10 生徒会役員たちの心配
数日後の生徒会室。
「いや、マオロ・ペルフェクティがこれほど面白い男だとは思っていなかった。
この俺としたことが、奴を見くびっていたぞ!」
エクエス・フォルケスは書類の端に錐で穴を開けながら、呵呵大笑していた。
その横ではオーディアン・エキューが、束ねた書類の穴に紐を通して、慎重に綴じている。
彼らは今、印刷室で大量に刷った冬至祭のレジュメの製本作業を行っていた。
本来生徒会に所属していない彼らがいるのは筋違いなのだが、生徒会室前で2人揃って『マオロはどうなったんだ教えろこっちにも実家から集めた情報があるんだぞ』とゴネにゴネたため、やむなく雑用をする代わりに部屋に入れることとなったのである。
「笑いごとじゃないよ……」
げっそりした顔でページ数を確認するスクルーブに、エクエスがにやりと笑う。
「結構なことではないか? 愛に生き、名誉に死す。
まさに貴族の鑑だ」
「愛……なのかなあ」
横からオーディアンが言葉を挟む。
「愛じゃねえの? 普通、赤の他人のために手袋は投げねえだろ」
「熱狂的なファンではある。
ほら、ユーティルフェ嬢が詩人のエウテルペーだったろう? それを知ってからおかしくなったんだよ」
聞いていた皆が、うんうんとうなずく。
マオロがラウルスに手袋を投げた経緯は、あっという間に知れ渡った。
ユーティルフェに対する侮辱に激怒した結果であるが、やはり『何故婚約者でもない彼女のためにそこまでしたのか』は問題になった。
下手をすると2人の不貞を疑われる状況である。
そこで、ユーティルフェと実家のムザーク公爵家は疑念を払拭するために、
『実はユーティルフェ・ムザークはエウテルペーという筆名で詩作をしており、マオロ・ペルフェクティは熱心なファンであった』
という情報を公開した。
恋愛関係ではなく、芸術家に対する尊敬の念からの行動であると。
この主張は周囲に比較的すんなりと受け入れられた。
ユーティルフェにはお目付役を兼ねた友人たちが数人、マオロには生徒会役員をはじめとする友人知人が多数いる。
彼らの証言から、生徒会活動以外に2人の接点が存在しないことが確認された。
さらにユーティルフェは王族の一員となるための教育や、学業の合間を縫って詩作や出版社との打ち合わせ、さらには生徒会活動と多忙な生活を送っている。
マオロも生徒会長としての活動や、各種部活動の学校別対抗戦の助っ人を務めるなど忙しく、どちらも不貞を働く暇などない、まして不貞を働くような人間ではないというのが皆の共通認識であった。
2人とも、ラウルスとは人望が違う。
決闘沙汰の引き金となった、ラウルスの暴言の内容が知られたことも大きい。
なぜか暴言の最後の、
『何であんなハズレの女と結婚しなければならないのだ(中略)私が哀れだとは思わないのか』
の部分が生徒たちに広まったため、
『それはユーティルフェ嬢のファンでなくても怒る』
『手袋を投げたのも納得』
という同情の空気が大多数を占めることとなったのである。
「結局それは恋愛じゃねえの?
生徒会長って真面目じゃん? 婚約者のいる女子を好きになる自分とか、認められねえだろ。
だから芸術家に対する崇拝ってことにして、でも上手く折り合いがつけられなくて、頭ん中ぐちゃぐちゃになって、そんなことになったんじゃねえの?」
オーディアンが冊子の紐を結びながら言う。
全員が、愕然とした顔で彼を見つめた。
「どうしたんだ……オーディアン、お前、そんな的確な分析ができる奴じゃなかったよな?」
「お前ら俺を何だと思ってるんだ?
