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6 男爵令嬢への聞き取り

「とある男爵令嬢のお噂、お聞きになって?」


「畏れ多くも王子殿下のお心を惑わし、婚約者との仲を引き裂こうとなさっているとか」


「あらあら。まさか、公爵令嬢に成り代わって殿下の妃となるおつもりかしら?」


「あり得ませんわ。

 さすがに男爵令嬢では、ねえ?」

 

「婚約者であるご令嬢は、それはもうおかんむりだそうですって」


「なんでも、それなりの制裁を加えるとおっしゃったとか」


「あら怖い。大人しそうな見た目に反して、苛烈なところがおありなのね」


「これは、何が起こっても不思議はございませんことよ」




「なんなんだよ、この噂は……」


 事情通ノーティムと同性に顔の広いカルキアが、令嬢2人に関する噂を集め、紙に書き出していた。


 生徒会役員一同はこれを読んで、頭を抱えている。


 会長マオロもいるが、現在は特に挙動不審なこともなく、噂の一覧を読んでいる。


「前からこういう話はあったけど、食堂での出来事で一気に広まったな」


「それにしても、悪意がある噂よね」


 カルキアが憤懣(ふんまん)やる方なく言う。


「だいたい殿下が二股かけてるのに、令嬢2人だけが槍玉に上がっているのって何なのよ」


「さすがに不敬ですもの。

 それに女の戦いの方が、(はた)から見る分には面白おかしいものなのよ」


 役員から離れたお誕生日席に腰かけている、生徒会顧問のメリッサ教諭がため息をついた。


 彼女は北国セプテ=トゥーリ出身の教師であり、授業でも北国語(セプテ=トゥーリ)を教えている。


 既婚者だったが、コントラ熱によって夫を喪ったため、ここケントルム国に渡って教鞭を執るようになった未亡人であった。


 20代と思しき美人で、男子生徒には『豊かな』先生と密かに呼ばれている。


 豊かな声量、豊かに波打つ黄金の髪、豊かな……男子生徒の目がその胸元に釘付けとなると言えば、どこが豊かかはお察しであろう。


「先生、殿下に注意なさってくださいよ」


 ツッコミ担当のスクルーブが泣きつくが、


「しているわよ。

 でも、殊勝な顔をしながら聞き流しているのが丸わかり。

 何度も注意すると、今度は『私は王孫で、将来玉座に着く可能性があります。そこをお分かりの上で私の交友に難癖をつけておられるのですか』と、こうよ。

 実際、今は処分を下すほどの問題は起こしていないのよね」


 メリッサも困った面持ちである。


「差し当たっては、当事者に順に話を聞きましょう。

 何か行き違いがあるなら誤解を解き、実際に問題があるなら生徒会が調停を行うということで」


「お願い。生徒の人間関係については、教師より生徒同士の方が話を聞いてくれると思うの」


 マオロの言葉に、メリッサがうなずいた。


 タイミングよく、ノックの音がした。


「おっと、噂をすれば」


 扉に近い席にいたスクルーブがドアを開けると、果たしてそこにいたのはアドラータであった。


「失礼いたします。

 生徒会のお招きに預かりまして、参上いたしました」


 一礼して、入室した。


「ご足労いただき有難うございます」


 マオロが立ち上がって、彼の向かい側の椅子をすすめた。

 

 ノーティムとスクルーブがそれぞれ左と右に椅子を寄せ、その間に新たに椅子を置いてアドラータの席にしている。


 アドラータの対面に役員全員が座るのではなく、彼女の両側にも役員が座って、威圧感を与えないような配置になっている。


 端に座るカルキアが、壁際のテーブルにある茶沸かし器(サモワール)でお茶の支度をした。


 全員にお茶と焼き菓子が振る舞われ、リラックスした雰囲気が流れる。


「まあ、美味しい。ありがとうございます。

 わたくしに聞きたいことがおありなのでしょう?

