3 脳筋令息の攻略
「オーディアン・エキューを処理したところで、次は5年生のエクエス・フォルケス。
有名人なので知っている人も多いでしょうが、確認しておきます。
性格は自尊心が高く、人間関係を上下で見るところがあります。
身分の上下ではなく、喧嘩が強いですとか意志が強いですとか、能力や性格的なところで判断しているようですが……とにかく何かというと難癖をつけては勝負事を挑んできます。
先日は、生活態度を注意した教師の胸を軽く突いて厳重注意を受けていました」
「なんでそんなのが第一学園にいるのかしら……」
「ここ、成績トップクラスが振り分けられる学校なんだけど……」
「あんな性格なのにスペックが高いんだよなあ」
口々に嘆息する。
「フォルケス侯爵家は軍閥トップの家門です。
エクエス・フォルケス君は現侯爵が遅くに儲けた男子で、親子くらい歳の離れた兄君がおられます。
負けず嫌いとマウント取りは、あそこの家風なんですよね。もちろん他の方々はもっとエレガントですけれど」
家柄に詳しいローリックが補足する。
ノーティムも補足した。
「アドラータ嬢に絡むようになった経緯ですが。
フォルケスが例によって、同級生を威圧しているところに彼女が通りがかり、厳しい言葉でたしなめたそうです。
奴は粗暴ですが、幸い女性には決して手をあげない男です。
彼女に対して『その意気や良し』ということで、つきまとうようになったとか」
「ここにも、おもしれー女判定してくる面倒くさい男がいる……」
カルキアが頭を抱えている。
「しかし、彼を牽制する方法はあります。
要は彼は人間関係を上下で見る。自分が上だと思えば傲慢に振る舞いますが、逆に自分が下であると納得したならば、その者に大人しく従うでしょう。ある意味やりやすい。
となると、その方法は」
「「その方法は?」」
一同が注目する中、マオロはクイッと眼鏡を押し上げた。
「ボールを持たせることです」
「「は??」」
突如湧いて出た謎の発言に、皆が聞き返した。
「ルールに沿って勝敗の決まるスポーツ。あの闘争心をそちらに向けることができれば、多少なりとも大人しくなり、アドラータ嬢につきまとう時間もなくなります。
できればこの方法は避けたかったが……やむを得ません。
アレの封印を解くことにしましょう」
「エクエス・フォルケス君」
昼休みの食堂。
エクエス・フォルケスは長テーブルの中央に陣取って、カツレツ定食を平らげていた。彼を恐れて、周囲は空席になっている。
背が高い。軍閥貴族の子弟らしくきっちりと制服を着ているが、その上からでも鍛え上げられた体つきであることが見て取れる。
表情は厳しいが秀麗な顔立ちで、短く刈り込んだ赤煉瓦色の髪とあいまって、『若き軍神』といった彫刻のモデルにでもできそうな姿だった。
「……生徒会長か。またお説教か?」
上級生であるマオロに目を向けることもなく、吐き捨てるように言う。
「今日は違う用事です。
エクエス・フォルケス。君に勝負を申し込む」
「ほう?」
その言葉に、食堂が静まり返った。
そこで初めて、エクエスがマオロを見上げる。
「面白い。続けろ」
「今日の放課後に。種目はピレトポルタで。
君が勝てば、これ以降生徒会は君に一切の口出しをしないと約束します。
その代わり君が敗北すれば、ピレトポルタ部に入部してもらいましょう」
ピレトポルタとは、先端がハンマー状になった専用のスティックでボールを打ち、コート内のゲートに通していくスポーツである。
「ふん。それはつまり、明日から生徒会の小言を聞かずに済むということだな。
レギュレーションは?」
「ランダマイザ、ゲート6、時間制限なし。もちろん一対一のシングルズで」
「ランダマイザだと?」
エクエスの目がぎらりと光る。
「ランダマイザで時間制限なし!?」
「そんなルールでプレイできるというの?」
「正気か?」
食堂中が、驚愕と興奮でどよめく。
「ふっ。そいつは本気の勝負が楽しめそうだな」
「是非全力で挑んでくれたまえ。では放課後に」
放課後のグラウンドには、2人の直接対決を見ようと多くの生徒が集まっていた。
レギュレーション『ランダマイザ』とは、ゲートの位置と向きと高さを、全てサイコロでランダムに決定する方式である。そのため往々にして、コートは難易度最高の魔境に仕上がってくる。
「ゲートは最低の6ヶ所だから、運が良ければ短期決戦ができるが……」
「あ、駄目だ。ハイゲートが3つ出た。向きもバラバラだ。こりゃ終わったな」
「というか終わらん。時間制限すらないんだぞ」
案の定、手のつけられない難度と化したコートに、マオロとエクエスが平然とした顔で足を踏み入れた。
ルールに従って、2人は色分けされたボールを2つずつ地面に置く。マオロは赤、エクエスは白。
「慈悲をやろう。先手はくれてやる」
「では遠慮なく」