日々、物言わぬお馬さんと猫ちゃんたちをお世話してるんだ。
相手の気持ちを察することができなくてどうするよ」
「すごいぞ馬術部、オーディアンに知性を植えつけるとは」
ノーティムが感嘆した。
馬術部に対して。
「騎士道精神と言ってもいいな。
愛する者の名誉のために、命をも投げ出す。利他的な恋愛感情は、最も美しい忠誠のひとつだ。
武門に生まれた者としては、大いに賛同するぞ」
エクエスが我が意を得たりとばかりにうなずくが、
「美しいとか忠誠とか聞こえはいいけれど、命を投げ出すって……会長、本当に処刑されてしまうの?」
カルキアの表情は暗い。
「さて、どうかな。
これが普通に暴力を振るったなら、奴はおしまいだった。頭と胴が分かれていたかもな。
だが決闘は別だ。貴族の名誉を守る戦いなのだから、非難されるいわれはない」
「だけど今は決闘禁止令が出ている。
しかも相手は王族だよ。こんなの前例がないんじゃない?」
同じく暗い表情で、作業しながらローリックが言う。
「まあな。だが決闘禁止令は、実は罰則は制定されていない」
「「え? そうなの?」」
「長い間、決闘は貴族の正当な権利だったからだ。
死者が続出したせいで禁止令が出たが、その成立だけでも反対派と揉めた経緯がある。
まして適切な罰とは何か。軽くても重くても文句が出る。だから罰則は明文化されていない。
調べてみたが、過去の罰はかなりケースバイケースだった。
合法的な殺人として悪用した者は死刑。名誉回復として決闘を行った者はしばらく蟄居しておしまい。
結局は、王の胸先三寸だな」
オーディアンが口を挟む。
「だいたい投げた手袋が大外れで、申し込み不成立だったんだろ? しかもどっちも未成年。
相手が王族でなければそこで終わった話だよな。
軽い罰になるんじゃねえの?」
「王族ってところが大問題なんだよ。
王族に対する殺人未遂と取られたら、処刑もあるんじゃないか?」
ローリックが言う。
全員の顔に不安がよぎった。すでに皆の作業の手は止まっている。
ちなみに、決闘だからラウルスが勝つ可能性もあったのだが、それがあり得るとは誰も思っていない。ラウルスへの殺害未遂という認識でしかない。
さすがにエクエスも渋い顔になる。
「そこは政治の話になってくる。
出番だぞ、オーディアン」
「おう、実家に手紙で聞いてやったぞ!
お袋が情報収集とおしゃべり大好きだから楽勝だったぜ!」
絶妙な呼吸で掛け合うエクエスとオーディアン。
「2人って、いつの間にか仲良くなってるのね……」
「一緒に生徒会長に突撃した仲だからな!」
言って一転真面目な顔になると、オーディアンは座り直した。
まだ制服を着崩した、不良の雰囲気の残る彼が真剣な表情になると、なかなか様になる。
「まずはユーティルフェ嬢の実家のムザーク公爵家。
この件で、ラウルス殿下の彼女への今までの態度が明らかになった。で、当然王家に抗議したらしい。
『我が公爵家当主の娘を婚約者としながら、このような言動はどういう事か? 是非真意をうかがいたい』」
「真意なんかないだろう」
「単に性格が悪いだけだって」
「このような言動って、他の女子に手を出すことも入ってるよな絶対」
けなしまくる役員一同。
「ムザーク公爵家は、会長を擁護しつつ婚約解消を願ってるんだってさ。
ユーティルフェ嬢を休学させているのも、決闘騒ぎの原因だからと言っているけど、王家への抗議の意味もある」
「まあ順当だね」
「娘のために手袋まで投げたんだもの。会長のことはかばってくださるわね」
「王家は、婚約解消に応じそう?」
ローリックの質問に、オーディアンがかぶりを振る。
「いいや。特にラウルス殿下の父親である王太子が、嫌がってるらしい」
「ムザーク家の後ろ盾があれば、息子を次の王太子に擁立できるんだからね。そこはそうなる。
王としても、王族の非を認めたくはない。絶対王政じゃないんだから、貴族とのパワーバランスがある。
コントラ熱の終結で諸国の紛争が再燃しそうなんだ。ここで頭を下げて諸侯から舐められたくないし、ムザーク公爵との強固な繋がりも維持したい」
「公爵からしても、国のためと言われるとつらいよね」
うなずくローリック。
ふと気がついたように、学園の情報通ノーティムに尋ねる。
「というか、ラウルス殿下は停学も休学もしていないよね?」
「むしろできない。王家としては、ラウルス殿下が被害者というスタンスを取るしかない。
本人は被害者ヅラをして普通に学園生活を送ってるよ」
「ある意味羨ましい。僕も、そんな風に能天気に悩みなく生きてみたいよ……」
「そうか? 生徒会長ファンの女子、実質女子全員から総スカンを食らってるけど?」
「前言撤回。羨ましくない」
「でも女子に嫌われてるのも分かってないんだよ。
周りも慇懃に接するしかないからなあ」
役員一同でため息をつく。
カルキアが続けて尋ねる。
「他に、会長を擁護する家は?」
「実家のペルフェクティ公爵家。分家にしてシレーティナ嬢のご実家であるスキレタケール家。及び二家の派閥」
「良かった。連帯責任を避けるために切り捨てる、とはなさらないのね」
「決闘は個人間の問題だから、家に累は及ばねえよ。処罰は本人に対してのみだ」
「ログウィー男爵の反応って分かる?
