15 冬至祭の夜に
冬至。
1年で最も夜の力が強く、そして太陽の力が回復していく最初の日。
中央諸国においては新年に次いで尊ばれる1日であり、この夜は貴族平民を問わず宴が催される慣わしである。
王立学園においてもまた然り。
講堂全体を使用し、礼拝室での祈りに始まって各部屋での飲食や歓談、中央ホールでの舞踏会など、生徒たちの学園生活最大の交流の場となる。
そして生徒会にとっても、運営にその手腕が問われる最大のイベントであった。
日の沈みかけている夕刻。
雪がちらほらと降っているが、馬車での移動に支障が出るほどではない。真冬でも、ほとんど雪の積もらない地域なのだ。
パーティー開始までまだ時間があるため、会場に参加者はほとんどいなかった。
そんな中、講堂入り口の車寄せに、1台の馬車が止まった。
艶やかな濃紺の礼服と外套に身を包んだラウルスが降りてくる。
講堂の中に入って、周囲を探すように見回し──輝くような笑みを浮かべた。
「ラウルス殿下」
「アドラータ!」
入り口広間の壁際にいたアドラータが、微笑みを浮かべて歩み寄って来る。
女性用の外套の下には濃緑色のドレス。控えめな金のイヤリングとネックレス。金髪は複雑に結い上げられて緑の貴石で飾られている。
全体にシンプルなデザインでありながら、本人の美しさと強い眼差しがあいまって、実に豪奢な存在感を放っていた。
「『嬢』をお付けください、殿下」
「今夜の君は特に美しい。
しかしアドラータ、私の贈ったドレスを着てはくれなかったのか?」
アドラータが艶然と微笑む。
「今宵は神聖な冬至の夜。あのドレスはいささか露出が高く、真冬には寒うございます。
それにわが男爵家では、冬至は緑をまとう慣わし。冬にも負けぬ常緑樹の緑、そして輝く金の星がログウィー家の冬至の装いなのです」
「それはそれは。
そんなことより、早い時間に私を呼び出したということは──いよいよ私の求めに応える気になってくれたのかい?」
男爵家の慣わしには心底興味なさそうだった。
「あちらに部屋を用意してございます。もちろん、邪魔な者が入ってこないように話をつけておりますのよ。
そこで全員参加の礼拝までしばしの間、お話いたしませんこと?」
「素晴らしい考えだ。
ではお手をどうぞ、アドラータ」
ラウルスが触れ合いそうなほど距離を詰めて、右手を出した。左手は彼女の腰に手を回そうとしている。
しかしアドラータは彼に背を向け、先導するようにさっさと歩き出す。
ラウルスは聞こえないように小さく舌打ちすると、おとなしく後をついて講堂に入っていった。
廊下を建物の端のあたりまで進むと、アドラータはある部屋の扉を開けた。
「こちらでございます」
すでに灯りのついているその部屋に、ためらわずに入っていく。
ラウルスも、アドラータに密着しそうな勢いで続いた。
「待ちかねたぞアドラータ、ついに君を──」
言いかけて絶句する。
そこは広い、多人数が会合に使うような部屋であった。
中央に大きな円卓があり、お茶の支度がされている。
そして、周囲の椅子と壁際には10人以上の人間がおり、冷ややかにラウルスを見ていた。
まず奥の上座には、口髭を蓄えた痩身の老人。
その右の席は空いている。
空席の隣には、藍色の礼服をまとったマオロ・ペルフェクティ。
ずっと屋敷で蟄居していたはずの彼がいた。
老人の左手に座るのは、これも休学を続けていたユーティルフェ。
眼鏡は外し、紺色のドレスを着ている。
彼女の隣には2つの空席。
マオロの次の席には元問題児の2人、エクエスとオーディアン。
オーディアンの隣には、白銀のドレスをまとった生徒会顧問のメリッサ。
席次の半ばから下座にかけて、生徒会会計のスクルーブとカルキア。
同じく生徒会の書記、ローリックとノーティム。
いずれも冬至祭のための正装をしていた。
それとは別に、扉近くの壁際に2人の男性が立っていた。中背だががっしりした体格の壮年の男性と、大柄で陽気な笑みを浮かべた30代と見える男性である。
どちらも仕立ての良い服だったが、冬至祭の正装ではない。
「皆様、殿下をお連れいたしました」
アドラータの言葉に、一同が目礼して謝意を表す。
「ありがとうございます、ご令嬢方。
今おいでの方々は、外套をこちらに」
大柄な男性は外套を預かると、片隅の外套掛けに片付け始めた。
彼に礼をのべると、アドラータはラウルスを放置してさっさとメリッサの隣の空席に向かう。
予想もしていなかった光景に、ラウルスはしばらく固まっていた。
「ど……どういうことだ」
「早く入っていただけますか?
