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4 王子様の攻略?

 この世界の1月は現実世界の2月くらいで早春、現実の旧暦みたいなイメージです。なので冬至は11月。

 日本同様春に卒業して、春に入学の設定です。

 

 翌日、生徒会室。


「アドラータ嬢につきまとう最後の男子生徒。

 ラウルス殿下。我が国の国王陛下、そのご令孫です。

 説明の必要もないと思いますが」


 現国王トロヌス3世は60代。

 高齢であるが、幸いコントラ熱に罹患することもなく健康を保ち、厳格にして英明な君主として王国をしろしめす。


 現在王の長男が王太子に選ばれており、ラウルス王子はその長男にあたる。


 つまり順当にいけば、次々代の国王になる人物である。


「6年からの入学でしたよね?」


 スクルーブの確認に、マオロがうなずく。


「王族は通常の学問とは別に、帝王学や公務などの実務を城で学びます。ですから、おおむね高学年で入学されるそうです。

 特にラウルス殿下は国王になる可能性が高い。専用のカリキュラムを組むので、最終学年での入学になったのでしょう」


「畏れ多いことですが、殿下の成績は中の上。

 王族は成績に関係なく第一学園に入学する慣例です。ですが本来の成績で合格なさった。

 帝王学なども並行して学んでおられることを考えれば、優秀な方だと思います。

 ですが、行動が……」


 ノーティムがかぶりを振りながら言葉を濁す。


「1月の春に入学してから4ヶ月。

 とにかく美人とか可愛いと言われる女生徒に片っ端から声をかけて馴れ馴れしく近づいています。

 特にアドラータ嬢へのしつこさと言ったら。殿下には婚約者がいらっしゃるというのに!

 私が注意したら、『下がりたまえ。君のごとき容色の女性に用はない』と、こうですよ!」


 カルキアが憤然と、ノーティムの言葉を引き取った。


 コントラ熱の流行によって成人後の婚約が一般的になったが、王族に関しては未だに早い段階で婚約が結ばれる。


 ラウルス王子も例外ではなく、ムザーク公爵令嬢ユーティルフェと婚約を交わしている。

 

「興味ない人間への言い方が酷いんだよな、王子様は。

 きっと城では、一挙手一投足を周りの大人にうるさく言われるんだろう。

 学園では羽を伸ばしているつもりなんじゃないかな」


 ノーティムが一応弁護するが、机を挟んで対角線の位置にいるカルキアが噛み付いてきた。


「羽の伸ばし方がおかしいでしょう?

 友達とたわいもないおしゃべりとかダラダラするとかならともかく、婚約者がいらっしゃるのに複数の貴族令嬢に声をかけるって、どういうことなの」


「いや、俺に言われても……」


 ノーティムもたじたじである。


「あ、ごめんなさい」


「ともかく、実に厄介な相手です。

 見たところ、興味が女性にしか向いていない。従って、他の目的を与えることが難しい。

 束縛の多い生活から放たれた反動なのか、人の意見を聞こうとしない。

 僕の考えるには……」


「「考えるには?」」


 マオロの完璧な策略を求めて、役員一同が注目する。


 と。


 ノックの音がした。


「はい?」


 扉に近い側の中央に座るスクルーブが、立ち上がってドアを開ける。


 そこにいたのは、5年生の生徒会メンバーである女生徒だった。


 きっちりと2つの三つ編みにした栗色の髪。大きめの丸い眼鏡。金色がかった茶色の瞳に、頬に散ったそばかす。ほっそりした小柄な姿。


 ムザーク公爵令嬢ユーティルフェ。ちょうど話題に上っていたラウルス王子の婚約者である。


「あ、あの。会議中だとおうかがいしまして。

 卒業式後の、冬至祭のドレスの持ち込みと、着替えを校内でする人の取りまとめを持ってきたんですけど……」


「ああ、ありがとうございます」


 生徒会長であるマオロが立ち上がり、長テーブルを回り込んで足早に戸口へ向かった。スクルーブは脇に下がる。

 

