には剃刀の刃が入っていて、開封した時に指を切ってしまわれたとか」


「恐ろしいこと……。

 もちろん、殿下の名を騙った誰かの仕業なのですわね?」


「ええ。殿下がそのようなことをなさる理由がございませんものね。

 殿下とアドラータ様の関係を快く思わない人物が、どこかにおられるのでは?」


「それは、おられますわねえ……。どなたとは申しませんけれど」




 その日の放課後。生徒会室。


 カルキアを除く役員一同が着席している。今日はメリッサ教諭は仕事で同席していない。


「嫌がらせか……まさか物理的に危害を加えられるとはね」


「この学園でそんな話、聞いたことがあるか?」


「いや。男子同士のトラブルだと、大抵その場での喧嘩になる。こんな陰湿なトラップなんか仕掛けないよ」


「女子だと陰口なんかになるんだけど、こういう怪我をさせるやり口じゃないんだよな。

 誰がやったんだか……」


 深刻な顔で話をしていると、ノックの音がした。


「会長、アドラータ嬢をお連れしました」


 カルキアがアドラータを伴って入室した。


 すでに着席していた他の役員全員が立ち上がり、彼女に敬意を示した。


 マオロが代表して発言する。


「2度もお呼び立てして申し訳ありません」


「いえ、わたくしこそ皆様のお手を煩わせることになって恐縮しております。

 このことですわね?」


 ひらりとかざした右手の人差し指には、包帯が巻かれている。


「その通りです。おいたわしい」


「大した怪我ではございませんわ。小さくて浅い切り傷です。

 毒が塗ってあったわけでもなし、切れ味が良かったので傷は綺麗にふさがるそうです」


「それは不幸中の幸いでした。

 まずはどうかお座り下さい」


 アドラータは来客用の椅子に座り、お茶が供される。


 しばし無言のまま、一同はお茶を飲んだ。


「……それで、よろしければ経緯をお聞かせ願いたいのです」


 一服したところで、マオロが口火を切った。


 アドラータが微笑む。


「ええ、そのために参ったのですもの、喜んで。

 ──と申しましても、大した話もございません。

 昨日の朝のことです。

 わたくしは7時前に起床して身支度を整えますと、すぐに一度、玄関ホールに向かう習慣でございます。ホールにずらっと並んでいる、あの各自の郵便受けを確認するためです。

 その朝は1通の手紙が入っておりました。不自然に乱れた字で、宛名に『アドラータ様』、差出人の名は『ラウルス』と。住所も、郵便局のスタンプもありませんでした。

 つまり、学園内の誰かが直接郵便受けに入れたということです」


 郵便受けは、各寮の玄関脇の壁面に設置されている。


 手紙の投函口は外側にあるが、受け取り部分は建物の内側にある。


 取り出し口には鍵が付いていて、受け取った本人にしか開けることはできない。


「封筒やインクなどはどのような?」


「ごく普通の、学園内で販売しているものでした。

 このことを先生に報告した際、手紙も提出しましたので、今は現物は持っておりません」


「分かりました。先をお続け下さい」


「名前呼びである上に、文字が左手で書いたかのような乱れ方──本当にラウルス殿下からのお手紙かどうか、いぶかしく思いました。

 婚約者のおられる方が女性に個人的な手紙を送るなど不名誉なこと。あるいは殿下の名を騙った別の何者かの仕業かもしれません。

 ともかく、まずは中身を確認することです。わたくしは部屋に戻って手紙を開封いたしました。

 ペーパーナイフで封を切り、中の便箋を取り出そうとしたところ。

 便箋の中に剃刀の刃が紛れていたのです。

 運悪く、それで指を切ってしまいました。

 以上でございます」


 しばし沈黙が落ちた。


 マオロが眼鏡を押さえつつ尋ねる。


「その前に郵便受けを確認されたのはいつですか?」


「前日の夜、寮に帰る時です。

 朝起きてすぐと、夕食後帰る時の2回確認する習慣です。

 あの夜はラウルス殿下に随分と引き留められたものですから、戻るのが門限の8時ぎりぎりになってしまいました」


「「ああ……」」


 役員たちがため息をついた。


「ユーティルフェ嬢の注意を受けても、殿下はお変わりありませんか」


「ええ。むしろユーティルフェ様への悪口をおっしゃることが増えまして。

 お諌めすると意地になられて、逆効果なのです」


「「ああ……」」


 また役員たちがため息をついた。


「怪我をされた後、すぐに先生に報告されたのですか?」


「ええ」


「この出来事は、お友達などにおっしゃった?」


「指に包帯を巻いているのですから、秘密にはできません。する必要も感じません。

 友人たちに、簡単に説明をいたしました」


「ラウルス殿下の名前が書かれていたことも?」


「まさか。殿下を犯人扱いするようなことは申しません」


「剃刀の刃ですが、確実に怪我をするような入れ方だったのですか?」


「いいえ。何も書いていない便箋を折って、そこに挟んでおりました。指に当たったのは偶然です。

 怪我をしない可能性の方が高かったのです。

 あくまで刃を送りつけるだけの、示威行為という印象でした」


「以前に、このような嫌がらせ──と言うには悪質ですが──を受けたことは?」


