表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/23

5 公爵令嬢と男爵令嬢と王子様

「はあああぁぁ……」


 学園の食堂。


 放課後はカフェとして利用されているが、この時期の利用者は多くはない。気候が良いので、多くは屋外で遊んだり談笑したりしている。


 アーチ状の天井を見上げながら、生徒会会計のスクルーブがため息をついていた。


 書記のノーティムは眉間に皺をよせながらお茶を飲み、同じく書記のローリックは机に突っ伏している。


 あの後、おかしくなった生徒会長マオロを、役員全員で説得にかかった。


「ユーティルフェ嬢は婚約者の死を望んではいない」


「彼女は優しい人間だ。身近な人が亡くなって、傷ついたらどうする」


「2人の仲を取り持つか、逆に穏便な婚約解消をするのがユーティルフェ嬢の幸せであろう」


 という論法で、とりあえずマオロは納得した。


 ちなみにその際、「ラウルス殿下の命を奪うのは可哀想」というロジックは一切使われなかった。


「まいったね」


「正気に戻ってくれたのかな、会長……」


「ここでその話はやめよう。人の目がある」


 スクルーブの言葉に、突っ伏したままローリックがぼそりと言う。


「うっ、分かった。

 ……じゃ話を変えるけどさ、戦争って起こると思う?」


「さあ? 今はお互い警戒し合っているくらいだと思うけど。

 これからの外交とか、状況次第じゃないかな」


 ローリックは言いながら、机から少しだけ頭を上げて、ちらりと離れた席の方を向いた。


 その先には、美しい女生徒の姿がある。


 すらりとした長身。涼しげな目。両サイドを編み込み残りを背に流したストレートの黒髪。お茶を(かたわら)に置いて本を読んでいるだけでも、凛然とした(たたず)まいがある。


「はあ〜……『沈黙令嬢』シレーティナ嬢。今日もお美しい」


「見やすい位置を譲ってやったんだから感謝しろよ」


「ありがとうございます。眼福です」


 本人に聞かれないように、男子3人は小声で話しだした。


「何を読んでらっしゃるんだろう」


「例の、詩人エウテルペーの詩集みたいだ。

 こないだ会長が貸すっておっしゃってただろう」


「ああ、あれか。じゃ僕も全部買って読む」


「でも会長とシレーティナ嬢って、いとこ同士で仲良いんだよね。詩集を貸したりしてるんだから。

 いずれ婚約するのかと思ってたけど」


「ぐっ……お似合いだもんね分かるよ。

 でもあの、ユーティ、じゃなくてエウテルペーの、なんて言うか超熱心なファンだよね? あれはもはや恋だよね? じゃあシレーティナ嬢とは」


「別に恋愛とかじゃないみたいだよ」


 情報通のノーティムが口を挟んだ。


「お2人の母君が姉妹だそうだけど、シレーティナ嬢の母君は彼女が幼い頃に亡くなっている。

 父君は外交官なんだ。幼いシレーティナ嬢を1人にするわけにいかないから、ずっと父君と一緒に赴任先の外国に住んでいらしたらしい。東国(ソリオータス)北国(セプテ=トゥーリ)に数年ずつだったかな。

 だから東国語(ソリオータス)北国語(セプテ=トゥーリ)は流暢に話せるけど、母国語(ケントルム)は話せないんだって。それで全然喋らない。

 で、ついたあだ名が沈黙令嬢。

 会長は、ご両親に言われてシレーティナ嬢のフォローをしていらっしゃるそうなんだ。読みやすい母国語の本を貸したりとか」


「でも彼女、成績は6年生で盤石の2位なんだろう? 1位は会長だけど。

 母国語で読み書きできるのは知ってるけど、話せないのに、その順位がとれるか?」


 スクルーブが怪訝そうに訊ねる。


「君も知ってるだろうけど、聞き取るのは問題ない。

 複雑な内容を話すのだけが苦手だそうだ。

 だから授業で当てられた時は、最低限の言葉で答えるんだって」


「ええ、シレーティナ嬢の声が聴けるんだ……。羨ましい……同学年に生まれたかった」


「お前本当に沈黙令嬢が好きなんだな。

 玉砕覚悟で求婚したら?」


 ローリックが、ばっと顔を起こした。


 頰が紅潮している上に、口元がひきつっている。


「無理だよ! それは本当に玉砕するよ!