マオロは周囲を見回してゲートの位置を確認する。
彼とボールの先にゲートがあるものの、その中間に真横を向いた別のゲートが設置されている。普通に打てば、このゲートにぶつかって失敗する。
彼はあくまでも優雅に自分のボールの前に立つと、教科書的な正確さでスティックを振り上げ、打った。
ボールがわずかなカーブを描いて途中のゲートを回避し、その先の半円状のゲートを見事に通過した。
マオロはかがみ込み、通過させたゲートに赤いリボンを結んだ。1点取得した印である。
「まさか、一打でゲートを通すとは……」
「いや、あのボールの配置を見ろ。ここからさらに追加ショットを狙えるぞ」
基本的にショットは1ターンに1回だが、ゲートを通過することで追加ショットが発生する。最高でもゲート数の半分、つまりこのコートだと3回までとなる。
スティックの先端、ハンマー側面の窪みを利用してすくい上げるように打った。
ハイゲート──芝に刺した棒の先端、人の頭ほどの高さに付けられた大きな輪の中に、ボールは危なげなく飛び込んだ。
「ハイゲートに一発で入った!」
「次のショットのために、どこでボールを止めるかまで計算しているとは……」
「もう一打いけるぞ」
「『うつし世は夢』」
技の宣言と共に、最後のショットをむしろ優しく打った。
しかしインパクトの瞬間、スティックとボールとの接触面にオレンジと真紅の火花が同心円状に散る。
炎の軌跡と共にボールは弧を描いて別のハイゲートを通過すると、さらに白──エクエスのボールを大きく弾いて停止した。
「信じられん……三打でゲート3つ通過。無駄球が一度もない」
「え? 生徒会長って、炎系エフェクト出すんだ?」
「クール眼鏡キャラなんだから、そこは氷か電撃系だろう普通」
「そもそもエフェクトって何」
一同が感嘆と驚愕にどよめく中、生徒会が誇るツッコミ係のカルキアが呟く。
「見ろよ、フォルケスの球はどのゲートにも入れにくい位置に散っている。追加ショットに繋げられない状態で、相手に回す作戦だ」
「さすが生徒会長! ピレトポルタまで達人級か!」
「なんという技……! 魔法か!?」
この世界に魔法はない。
エフェクトや謎の必殺技はあるが。
「先に勉強させてもらいました。続きをどうぞ」
「ふっ、この程度で優位に立ったつもりか。甘いことを言う」
不利な状態でターンを回されたにもかかわらず、エクエスは余裕を崩すことなくコートに立った。
無造作に自分の白ボールの前に立つ。
スティックを振り上げた。
「『歌え天空の刺客!』」
スティックから水晶の如き微細な氷片が飛び散り、一瞬遅れてダイヤモンドダストが彼の周囲に煌めく。
そのままボールは白銀の軌跡を曳きながら勢いよく真上に打ち上がり、一瞬の輝きと共に消えた。
「「お前のエフェクトが氷なのかよ!」」
ギャラリーから一斉に突っ込みが飛ぶ。
「ねえスクルーブ君、あの痛ましいネーミングセンスの技名ってなんなの?
叫びながら技を使わないと死ぬの?」
素人ならではの無邪気さで、抉りこむような質問を飛ばすカルキア。
「まあお約束というか……実際声を出しながらの方が身体がよく動くんだよ。
ネーミングは……うん、生徒会長も昔は格好いいと思ってたらしいけど、15歳あたりで正気に返って技ごと封印したらしい」
「ああ、だからやむを得ないとかおっしゃってたんだ」
「あんな技名を人前で叫ぶんだ。会長はプライドを捨てて本気で勝つつもりだぞ」
天高く上り詰めた白のボールが数秒後、彗星のように光の尾を引きながら落ちる。
そしてもう一つの白いボールに激突すると大きくバウンドし、マオロとは別のハイゲートを通過。
さらに当てられた白ボールがスピンしながら跳ね返り、絶妙なカーブを描きながら地面のゲートを通過した。
「「一打でゲート2つ抜きだと!?」」
「これは……。今の技をもう一度使えばゲート4つ抜きだ。過半数のゲートをクリアする。
逆転勝利だ」
エクエスは、通過したゲートに白いリボンを結んで印をつける。
それからニヒルな笑みを浮かべてマオロを見やり、意気揚々とボールの前に立った。
「つまらん勝負だった。
だが手加減はしない、それがフォルケス家の矜持。
これで──終わりだ!」
スティックを振り上げた姿勢で静止し、精神集中を始める。
彼の周囲に氷片を含んだ風が渦巻き、極小のブリザードが吹き荒れた。
「『踊れ惑乱の舞踏!』」
打ったボールがマオロの赤ボールに当たり、さらに赤ボールが他の2つのボールに当たり、その全てがゲートに向かって転がっていく。
しかし。
「『うつし世は夢』の逆位置、『夜の夢こそまこと』発動」
コートの外でマオロが静かに宣言する。
──すると、どうしたことか。
転がりゆく全てのボールがあり得ないほどの急カーブを描き、ことごとくがゲートを外れていくではないか。
エクエスが驚愕に息を呑む。
「馬鹿な、俺の技が!?