 どうぞ遠慮なく、なんなりとどうぞ」


 アドラータが言って、微笑んだ。


 まだ13歳だとは思えないほど大人びて見えるので、実に艶然とした風情である。


 役員一同が目配せをし、マオロが代表して質問を始めた。


「そうおっしゃっていただけるとありがたい。

 貴女がたに関する噂は、お聞きですか?」


「ええ。わたくしを悪く言うものですわね。

 ですが実際、婚約者のおられる方と親しくしてしまったのですから、わたくしの自業自得です。

 男性が皆馴れ馴れしく近づくものですから、てっきり王都ではそれが普通なのかと思って油断しておりました。

 違うと分かった以上、これからは大人しくしまして、噂が消えるのを待つことといたします」


 さばさばと言う。


「比較的積極的に、殿下と仲良くなさっていると言う話もありますが?」


「まあ、節度を保ったつもりでしたが、事実ですわね。

 生まれてこのかた辺境近くの領地に住まい、王都の流儀を知らぬ小娘。返す言葉もございませんわ。

 ご存じの方もおられるかもしれませんが、わたくしはログウィー家の総領娘。婿を取って男爵家を継がなければなりません。

 正直に申しますと、学園への入学は婿探しの目的もございましたので、積極的に動いてしまいました」 


「あの三馬鹿……オーディアン・エキューやエクエス・フォルケスと交流があったのも?」


「ええ。最近はエキュー様やフォルケス様には絡まれておりませんので、ご縁がなかったということでしょうけれど。

 あの方々も、婿としての要件を満たしてくれそうなので期待はしておりました」


「「えっ」」


 アドラータの三馬鹿に対する意外な高評価に、役員も教師も驚いた。


「あの、スペックはともかく性格に難ありの連中が?

 正直、他をあたった方がいいんじゃ……」


 カルキアが、控えめだが率直に突っ込んだ。


「おっしゃりたいことは分かります」


 分かっていた。


「男爵の後継ぎとしてのわたくしが、婿に求めることが2つございます。

 あの方々は、そこに期待が持てたのです。

 まず最大の要件は、配偶者としてわたくしとわが一族に忠誠を誓うこと。

 ログウィー家の一員になっていただくのですもの、内通や浮気などもっての(ほか)

 一族を裏切る者は、古来より男は生首を杭に刺して門前に晒し、女は死体を壁に塗り込める慣わしです…………でした」


 さりげない訂正に、現在もやっているかのような空気が漂った。


「「怖っっ!?」」


 全員が説明を求めて、紋章官の息子ローリックに視線を向ける。


 ローリックが、すっと顔を背けた。


 遠い目をしている。

 

「うん、やっぱり辺境周辺は、昔から領地争いが激しかったから……。

 一族の結束が王家への忠誠より強かったんだ。

 でも、中世はどこでもそんな感じだったよ? その気風が今も強いんだよ」


「「あっ、そう……」」


 ドン引きである。


「領地運営といった能力が1番ではないのですね」


「確かに、それはあるに越したことはございません。

 ですが次代の女男爵はわたくしです。まずわたくしが、統治を行う度量を見せねばならないのです。

 旦那様には、能力に見合った補佐をしていただければ構いません。部下もおります。まずは誠実であっていただきたいのです」


 毅然と、胸を張って言った。


 ちなみに、13歳にしては張りたくもなるであろう立派な胸だった。


「ちなみに、もう1つの要件をお聞きしても?」


 マオロの質問に、アドラータがうなずく。


 打って変わって表情が曇る。


「わたくしの結婚の最大の障害──それは、父です」


「「父君?」」


「実はわたくし奇跡の美少女であるために、この歳で何度か結婚の申し込みがあったのですが」


「ご自分で言っちゃうんですね……」


 皆の気持ちを代表して、スクルーブが突っ込んだ。


 アドラータは上品に鼻を鳴らす。


「ふっ。何をおっしゃいますやら。

 女性にとって──いや人間にとって外見や挙措は、円滑な人間関係を築くためのツールです。

 知性教養思想信条エトセトラ、そういった内面の美は一見しても分かりません。見た目で手っ取り早く相手に好意を持たせ、次に優れた内面によって好意を持続させる。

 そのための武器の1つが容姿です。

 己の持つ武器のスペックを、正確に把握しない戦士がいるものですか」


「はい。おっしゃる通りです……」


 つけつけとした語りに、ぺしゃんこにされるスクルーブだった。


「話を戻します。

 父は普段はシュッとした──ええと、洗練された格好いい紳士なのですが、わたくしを溺愛するあまりに『娘に求婚する男は殺す』などとトチ狂ったことを申しております」


 役員が一斉にマオロを見た。


 マオロは『何故そこで僕を見るのですか?』と言いたげな目で一同を見返した。


 同類である自覚がない。


「言うだけならまだいいのですが、実際に『婿となる男がどの程度のものか試させてもらおう』と寝言を吐きつつ、求婚者に剣の勝負を挑むのです。

 勝てば娘をやると」


 アドラータの眉が切なく寄せられる。

 美少女は辛そうな顔をしても美しい。

 

「父はサーベルの達人です。

 すでに4人の求婚者が、ログウィー流サーベル術裏奥義『求婚者滅殺斬(トゥーランドット)』によって半殺しの目に遭っております」


「「えっ……」」


「それは犯罪……」


「いや、地方だと、決闘やこういう真剣勝負は内々に処理されるらしいから……」


「私、聞かなかったことにするわ……」


 ドン引き再び。


「とにかく、無難にまとまっている殿方では駄目なのです! 

