21 男爵令嬢の独白
あああ……やってもうたわ……。
うちは他の人と会わんような、講堂の廊下の端っこらへんをウロチョロしてた。
そらな、うちの執事も言うてたもんな。
『嬢はんは、普段はそらもう天下の別嬪さんやけど、カーッとなったら言葉で相手をどつき回すお転婆ですさかい。心配ですわ。
どうか気ぃ良う持って、お淑やか。お淑やかに。
よろしゅうお頼み申します」
って。
その時は『はいはい分かってますわ〜』てなもんやったけど。
ラウルスのアホはともかく、王宮の使者だの公爵令息令嬢だのがずらっと並んどる前で、全力でぶちかましてもうた。
それも方言丸出しで。
それもそれもログウィー家の蜂起とか言いかけてもうたし。
ギリギリでアークス卿に止めてもろたけど、あれはホンマあかんかった。
恥ずかしい〜!
ああ〜それに引き換えユーティルフェ様とかシレーティナ様とか、ホンマにエレガントやったなあ。
所作がもうなあ。すごいんよなあ。
うちみたいな付け焼き刃なんちゃって嬢はんとは格がちゃうんよ。
アホのラウルスはそこが分からへんのよ。アホやから。
うう。
「寒っ……」
あ、外套忘れてたわ。そら寒いわ。講堂の中言うても廊下やから、そんな暖房とかあらへんもん。
もう冬至祭にも出んと帰りたい。でも外套を取りにあの部屋に戻るのも気まずい。
と。
「アドラータ嬢!」
あっちからやってくる声は。
「フォルケス様」
黙って立ってりゃ細マッチョな男前、喋るとお育ちの良いガキ大将のエクエス・フォルケス様やん。5分振りやな。
「アドラータ嬢。
外套を届けに来た」
「まあ、ありがとうございます……」
「ここは寒い。
部屋に入るまでの少しの間でも、着ていた方がいい」
「何から何までありがとうございます。
ではお言葉に甘えまして」
フォルケス様が掲げた外套にうちが腕を通すと、自然な様子で、ドレスのラインに合わせて外套の裾を整えてくれはった。
「先ほどから寒うございましたの。フォルケス様のおかげで人心地がつきましたわ。
でも、今夜は帰ろうかと思っております」
今フォルケス様と顔を合わせてるのもやけど、生徒会の面々とも会いたないわ〜。引かれてるわ絶対。
この人も、いっつも無表情というか厳めしい顔したはるけど、中身はうちに引いてるんやろな……。
「折角の冬至祭の夜に?」
いつもの真顔に片眉だけ上げていぶかしんだけど、すぐにうなずいた。
「……いや、あのような衝撃的な出来事があったのだ。気分が悪くなるのも無理はない。
ならば車寄せまで送っていこう」
うちは短く礼を言って、2人で廊下を歩き出した。
並んで歩いてるけど、うちは真っ直ぐ前を見て目を合わさんようにしてる。恥ずかしいもん。
しばらく無言が続く。
「……先ほどの貴女の啖呵を切る様子だが」
「……はい」
うわ来た。
なんでわざわざその話蒸し返すん?
「とても良かった」
「いえもう返す言葉もございませ…………はい?」
はい? 今なんて??
思わずフォルケス様の顔を見上げる。
彼も前を向いてはるけど、口角が上がっていた。
「さすが、未来の女男爵なだけのことはある。
不覚にも、その小気味良さに痺れてしまった」
それはホンマに不覚やな……。
「だが感心しないこともある。
貴女ともあろう者が、ラウルスごときと差し違えてはならん。
どうせ王家に楯突くのなら、生きて勝利することを第一に考えるべきだ」
「なぜ効率的な反逆を勧めてきますの!?」
何考えとん!?
「どうせ奴は失脚する。
王家の使者に、プルーブン家の者までやって来たのだ。何らかの処分を食らうのだろう。
もはや奴は恐るるに足らん。
それよりも、俺は貴女を失うことの方を恐れる」
フォルケス様が立ち止まって、うちを真っ直ぐに見た。
「俺は持って回った言い方はできん。
だからはっきりと言う。
アドラータ嬢、俺と結婚してくれ」
…………えっ?
えっ? うちと? あの啖呵切ったんが決め手とか言う? ホンマに?
「…………本気ですの?」
「冗談で言うものか。
今までは、まだ13歳ということを考慮していたが」
「わたくし、先日誕生日が来まして14になりました」
「それはなおさら結構なことだ。
今回のことではっきりと分かった。
俺がこの一命を懸けて添い遂げるべき女性は、アドラータ嬢、貴女を措いて他にない」
いやいや。
いやいやいやいやちょお待って!!
「そ、そのようなことを突然おっしゃられても!