「ございません。わたくしの軽率な行動に対する陰口については、正当な批判ですので嫌がらせに入れるつもりはございません。

 わたくし、自分さえ我慢していれば嫌がらせが収まるなどという夢物語は信じておりませんの。攻撃されれば即反撃です。

 ですので、この嫌がらせを受けた時点で即座に学校に訴えました。

 わたくしは至らぬところがあるにせよ、栄誉あるログウィー男爵家の総領娘でございます。

 このアドラータ・ログウィーをそれと知って危害を加えることは、ログウィー家に危害を加えるのと同じこと。

 わが一族に挑戦する者は、誓ってこれを撃滅いたします!」


 昂然と顔を上げ、紅玉の瞳を爛々と輝かせながら言い切った。


「うん……」


「アドラータ嬢ならそうおっしゃるよね……」


「この犯人、なんで彼女に喧嘩を売ったんだろう。

 死にたいのかな?」


「さすがはアドラータ嬢。貴女に手紙を送りつけた者は、己の愚かさの代償を支払うことになるでしょう。

 しかし……」


 マオロの形の良い眉が、物思わしくひそめられた。


「問題の解決には時間がかかります。

 長期戦となることを覚悟なさって下さい」


 アドラータの長い睫毛が、驚きに震える。


「まあ。まるで解決の道筋がすでについておられるようですわね? だから時間がかかるとお分かりに?

 どのような手がかりがございますの?」


「今はそれを申し上げる時ではありません。

 今日はありがとうございました。実に有意義な時間を持つことができました。生徒会一同を代表してお礼申し上げます。

 繰り返しますが、どうかラウルス殿下のお誘いに決してお乗りにならないようお願いします」


「無論ですわ。まさか、結婚前にそのようなこと。

 わたくしの唇も身体も、決して安いものではございません」


 アドラータは艶然と微笑んだ。




翌日の放課後。


「何だよ、こんなところに呼び出して」


 人気(ひとけ)のない中庭の一角。


 オーディアンは、自分を呼び出した人物と向かい合っていた。


「わざわざ来てもらったのは他でもありません。

 男爵令嬢アドラータ・ログウィーのことです」


「……あの子がどうしたって?」


「貴方もご存じでしょう。

 彼女は今、ラウルス殿下につきまとわれ、良からぬ噂を立てられています。

 貴方には、彼女の力になって欲しい。

 再び彼女との仲を深め、殿下を諦めさせてくれませんか?

 それが彼女のためだし、貴方の望みにも叶うことでしょう?」


 どこかあやすような、誘導するような口調。


 その言葉を聞いて、オーディアンの瞳が物憂く(かげ)った。


「アドラータ嬢のことは俺も心配だよ。だけどな」


 視線を上げ、相手の目を見る。


「それは俺がやっていいことじゃないんだ。

 俺は、あの子につきまとって迷惑をかけた。

 あの時の俺にとっては、世界は俺から見た部分しか存在してなかったから。

 でも今は、あの子はどう思うか。他の人間がそれを見てどう思うか。

 そういう世界がいくつも重なっていることが分かったんだ。

 同じことを繰り返せば、またあの子に迷惑をかけて評判も下げてしまう。

 今は俺からは何もしないのが、いちばん彼女のためになるんだよ」


「では、放置すると?」


「気にはかけている。

 でも彼女には友達も生徒会の連中もいる。

 恋もしていない俺が、これ以上友達になりたいと近づくのは──」


「は? 恋じゃない? 友達?」


 突然予想外なことを言われて、素で素っ頓狂な声を上げる相手。


「うん。

 あいつ男だったらいいダチになれたよな」


 6歳男児の無邪気さで言い切るオーディアン。


「は? 友達になりたい?

 それであんな、彼氏ヅラしたつきまとい方を?

 どう見たって馴れ馴れしく口説くチャラ男だったじゃないですか」


 ものすごく非難する口調だった。


「いやごめんて!

 本当にすいませんでした!

 反省してます!!」


「いやこっちに謝られても。

 はあ……何というか……。

 ま、まあ分かりました。

 仕方ありません、この話はなかったということでお願いします……お時間取らせました」


「あ、うん、俺も部活あるんで失礼するわ……」


 2人は、どこか疲れた足取りで去って行くのだった。


登場人物一覧


マオロ・ペルフェクティ

 眼鏡イケメン生徒会長。

 公爵令嬢ユーティルフェが絡まなければ非常にまとも。


アドラータ・ログウィー

 心に武士を飼う男爵令嬢。


カルキア

 生徒会役員。ツッコミ担当女子。


他にも役員はいますが、名前が出ていないので省略。


オーディアン・エキュー

 動物好き元不良チャラ男。

 チャラいというより情緒が6歳くらいなのでは。


謎の人影

 謎の人影。

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良い点:「笑える!」登場人物一覧。 心に武士を飼っている男爵令嬢に笑い、情緒六才児に笑い。 そして、最後。 「謎の人物」、の、説明が、謎の人物! お話は当然おもしろいのですが、その「オモシロ」さが…
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