 名門スキレタケール伯爵のご令嬢と、僕みたいな紋章官の息子が結婚できるわけないだろ!?」


 器用に小声で叫び、また顔を伏せた。


「それにもし紛争だか戦争だかが始まれば、僕ら紋章官は前線に行く。

 何かあれば死んじゃう男が結婚できるか?」


「え? 文官なのにか?」


「軍使は紋章官が務める慣わしだ。軍使伝令は攻撃すべからずっていう決まりはあるけど、うっかりミスはあり得るからな」


 首をかしげるスクルーブに、ノーティムが説明する。

 

「というか紋章官の起源が軍使なんだ。敵地に行って、そこの紋章を見ることができるから。

 それに前線に行って、敵陣の旗とか装備の紋章を見て、参加している家門を特定する任務もある。それは普通に危ない。

 それは任務だから、命じられればどこにでもいくし使命は果たすよ。その覚悟はある。

 でも結婚となると、この状況だと、ちょっとね……って感じ」


「なるほどねえ……」


 しばし沈黙が落ちた。


「そういやラウルス殿下って、シレーティナ嬢に絡んでこないのな。美人が好きなんだろ?」


「いや、入学早々に声をかけてきたらしいよ。気障(きざ)ったらしく『このような施設は経験がないので、案内してくれないか』とかなんとか。

 そしたらシレーティナ嬢、東国語(ソリオータス)だか北国語(セプテ=トゥーリ)だかでまくし立てたらしい。王子様は全然聞き取れずに退散だよ」


「ふうん、外国語なら喋るんだ。よく知ってるね、ノーティム……」


「目撃者が結構いたからな、話は広がってる。

 まあ王子様は恥をかかされたと思ったのか、それ以降は沈黙令嬢には近づいていない。ふん、無礼者め、てなもんだよ。

 ……おっと、噂をすれば」


 食堂に、くだんの人物──ラウルス王子が現れた。男爵令嬢アドラータをエスコートしている。


 ラウルスは上背のある美男子だった。黄金の髪、睫毛の長い翡翠の目。ほっそりした中性的な美貌だが、自信に満ちた佇まいには、若い君主の威厳がある。


 エスコートされているアドラータもまた、大変な美少女だった。


 13という年齢の割に背が高く発育が良い。

 強気な光を帯びた紅玉の瞳。凝った髪型ではないが、シンプルな髪留めでまとめた薔薇金の髪が流れ落ち、美貌と制服とを華やかに彩っていた。


 ラウルスはアドラータを座らせると、飲み物と菓子を自ら運ぶ。一心にアドラータを見つめながら、甘やかな眼差しで何か語りかけている。


 語りながら、さりげなく肩や髪に触れていた。


「ああ、ベタベタしちゃってもう」


「いや殿下が一方的に触ってるんだろ」


 一方のアドラータは、楽しそうに話しながらも、頭を傾げたり肩を引いたりして、ラウルスの手をかわそうとするそぶりがあった。


「アドラータ嬢、嫌がってないか?」


「嫌がってなくても駄目だろあれは。

 生徒会役員として注意しないとな」


「やれやれ……ん、あれは? ユーティルフェ嬢?」

 