はいそうですかとは申せませんわ!」
「貴女の横に並び立てるほどの男が、この俺の他に誰がいるというのだ?」
いや、ない。
反語出たー!
そいでもって、うちを持ち上げつつ、ついでにちゃっかり自分も持ち上げとるー!
とか思いつつフォルケス様を見上げる。
うん。ええ男なんよな。
軍人みたいに短い髪。眼光鋭い端正な顔。逞しさとしなやかさを備えた長身に、普段と違う優雅な礼装。厳しさと優美のミスマッチが、逆にこの人ならではの雰囲気を出してる。
ちょっとトゥンク。
「ログウィー家に婿入りされる覚悟はおありなの?
わが一族を裏切る者は、男は生首を杭に刺して門前に晒し、女は壁に塗り込める慣わしですのよ?」
どやぁぁ!
せやけどフォルケス様は、平然とうなずいた。
「そうらしいな。
ちなみにわがフォルケス一族は、裏切り者は穴の底に落として上から石を投げ、打ち殺すしきたりだ。
だが無論、ログウィー家に婿入りした暁には、その流儀に従う所存。
杭打ちなり煉瓦の積み上げなり、なんなりとやり遂げて見せよう」
トゥンク……!
わが家の処刑方法を聞いて引かない人間を、初めて見た……!
それどころか、さりげなく処刑する側に回ってる……!
いやいや、うちはそないチョロい女やないで!
「な、ならば、わたくしの父の試練に打ち克つことができて!?
わたくしを求める殿方は、父とサーベルの手合わせをして勝利せねばなりませんのよ?
父のログウィー流サーベル術裏奥義『求婚者滅殺斬』は、既に4人の求婚者を屠っております。
はたして貴方は、それに耐える初めての殿方となれるのかしら!?」
言うとくけどな! うちのパパは強いねんで!!
アレを何とかせんと、うちは一生独身なんや! どないしてくれる!?
だけどもここで、彼はにやりと笑てみせた。
「素晴らしい!
父君たるログウィー男爵が、サーベルの恐るべき達人であることは心得ている。
その試練を受ければ、男爵に勝利する栄誉と、貴女の婿となる栄誉を同時に得られるということだ!
これは一刻も早く、男爵へ面会の許可を取り付けなければ!」
まだ見ぬ相手に対して獰猛な、そして不敵な笑みを浮かべながら言った。
「トゥンク……!」
すごい。この人ホンマにうちのパパに勝ってまうやもしれん……!
いや、ちゃう。
うちは、この人に、勝ってほしい。
勝って、うちにその自信に溢れた、勝利に輝く笑みを向けて欲しいんや……!
うちは姿勢を正し、真剣な目で、ひたとフォルケス様を見据えた。
「フォルケス様。
そこまでおっしゃるならば、わたくしも覚悟を決めますわ。
貴方様を未来の婿と見込んで、最大の助力をさせていただきます。
それはあの裏奥義、『求婚者滅殺斬』の攻略。あれを打ち崩さぬことには、わたくしたちの婚姻は夢のまた夢。
幸いわたくしは、父のそば近くであの技を何度も見ております。
どうかこの知識を存分に使い、父を倒す方策を編み出してくださいまし!」
「アドラータ嬢……!」
フォルケス様が目を見開いて、感極まった声をもらす。
「その言葉は、俺の愛を受け入れてくれたものと、自惚れていいのだな……?」
「もちろんでございます。
わたくしの貴方様への想い、それは貴方様と同じものとお考えください。
も、もちろん、実際に婚約できたとしても、結婚はずっと後のことですわよ……?」
うち、まだ14やからな……? エロいアレコレとか、まだ勘弁してな……?
でもやっぱり、フォルケス様は紳士やった。
「それは勿論だ。
愛あらばこそ、待つことも出来る。
では、試練の対策については、また後日に話し合うとしよう。
今日のところは、馬車を呼んで──」
「気が変わりましたわ、フォルケス様」
晴れ晴れとした気持ちで、彼を見上げた。
今うちは、悪戯っぽい笑いを浮かべているんやと思う。
「なんだか、冬至祭で踊りたい気分になってまいりましたの。
エスコートしていただけませんこと?」
フォルケス様も悪戯っぽく口角を上げ、こちらに手を差し出した。
そっとうちの手を取る。
「もちろん、喜んで。
今年は良い冬至祭になりそうだ」
うん、ホンマにそうやわ。
それはフォルケス様──エクエス様と同感やった。
・「それはなおさら結構なことだ」
最初「それはなおのこと重畳だ」と書いたのですが、「ナーロッパに畳はないだろう……」と思って書き直しました。
トゥーランドットとか出しておいて、今さら何言ってるんだか。