後がつかえておりますから」
いつもと変わらない冷静な口調で、マオロが声をかける。
「なっ……なぜお前がここに!?」
「その話はおいおいいたします。
お気に召さないかもしれませんが、僕の隣にお座り下さい」
「ふざけるな、私は帰る──」
「それは困りますな、殿下。
中にお入り下さい」
立っていた男性の1人、がっしりした方の人物がさりげなくラウルスの背を押し、全員を部屋に入れると扉を閉め、その前に立ちはだかってしまった。
「な、いつの間にそこに──」
「殿下は人の気配に鈍感でいらっしゃる。
さあ皆さん座って下さい。
私ら2人は立ったままで充分ですからな」
大柄な紳士の言葉に、中背の男性もうなずいた。
渋々ラウルスも席に座る。
空席が全て埋まったのを確認して、マオロが口を開いた。
「では、ご紹介いたします。
こちらの上座の方はアークス卿。王宮からの使者でいらっしゃいます。
続いて、そちらの扉の前におられる紳士はクウェイラー卿です。
本人のご要望により、身分については後ほど」
クウェイラーがうなずく。
「最後に、そちらの扉の前におられる方はプルーブン卿です」
「プルーブン?」
ラウルスがぎょっとした声で呟いた。
他の者たちはすでに知っていたのか、退学したアラヴィスと同じ家名を聞いても驚いた様子はない。
「プルーブンといっても分家の分家でしてね。その節は、うちのお嬢さんがお世話になりました。
本日は南方辺境伯のお使いでやってきた次第です」
陽気に微笑んで一礼する。
続いてアークス卿が口を開いた。
「さて皆さん、私がここに来たのは他でもない、陛下の代理人としてメッセージを伝えるためです。
ですがその前段階として、お若い方達には情報共有と話し合いが必要だと判断しました。
私の仕事はその後ということにいたしましょう。
ではマオロ・ペルフェクティ君。始めて下さい」
「かしこまりました」
マオロはうやうやしく目礼すると、一同を見回した。
「僕たちがここに集まったのは、ラウルス殿下とユーティルフェ嬢、そしてアドラータ嬢にまつわる問題の解決のため。
そして最初に取り上げるべきは、アドラータ嬢に対して剃刀の入った手紙が送り付けられた事件。
その検証を始めましょう」
登場人物一覧
ラウルス
王子。
アドラータと2人きりで密室にと思ったら、メインキャラが総登場しててびっくり。
アドラータ・ログウィー
男爵令嬢。
ラウルスを引っかけて、「名探偵皆を集めてさてと言い」の場面に連れ込んだ。
マオロ・ペルフェクティ
久々のご本人登場。
恋愛戦闘力3とは思えないイケメンぶり。
アークス卿
王宮からの使者。痩せた老人。
城を意味するラテン語 arx から。
クウェイラー卿
がっしりした壮年の貴族男性。
「探す」を意味するラテン語 quaerere から。
プルーブン卿
アラヴィス・プルーブン父子の分家の人。陽気な30代。
今回は、アラヴィスパパの上司である辺境伯の使いとしてやって来た。
ユーティルフェ・ムザーク
ラウルス王子の婚約者である公爵令嬢。
今回は眼鏡なしのドレス。
メリッサ
生徒会顧問の美人先生。
お久しぶりです。
その他の皆さん
二馬鹿と生徒会役員の皆さん。
いっぱいいるので省略。