「もうまとめて下さったのですか。仕事が実に早い」


 ユーティルフェの差し出した書類を、マオロが受け取った。


「こういうのは、早い方が、その、先々の予定を立てられますから……」


「それだけでなく、各種経費の予測まで算出し直しておられる。

 僕の予測よりもシビアですね」 


「あの、差し出がましい真似をして申し訳ありません。

 それは、先だって王城に参りました際に……教育の一環として、色々新しい資料を見せていただいたのを元に……。あまり具体的には申せませんけれど……」


「ああ、いや、分かります。詳細はおっしゃらなくて結構。

 やはりコントラ熱が下火になったせいですか。それで各家のパーティーなどが復活。消費が増えれば値段も上がると」


「はい、それもありますけれど……。

 小麦、豆類、塩、蒸留酒……蜂蜜や砂糖類も……そのあたりの食品が、各辺境に流れております」


 紋章官の子息である、書記ローリックが息を呑んだ。唇を引き結んで深刻な顔になる。


「どうした?」


「辺境伯たちが兵糧を蓄え始めたんだ。日持ちする食料、保存食に使う塩。酒は水の代わりや気付け薬、消毒液にもなる」


「蜂蜜や砂糖も?」


「高価だけど保存食に使う。士官以上の糧食じゃないかな。

 つまり、そのクラスが多数参加する規模の状況発生を想定しているってことだよ」


 他の役員の表情もこわばり、マオロとユーティルフェが彼らに向かってうなずいた。


「疫病がおさまれば、紛争が再燃しますか……。

 ただ今日明日何かが起こる、ということでもないでしょう。今のところは防衛目的でしょうし、事態は年単位で動くと僕は踏んでいます。

 どのみち一介の生徒に過ぎない僕たちには、いかんともし難い。今は学園のことに集中しましょう。

 貴女を見込んでお聞きしますが、最大の行事──11月の冬至祭のパーティーに、どの程度の影響があるとお考えですか?」


「あの、あくまで数字を見た感触ですけれど。

 いずれこの値上がりを見て、各業者の買い占めが起こるでしょうけど、物がなくなるとか、そこまでのことはないと思います。

 ただ、収穫期を越えても値が下がらない、逆に値上がりする可能性が……。

 ですので、あらかじめ予算を多めに割り振っておくですとか、保管場所が確保できるなら、今のうちに日持ちするものは買い揃えておいて、冬まで保管しておくか……」


「同感です。後者が望ましいので、保管場所の心当たりをあたっておきます。

 それに、料理人や運送業者などの人員も、奪い合いになりそう──」


 ユーティルフェの書類をめくっていたマオロの手が止まった。


 止まったまま、いつまでも動かない。


「「…………?」」


 その場にいた全員が、首を傾げた。


「あ……あの? 何か、不手際でも?」


 不安そうに、ユーティルフェがマオロを見上げて尋ねる。


「サイン…………」


「「サイン??」」


 全員が、マオロの口走った言葉を復唱する。


「この筆跡……。

 僕が出版社を通して書いてもらった、詩人エウテルペーのサインと同じです……」


「え? あ、会長がコネを駆使してねだったとかいうサイン本?」


 カルキアが首をかしげ、


「……って、ええ!? つまり、エウテルペーの正体って」


「ユーティルフェ嬢、貴女は覆面詩人エウテルペーなのですか?」


 思わずといった風に叫んだところにマオロが質問をかぶせてきた。


 極めて珍しい──生まれて初めてかもしれない──ことに、その声が緊張でわなないている。

 

「えっ? あ、あのサインって、ペルフェクティ様が頼んだのですか……?」


 ユーティルフェが言いかけて失言に気づき、慌てて手で口をふさいだ。


 羞恥なのか、顔が赤い。


「やはり、貴女が……」


「す、すいません! 急用を思い出しましたので、失礼いたします!」


 うわずった声でマオロの言葉を無理矢理遮ると、ユーティルフェはきびすを返して生徒会室を飛び出した。


 淑女としての作法が許す限りの速さで足音が遠ざかっていく。


「…………行っちゃった。

 え? 本当に、彼女がエウテルペー?」


「あの反応は間違いないだろう。名前もユーティルフェとエウテルペーでそっくりだし」


「ユーティルフェ様が、あの新進気鋭の詩人だったなんて……」


「え、こないだ貸し借りしていた、あの本の作者?」


「そう。でも考えてみれば、内容とか口語詩であるとか、若い人の発想だったし。

 教養の深さもユーティルフェ様のイメージに合うわ。

 うわあ、凄い! 私もサイン貰おうかしら!」


「すごい偶然だなあ……」


 役員たちも口々に言う。


「会長も、あの作者と同じ学校にいるなんて、驚かれましたよね?」


 カルキアが話を振るが、マオロは閉じたドアを見たまま動かない。


「会長?」


 ようやくマオロが振り返った。


 何事もなかったかのような無表情で、自分の席に戻る。


 座りながら眼鏡を押し上げる。


「ラウルス殿下への対策ですが」


「え? 急にその話に戻るんですか?」


 訝しげなノーティスを無視してマオロが言った。


「殺しましょう」


「「はああああぁぁぁ!?」」


 突然妄言をほざきだした。


 役員は大混乱である。


「ユーティルフェ嬢は神々が遣わした天の使いです。いや女神です。殿下はその婚約者なのです。本来なら自らに与えられた栄誉と幸福に(むせ)び泣いてしかるべきです。それをあろうことかあの方を(ないがし)ろにし、他の女生徒にまとわりつく。

 万死に値します。

 あの方の歩む道をあらかじめ掃除し、障害物を取り除き、快適な人生を送っていただくよう取り計らうこと。それこそが全人類に課せられた聖なる義務であり我々が生かされている理由。つまり今すべき事は、殿下のお命をお縮め申し上げることです」


 冷静な口調だが、ノンブレスの早口で語りまくっていた。


「いやいやいやいやちょっと待って!?」


「落ち着いてください会長!」


「見た目だけ落ち着いているけど発狂してる!?」


「待って!! 反逆罪を犯すのは待って!!」


「待つんじゃなくてやめろ!!」


 

 ……これが、完璧令息ご乱心の始まりであった。

ざっくり登場人物一覧


マオロ・ペルフェクティ

 眼鏡イケメン生徒会長。

 急におかしくなった。

 完璧令息という看板に偽りあり。


ラウルス

 王太子の息子。

 今年から入学なので、生徒会活動とは関わりなし。

 月桂冠を意味するラテン語 laurus から。


ユーティルフェ・ムザーク

 ラウルスの婚約者。

 三つ編み眼鏡そばかす小柄少女。

 芸術の女神ミューズの1柱エウテルペ Euterpe と、ミューズの技芸を意味する古代ギリシャ語ムーシケー?(詳細忘れました)から。

 口下手だがプロの詩人でもある。

 

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