7 公爵令嬢への聞き取り
アドラータに話を聞いた翌日の放課後。
生徒会室へ向かう廊下を足早に歩くマオロ・ペルフェクティ。
彼は今、人生最大級の問題に直面していた。
「ユーティルフェ嬢……聞き取りにあたってどのように話を進めていくべきか……。
無難に天気の話から始めるか? いや、つまらない話題を振ってあの方に失望されたら僕は生きていけない……いや冬至祭に絡めて今年の小麦の収穫量と値段変動予測あたりにつなげれば多少なりとも視界に入れる価値のある存在だと認識していただけるかも……しまった図書室で各年データを読み込んでおくんだったこの僕としたことが」
キメ顔で独り言を延々とつぶやく様は、どこへ出しても恥ずかしくない立派な不審者である。
と、突然その前方、中庭につながる扉から1人の男子生徒が飛び出してきて、マオロの前に立ちふさがった。
「おい、生徒会長!
馬術部の部費が全然しょぼいじゃねえか!
お馬さんの餌代もっとよこせよオラァ!」
久しぶりのオーディアン・エキュー登場。
彼には目もくれずに、マオロはその横をスッと通り過ぎた。
「無視すんな!?」
オーディアンを捨て置いたマオロの前方に、さらに横の階段から降りてきた人影が現れ、立ちふさがった。
「久しいな生徒会長!
備品が傷んできているのに部費が足りん!
あんな装備で対抗試合に勝てると思っているのか!」
久しぶりのエクエス・フォルケス登場。
彼にも目をくれずに、マオロはその横をスッと通り過ぎた。
「無視するな!?」
「僕は今忙しいのです。
暇な時に相手して差し上げます」
前方を向いたまま追いすがってくる2人に言い捨てている間に、生徒会室に到着。
マオロがドアを開けると、すでにメリッサ教諭と他の役員4人が揃っていて、お茶の準備もできている。
そしてユーティルフェも来客用の椅子に座って、ドアの外にひしめく一団に目を丸くしていた。
「何ごとですか……?」
「お騒がせして申し訳ありませんユーティルフェ嬢。
不覚にも二馬鹿に絡まれてしまいました」
「誰が馬鹿だ馬鹿って言う奴が馬鹿なんだからな!」
「二馬鹿とはオーディアン・エキューと、あとは誰だ?」
「2人とも、人の入室を邪魔しないで下さい」
ユーティルフェを注視したまま、後ろの二馬鹿を広げた腕と背中で押し返す。
すぐに自分も部屋に入り、ドアを閉めようとした。
「「無視するな!!」」
閉めた。
2人はしばらく外でぶうぶう言っていたが、諦めたらしく、足音と文句の声が遠ざかっていった。
「なんなんだあの2人」
「最近会長が注意しに来ないから、構って欲しくなったんじゃないか?」
「さすが会長、無意識のうちに問題児どもの心をもて遊んでいる……」
「会長があいつらにもててどうするんだ」
役員たちが嘆息する。
「お待たせしました。
6年生はダンスの実技試験でしたので、着替えに時間がかかってしまいました」
「ああ、それでお2人が一緒に……」
「さあ、席に座ってちょうだい。
わざわざ来てもらったのよ。これ以上待たせては申し訳ないわ。
ああ誰か、新しくお茶の準備をしてもらえる? お菓子は私が用意するから」
メリッサのてきぱきした指示の元で、改めて準備が整えられた。
「では、ユーティルフェ嬢。
ご足労いただき、ありがとうございます。それではお話をうかがいます」
マオロが仕切り始めた。
あからさまに気合いの入ったキメ顔だった。
見ている役員一同の顔に、若干不安の色が浮かぶ。
「ええと、何から……」
「ラウルス殿下と婚約なさった経緯からお願いします」
「え、そこから……?」
ユーティルフェが不思議そうに首をかしげる。
きつく編んだ栗色のお下げが揺れた。
「殿下の為人を知りたいのです」
「ああ……はい、分かりました。
婚約は2年前からです。
ご存じの通り、王族の婚約は10代前半から決めておく決まりです。
ですがラウルス殿下の同世代には、たまたま高位貴族の女子が他におりませんでした。男子ばかりだったり、幼いうちにコントラ熱で亡くなられたり……」
マオロがうなずいた。
「そうですね。わがペルフェクティ公爵家も、僕を含め息子ばかり3人ですから」
「ええ。ですから、そういう消極的な理由でわたしに決定したのです。
2年前のことで、その時殿下が15歳、わたしが14歳でした」
「最近と言えば最近ですね。
婚約について、どのようにお考えですか?」
「わたしは公爵の娘です。もちろん殿下を一生お支えし、なろうことなら心を通じ合わせたいと思っております。
ですが、恥ずかしながら口下手なもので、なかなか……」
「恥じる必要はありません。
あの殿下と心を通じ合わせるのは誰であっても不可能です」