 父を圧倒するほどの何かがあるとか、王族であるとか!

 父の必殺技を破るか、王家の命令で我が家の試練をキャンセルさせなければ、わたくしは一生結婚できません!」


 絶世の美少女アドラータの、魂の叫びであった。

 

「ま、まあ、ご実家の事情は分かりました」


 さすがのマオロも、若干押され気味な口調だった。


「しかし、ラウルス殿下には婚約者がおありです。

 まさか、本当にご存じなかったのですか?」


 アドラータがかぶりを振る。


「もちろん存じてはおりました。食堂では話を丸くおさめるために、知らないふりをしただけです。

 ですが、わたくしは殿下から、

『ユーティルフェ嬢とは不仲だ』

『婚約は便宜的なもので、いくらでも変更は可能だ』

『政略としての意義はない。簡単に婚約解消できるから結婚しよう』

 と言われております。

 ですから、わたくしが成人したら、殿下は王位継承権を放棄して、ログウィー家の婿に来てくださる覚悟なのかと思っておりましたが?」


 しばしの沈黙。


「「はあ!?」」


「そんなわけがあるか! めちゃくちゃ政略だろうが王子!」


「王位継承レースで勝ちたいからムザーク公爵令嬢と婚約したくせに何言ってんだ王子!」


「口説くために適当言ってるだろ王子!」


 一斉にラウルスへの罵倒が始まった。


「え? はい? それは本当ですか、先生?」


「え? まあ、不仲なのは見ての通りだと思うけれど、そう簡単に婚約解消ができるお立場ではないわね。

 確かに、王族が継承権を放棄して下位貴族と結婚した前例はいくつかあるけれど、それは厳しい道よ」

 

 メリッサも難しい顔で答える。


「アドラータ嬢。貴女は聡明な方ですから直截に申します。

 残念ながら、殿下は一時(いっとき)の遊びとして貴女を口説いていると思われます。

 殿下から、部屋に2人きりになるよう誘われたことは?」


「え、ええ……。何度か。

 もちろん断っておりますけれど」


 しばしの沈黙。


「最低だよ王子!!」


「まだ13の女の子だぞ王子!!」


「キモ過ぎるわ王子!!」


「余罪があるんじゃないだろうな王子!?」


 さらなる罵倒が沸き起こった。


 マオロが真剣な面持ちで言う。


「僕たちは殿下に話をうかがい、真意を確かめようと思っています。

 どうか、今後殿下が身体的接触を求めても、決して応じないでください」


「遊び? 仮にも王族である方が、まさかそのような浅薄なお考えを……?

 にわかには信じられませんが、もとより誘いに応じるつもりはございません。それはご安心ください」


 アドラータはマオロの言葉を信じかねているようだったが、うなずいてみせた。


登場人物一覧


マオロ・ペルフェクティ

 眼鏡クールイケメン生徒会長。

 公爵令嬢ユーティルフェとの邂逅後おかしくなったが、現在小康状態を保っている。


メリッサ教諭

 生徒会顧問の美人先生。

 蜂蜜を意味するギリシャ語 melis から。

 この国の北隣の国セプテ=トゥーリの出身。


アドラータ・ログウィー

 東辺境寄りに領地を持つログウィー男爵の娘。

 雄弁で気も強い美人。13歳。


カルキア

 生徒会役員。ツッコミ担当女子。


スクルーブ

 生徒会役員。ツッコミ担当男子。


ローリック

 生徒会役員。貴族の家系や歴史に詳しい。


他にも役員はいますが、名前が出ていないので省略。


アドラータパパの必殺技

 プッチーニのオペラ『トゥーランドット』から。

 中国の美姫トゥーランドット。彼女に求婚する者には試練(謎解き)が与えられ、クリアできなければ死刑になるという話。

 プッチーニは偉大なので、ナーロッパにもいます。(適当)

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― 新着の感想 ―
残念王子ー! 13歳は事案ー! 事案ー! そして13歳なのに、アドラータちゃんめっちゃしっかりしとる♡
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