まさか生徒会長、さっきの技が!」
マオロが眼鏡をくっと押し上げながら説明を始めた。
「『うつし世は夢、夜の夢こそまこと』とは、ボールに運動エネルギーを蓄えたまま静止させ、ターンを終える技。
そして、相手がボールを当てることによって他のボールにも蓄えたエネルギーが伝播し、本来とは違う軌道を描く。
そして、対戦相手の追加ショットを阻止するのです」
「ペルフェクティ様……なんて素敵……!」
「まさに完璧令息ですわ!」
「ていうか物理法則が完全に死んでるんですけど」
一部を除く女子が感嘆のため息をついている。
「馬鹿な……っ、この俺の技が……破られるだと!?」
「相手の追加ショットを妨害する技を仕込む。基本です」
追加ショットで1つもゲートを獲れなかったため、エクエスのターンは終了である。
それが当然であるかのように、いつもの平静な表情でマオロはコートに入った。
「エクエス・フォルケス。今の君に必要なのは、完璧な敗北です。
ピレトポルタの神に、この完璧なる一打を捧げましょう」
打撃モーションに入った瞬間、蒼白い炎が火柱となって彼を包んだ。
熱風が吹きつけ、ギャラリーの髪や制服をはためかせる。
「「何という闘気……!」」
「え、会長大丈夫? 焼死しない?」
「あれはただのエフェクトだから大丈夫」
「だからエフェクトって何」
「『証明完了』」
宣言とともに放たれる美しいショット。
一見ごく普通に転がっていくボール。しかしそれは黄金のフレアに包まれ、圧縮された膨大なエネルギーを感じさせる。
そしてもう1つの赤ボールに命中するや、勢いよく弾く。
弾かれたボールは解放されたエネルギーによって複雑なスピンを加えられ、大きくジャンプするとエクエスが攻略したハイゲートへ飛び込んでいった。
もう1つは高速回転しながら地上ゲートに飛び込み、さらにその先にあったゲートの支柱にぶつかると、大きく跳ね返って別のゲート中央を突っ切っていった。
「「一打で3ゲート通過!?」」
「しかも1人で全てのゲートを通している。フォルケスのターンを待たずして、勝利が確定したぞ!」
「「おおおおお!!」」
あまりに劇的な勝利に、ギャラリーから地鳴りのような歓声が上がった。
「これは、あらゆるシチュエーションから勝利を獲得する技。
勝利の可能性が一定水準を超えた時点で使用可能になる、勝利確定奥義。
ピレトポルタに限らずあらゆる勝負において使用できる万能技、いや全能技なのです」
勝利に驕ることなく、眼鏡をクイッと押さえつつ語るマオロ。
「いや、いくらなんでも意味不明すぎるんですが」
スクルーブがさすがに突っ込むが、
「なん……だと……!
あれが『証明完了』!?
新たな継承者が現れたとは聞いていたが、まさか貴様だったというのか!!」
叫ぶエクエス。
「話が通じてる!?」
スクルーブもびっくりである。
「これが……これが敗北というものか……」
初めて知ったであろう敗北に打ちのめされ、エクエスががくりと片膝をついた。
その時。
「いよーう、生徒会長。腕は錆びついていないようだな?」
人垣を割って、長身痩躯の男子生徒が現れた。長い前髪の隙間から、ギラギラした瞳がのぞく。
その左手にはピレトポルタのボールを数個握り、右手は3本の競技用スティックを同時にジャグリングしていた。
「あれは……ピレトポルタ部長」
「あれが『ピレトポルタの暗黒面と戯れる男』か!」
「何その痛い二つ名」
ピレトポルタ部長に対しても容赦がないカルキア。
「なんとか面目を保てました」
「よく言うよ。どちらかと言えば、お前の方に入部して欲しいんだがな」
「僕は生憎生徒会で忙しい身です。
それに学校対抗戦の助っ人として呼ばれることが多いので、特定の部に入るわけにはいきません」
「おうおう、万能タイプはつらいねえ。
ま、どの競技でも『証明完了』を打っときゃオッケーだもんな。
で、こいつが例の?」
「はい、新入部員です」
マオロが部長に話しかけながら、膝をつくエクエスを手で示した。部長がうなずいてニヤリと笑う。
「ピレトポルタという名の地獄へようこそ!