 たまたまユーティルフェも食堂にいたようだ。立ち上がって、一緒にいた友人らしき女生徒たちに何か言ったあと、緊張の面持ちで2人の席に近づいてきた。


 周囲の生徒たちが見るなか、彼女が口を開いた。


「ラ、ラウルス様」


「なんだ」


 明らかに不機嫌な顔で、座ったままユーティルフェを見上げる。


「ラウルス様の婚約者として申し上げます。

 その、ラウルス様の、こちらの女生徒への態度は、婚約者でも妻でもない女性に接する範囲を超えております。

 どうか、節度を持った振る舞いをなさって下さい」


「何を言っているのか分からない。

 私は1人の生徒として、他の生徒と友好を深めているだけだ。

 差し出がましいことを言わないでくれ」


「ラウルス殿下」


 アドラータがそっと口を挟んだ。


 アドラータはユーティルフェに会釈をし、ラウルスに向かって──ユーティルフェに紹介されてない以上、彼女に直接話しかけるのは無作法にあたる──慎ましく語りかけた。


 申し訳なさそうに、眉が寄っている。


「申し訳ございません。

 わたくしは東域より学園に来て日も浅く、まだまだ中央の作法を存じ上げぬ未熟者でございます。

 ラウルス様が婚約しておられるとはつゆ知らず、大変失礼をいたしました。

 ご無礼は幾重にもお詫びいたします」


「アドラータ嬢、君が謝る必要は」


「これ以上の無作法は許されるものではございません。

 失礼いたします」


 止める暇もあらばこそ、アドラータはさっさと立ち上がって優雅に一礼すると、素早く食堂を出て行った。


 ラウルスは立ち上がって数歩追ったが、追いつけないと見ると、振り向いてユーティルフェを睨みつけた。


「満足か?」


「はい?」


「私は、王族であるが故に自由のない生活を送り、この学園にも1年しか通うことはできない。

 私の貴重な学生生活を、あれは駄目これは駄目などとつまらぬ嫉妬で無価値なものとするつもりか?」


「そ、そういうことではありません」


「もういい。二度と私に話しかけるな」


 ついと顔をそむけると、


「ラウルス様……!」


 ユーティルフェを無視し、足早に食堂を出て行った。


 残された彼女は周囲を見回した。


 好奇や同情の視線が集まっていることに気づく。


 恥ずかしそうにうつむいた。

 

「あ、あの、皆様、お騒がせしました……」


「いや、貴女には非がない。

 何も恥じる必要はありません」


 きっぱりとした言葉に、食堂中の生徒がざわめいた。

 

「あ、あなたは、生徒会の……」


「すいません、ユーティルフェ嬢。

 僕らが出遅れたせいで、嫌な役割をさせてしまいました」


 ノーティムが言葉を引き取る。


 生徒会役員たちが立ち上がり、ユーティルフェの方へ近づいていった。


「私は、ラウルス様の婚約者ですから……」


「学園の風紀を乱す行為をたしなめるのは、僕ら生徒会役員の仕事でもあります」


 その場にいた役員全員で、テーブルの上に残されたお茶や菓子を片付け始める。

 

「あ、ありがとうございます」


「アドラータ嬢はともかく、ラウルス殿下におかれましては、食べ物を片付けてから出て行って欲しかったよ、全く」


「僕らが片付けますから、貴女はお戻りになってください」


 注目している生徒たちを目で示しながら、ノーティムがユーティルフェに配慮の言葉をかける。


「……ありがとうございます。このお礼は後ほど」


 軽く一礼し、彼女は数人の友人たちと共に食堂を出て行った。


 皆、ユーティルフェを励ますような表情で話しかけたり頷いたりしている。友人には恵まれているようだ。

 

 


「危なかった。

 あの場に会長がいたら、速攻で王子様の首をへし折ってるところだった」

 

 片付けを終わらせて食堂を出たあと、小声でノーティムが嘆息した。


 その言葉に役員たちは皆、何度も深くうなずいた。


『王子の首をへし折る生徒会長』の絵面が容易に想像できるのだろう。


 ローリックが、深刻な口調で呟く。


「だけどまずいな。

 ラウルス殿下がアドラータ嬢に関心を抱いていること。

 殿下が婚約者のユーティルフェ嬢を一方的に嫌っていること。

 これがはっきり皆にも分かってしまった。

 アドラータ嬢の真意は分からないけど、彼女への誹謗中傷がでてくる恐れがある」


 言って、ふうと小さくため息をつく。長めの前髪が揺れた。


「婚約者のいる男性、それも王族を横取りしたからか。言い方は悪いけど」


「そういうこと。

 何か手を打った方がいいかも。

 今ちょっと、会長は当てにならないからなあ」


「「そうだね……」」




 残念ながら、ローリックの悪い予感は的中することとなる。

登場人物一覧


ローリック

 生徒会役員。紋章官の息子。

 沈黙令嬢シレーティナのことが好き。


ノーティム

 生徒会役員。

 学園内の情報に詳しい。


スクルーブ

 生徒会役員。

 ツッコミ担当男子。


シレーティナ

『沈黙令嬢』。学園の美人生徒の双璧の1人。

 黒髪のすらりとした美人。

 とても無口。


ラウルス

 王太子の息子。国王の孫。

 金髪緑目の美形。


ユーティルフェ

 公爵令嬢。ラウルスの婚約者。

 栗色の三つ編み・眼鏡・そばかすの女生徒。

 真面目だが、ラウルスには嫌われている模様。


アドラータ

 男爵令嬢。学園の美人生徒の双璧の1人。

 金髪に紅がかった瞳、ボンキュッボンの華やか美人だが、中身は13歳。

 ラウルスにつきまとわれている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