マオロがばっさりと切って捨てた。
その不敬っぷりには、全員聞かなかったふりをするしかない。
「では、殿下の方は?」
「その頃から今に至るまで、ずっと婚約にご不満でいらっしゃいます。なにしろ、わたしは殿下の女性の好みとは正反対のタイプだそうで……。
殿下のお話によると、理想の女性は、華やかで美しく、機知に富む話上手で、その、何というか豊満な……」
「ああいや、おっしゃりたいことは分かります」
マオロが、淑女らしからぬ発言になりそうなのを止めた。
アドラータが胸を張った時の豊満さを思い出せば、ラウルスの好みは明らかである。
「殿下のご趣味などはご存じですか」
「……それがまさに女性なんです。
高位の貴族子女には礼儀正しいのですが、メイドや侍女にはけしからぬ振る舞いをなさることが……。
もちろん、ご両親である王太子ご夫妻や侍従からその都度厳しい叱責を受けるのですが」
「王家の恥ですね」
マオロがまたしても一言で切って捨てた。
「貴女の目から見て、殿下は普段はどのような?」
「あの、殿下は単純に、爵位の高さや有無だけで人物を評価されているようです。
高位の方のいらっしゃるところでは王族らしく振る舞いますし、実際能力はあるのですが、それ以外では、もう……」
「厄介なんですね」
言いにくいことを、マオロがズバッと言った。
メリッサが苦笑する。
「私には、不敬な言葉は何も聞こえませんからね。皆もそうよね?
それで、入学してからは?」
「わたしは去年から入学しております。
今年、ラウルス殿下が入学した際にご挨拶にうかがったのですが、ええと……何というか、せっかくの学生生活を楽しみたいからお前は近寄るな、みたいな……」
「「ああ……」」
皆が察したような声を上げた。
ラウルスに気を遣って曖昧な説明をしているが、それでも失礼さが伝わってくる。実際はもっと酷い言い回しであったと推察された。
「学年が違うために、お会いする機会もあまりございません。この前のように、偶然食堂などで行き合わせるくらいです。
やはり王族ということで、色々と噂は聞くのですが……男子生徒の友人は数人の取り巻きだけ、あとは色々な女生徒に声をかけて親密になろうとしていると」
「はい、我々もそのように把握しています。
入学してまだ半年も経っていないので、まだ深刻なトラブルは起きていないようですが」
ユーティルフェが視線を落とした。
ふっとため息をつく。
「それも、婚約者のわたしに魅力がないから……。
申し訳ありません。わたしが殿下のお心を引き留めることができないから……。
口下手で……これでも王宮の教育でだいぶマシになったんですけれど……髪色も顔も地味で、眼鏡で、みっともないそばかすが……」
「何をおっしゃるのですかユーティルフェ嬢!
貴女はこの上なく美しく、知性と気品に溢れ、芸術の女神が恥じ入るほどの才能をお持ちではありませんか!」
マオロが、ものすごく熱心に語った。
目の輝きが尋常ではない。
「あ、あの、お世辞は嬉しいのですが……」
「ユーティルフェ嬢、彼は本気で言っています」
役員を代表して、スクルーブが解説する。
少し疲れた声だった。
「ええ……ありがとうございます……?」
ユーティルフェにもマオロのおかしさが伝わったらしく、不安げである。無理もない。
「言葉には力があります。
ご自分を卑下する言葉で、どうか自身を傷つけないで下さい」
「は、はい。でも、いつも殿下がわたしにおっしゃっていたことで……」
マオロがゆらりと立ち上がった。
全身が青白い炎のエフェクトに包まれている。
「ラウルス殿下──やはり殺しておきましょう」
「「会長ー!?」」
やっぱり正気に戻っていなかった。
「ペルフェクティ君どうしたの!?」
「やめてください先生もいらっしゃるんですよ!?」
「会長、お気を確かに!」
「そうです! どうか父のようなことをおっしゃらないでください!」
全員がぴたっと動きを止めて、発言したユーティルフェを二度見した。
マオロが一瞬で炎を引っ込め、彼女に訊く。
「お父上?」
「はい。父は普段は温厚な紳士なのですが、婚約前はわたしを溺愛するあまりに『娘に求婚する男は殺す』などと世迷言を申しておりました」
どこかで聞いたようなフレーズに、一同は困惑の視線を交わした。
「ユーティルフェ嬢。
失礼ですが、お父上も求婚者に『娘の夫となる男がどの程度のものか試させてもらおう』などとおっしゃって、サーベルの試合を挑んだりなさるのですか?」
ユーティルフェが眼鏡の奥の目を見張る。
「まあ、ペルフェクティ様、父のことをよくご存知なのですね?