試合は見せてもらった。腕はまあまあだな、新入部員くん。
しかしピレトポルタの頂点は高く、その深淵は暗い。
さあ共に不可知なる奥義を究めようではないか!」
新たなる同志を歓迎するかのように、ジャグリングを続けながら両手を広げる部長。
しかしエクエスは、苦々しげに部長を睨みつけた。
「勘違いするな。
俺はペルフェクティとの勝負に敗れたから入部するのであって、貴様に敬意を払うつもりは」
部長は左手のボールを3個地上に落とすと、ジャグリングしているスティックを掴んだ瞬間に素早く打ち、即座に空中に投げ、次に落ちてきたスティックで次のボールを打ち、それをもう一度繰り返し、ジャグリングを継続したまま3発ボールを打った。
ボールはそれぞれが名状しがたい虹色の軌跡を曳きながら、一気に別々のゲートをくぐり、さらにコート外の植木や校舎の壁まで飛んで跳ね返り、勢いのままにそれぞれ別のゲートを通過した。
「3打で6ゲート通過ですか。お見事です。技名は?」
「あ? こんなもん適当に打っただけだ。名前なんかねえよ」
「私は5年生の新入部員、エクエス・フォルケスと申します。
粉骨砕身の意気込みで精進させていただきます。部長、何なりとお申し付けください」
部長との格の違いを見せつけられ、一発で服従モードに入るエクエスだった。
「なるほど、自分が下だと認めれば言うことを聞いてくれるんだ」
「フォルケス君の入学直後に、あの暗黒面なんとか部長と試合して欲しかったなあ」
「いや本当それ」
話し合う生徒会役員2人を尻目に、マオロは空を見上げ、独白していた。
「また完璧な勝利を収めてしまった……。
ああ運命の女神よ。僕はもはや、敗北どころか苦戦することすら許されないというのか……」
天を仰ぐマオロの端正な横顔には、何もかも完璧にできてしまう男の哀しみが漂っている。
「あの人を殴っていい?」
「同感だけど、絶対回避されるからやめとこうか」
ギャラリーが神試合に喝采を送り続ける中、カルキアとスクルーブの生徒会ツッコミ係2名はどこまでも通常運転だった。
これがマオロ・ペルフェクティ。誰が呼んだか『完璧令息』。
蓋し相応しい渾名であった。
……彼が恋に落ちるまでは。
登場人物一覧
マオロ
何でもできる眼鏡生徒会長。もちろんゲートボ……ピレトポルタも達人級だし、必殺技も持っている。
エフェクトは炎。
エクエス・フォルケス
ナーロッパ風バンカライケメン。エフェクトは氷。
騎士を意味するラテン語 eques と、軍隊を意味するラテン語 forces から。
力こそパワー。
カルキア
生徒会役員。必殺技界隈にうといツッコミ担当女子。
スクルーブ
生徒会長。必殺技界隈の知識があるツッコミ担当男子。
その他ギャラリーの生徒の皆さん
・何が悲しいって、長々と書いたのに、この謎スポーツも暗黒面部長も本筋に全然関係ないこと。もう出てきません。
・謎の技名
マオロの技は推理小説のイメージ。
『うつし世は夢、夜の夢こそまこと』は江戸川乱歩のお言葉。彼が色紙に書いていたという『晝は夢 夜ぞ現』をラテン語にしました。
合っているのか? 特に強意「ぞ」のところ。
『証明完了』quod erat demonstrandum
Q.E.D. 証明完了。推理終了時にこの言葉が出がち。
エクエスの技は、グリム童話から。
『歌え以下略』Von dem Machandelboom
グリム童話『ねずの木の話(百槙の話)』の原題。
『踊れ以下略』die rotglühenden Schuhe
『白雪姫』のラストに出てくる『真っ赤に焼けた靴』のこと。氷属性なのに……。
この世界には乱歩やグリム童話があるのか……?