求婚者を試すのはその通りです。
ですが父が与える試練はサーベルではございません。
わたしに求婚する方は、わたしの両親とわたしとの4人で『征服上等⭐︎戦略でポン!』というボードゲームを行い、1位で勝たねばならないのです」
生徒会室に戦慄が走った。
「「あの『征服上等⭐︎戦略でポン!』!?」」
『征服上等⭐︎戦略でポン!』とは、実際の中央諸国をモチーフにした陣取りゲームである。
プレイヤーは各国の王を担当し、ターンごとに経済活動と外交、それに軍事を駆使して他国を侵略する。そして最も領土を広げた者の勝ち。
ゲームとしては秀逸なのだが、勝利のためにはプレイヤー同士の取り引きや同盟を結んだ後、裏切って侵略するというのが有効な戦術となる。
プレイヤー同士の仲が険悪になるという副産物を生むため、『人間関係破壊ゲーム』『殺人事件誘発ボドゲ』『ふざけた名前が逆にゲームの陰惨さを引き立てている』といった評価を恣にするゲームなのだった。
「たしか、公爵夫妻はそのゲームの名手だとか……。
公爵閣下は『狂える王』、夫人は『遅効毒夫人』という二つ名で恐れられていると聞きます」
「お2人とも、どういうプレイスタイルなの……」
マオロの発言にカルキアが突っ込むが、慄きを隠せない。
「はい。
過去に公爵家分家の、このゲームの名人という方がわたしに求婚なさいました。
ですが結局最下位に終わり、わたしに険悪な視線をくれて無言で立ち去ったのです」
「極めて失礼な男ですね。断られたとは言え、求婚相手に不躾に振る舞うとは」
マオロが眉間に皺を寄せて言う。
ユーティルフェが気弱な微笑みを浮かべた。
「いえ、わたしがいけないんです……」
「ユーティルフェ嬢、それは公爵閣下の方針であって貴女のせいではありません」
「わたしが、最終ターンで求婚者の領土に一気に攻め込んで、逆転負けさせてしまったから……」
「「貴女のせいです」」
7人全員の突っ込みが綺麗にハモった。
「帰る時に罵倒しなかった求婚者はむしろ紳士」
「なんでそこまで? その方が嫌いだったんですか?」
「いえ、そういう訳では……ただ、彼の布陣に隙があったから、つい全力で攻撃してしまって……」
「おもしれー女だったんですねユーティルフェ様」
「ついうっかり……勝てるかなって、思ってしまって……」
「素晴らしい判断です。さすがユーティルフェ嬢」
「分かった。なんでユーティルフェ嬢をゲームに参加させるのか分かった。
求婚者と彼女の関係を壊すためだ」
「悪魔の所業……」
話がそれている。
「えっと、それで何でしたっけ……。
そう、殿下との婚約は王命です。
ボードゲームの試練を課したりはできませんし、こちらからの破棄や解消もできません……じゃなくて、いたしません」
破棄や解消をしたそうだった。
「食堂でお諌めしたのも、正直嫉妬ではなくて、令嬢が殿下の毒牙にかかって純潔を失っては大変だという思いでした」
「殿下の尻拭いで大変なんですね……」
「耳が痛いわ……。ええ、私たち職員も頑張るから……」
皆の憐れみの視線がユーティルフェに向けられた。
「しかし困りました。殿下の興味を女性から他に移そうにも、その先が見つからないとは」
マオロが眼鏡をクイッと押し上げる。
「とりあえず、こちらで話し合いの場を設けます。
それから対策を考えましょう」
男爵令嬢アドラータが、何者かの悪意によって怪我を負ったという知らせが生徒会にもたらされたのは、その翌日であった。
登場人物一覧
マオロ・ペルフェクティ
眼鏡イケメンパーフェクト生徒会長。
ユーティルフェへの聞き取りにあたって若干イカれ気味。
ユーティルフェ・ムザーク
三つ編み眼鏡公爵令嬢。
気弱で口下手で真面目だが、親のせいでちょっとボードゲームジャンキーかも。
オーディアン・エキュー
馬術部に入った不良風イケメン。
部費が欲しいしマオロに構ってほしい。
エクエス・フォルケス
ゲートボー……ピレトポルタ部に入ったバンカライケメン。
部費が欲しいしマオロに構ってほしい。
メリッサ
生徒会美人顧問。
完璧令息マオロの乱調に困惑気味。
スクルーブ
ツッコミ担当男子。
出番が少なかった。
カルキア
ツッコミ担当女子。
出番が少なかった。
他にも役員はいますが、名前が出ていないので省略。