一応アドラータ様が、決闘騒ぎに間接的な関係があるんだけれど」
「王家に抗議したってさ。
『婚約者のいる殿下がうちの娘にまとわりついているが、真意をうかがいたい』と。
ってことは、生徒会長擁護派になるのか?」
「強いて言えば、という程度ね。直接には関係ないもの。
それにしても、みんな真意を聞きたがるのね」
「だから真意なんかないんだって」
「ただの女好きなんだよ」
「アドラータ様も普通に登校なさっているわね。
針の筵じゃないかしら、心配だわ」
その言葉にローリックが説明する。
「あの人も休めない。休学なんかしたら、彼女に非があると認める形になってしまう。
多分男爵は、娘は被害者なんだから殿下の方が休学しろよって思ってらっしゃる」
「さすがログウィー男爵。王家に対しても強気だ」
「あの地方は領地争いで屍山血河を築いている。
みんな舐められたら殺しに行くスタイルだから、本当に取り扱い注意だ」
「鉄道も走っているこのご時世に、中世が残ってるぞ中世が」
話が逸れかけたところで、エクエスが再び参戦する。
「俺の親父殿、フォルケス侯爵も擁護派だな。マオロ・ペルフェクティの擁護というよりは決闘尊重派だが。
いわく、王族に対する決闘の申し込みは、貴族に対するそれと同じと判断すべし。相手が王族だからといって、特に罰を重くすべからずと。
ラウルス殿下も殿下だとも言っている。外れた手袋を拾いに行ってでも挑戦を受けろ、それくらいの気概のない男にこの国の舵取りが任せられるかと」
「さすが、戦中派は血の気が多い」
擁護派といっても、あまりマオロの助けにはならなさそうである。
「逆に、会長に重い処罰を求める勢力っているの?」
「ペルフェクティ公爵の対抗派閥全部。他の選帝侯クラスの有力貴族とかな。
マオロが優秀なのは分かってるんだ。この騒ぎで排除できるならしたいだろ。
ついでに公爵家のイメージダウンにつながれば、なお良しってとこだ」
カルキアの質問に、オーディアンが即答する。
抜けているところも多々あるが、さすがに地頭は良い。理解力は高い。
「外国との紛争が起こるかもっていう時に、貴族同士で足の引っ張り合い?」
「国がコケない程度を狙って、政敵を潰す。政治ってそんなもんだろ。王家派だっている。
とは言っても、厳罰主張派は一部で、ほとんどは中立。様子見らしい」
「じゃあ本当に、陛下のお考え次第なのね……」
ケントルム王国は四方を外国に囲まれており、常に侵略の危険と隣り合わせている。
王は諸侯をまとめ上げ、外国の脅威に対して団結させなければならない。
統治者としてあまりに厳格であると、耐えられない貴族たちに叛逆される。逆に慈悲に偏れば、諸侯に侮られて求心力を失う。バランス感覚が要求されるのである。
マオロ1人を処刑して国がまとまるならば、安いものだ──そういう考えもあり得るのだ。
しばらく、物思わしげな沈黙が落ちた。
切り替えるように、エクエスがふんと鼻を鳴らす。
「さあ、こちらの情報は出したぞ。
お前たちのほうは、マオロに関する情報はないのか」
「いや、ほとんどオーディアンの力じゃないか……」
ぶつぶつ言いながらも、ローリックが数枚の便箋を取り出して、テーブルに置いた。
便箋には美しい正確な筆跡で、びっしりと文章が綴られている。
「会長は、僕らとは連絡を取ることを禁じられている。だけどシレーティナ嬢とはいとこ同士だ。
彼女を通して生徒会業務の申し送りをしてもらうという口実で、なんとか手紙をやり取りする許可を出してもらった。
そこに書いてあったことをまとめてもらったのが、これ」
「さすが沈黙令嬢、前もって文章で説明を書いておくとは徹底している」
苦笑しながら、エクエスが便箋を取り上げて読み始める。横からオーディアンも覗き込んだ。
「マオロも深く反省して蟄居しているか。さすがに後悔しているようだな」
「いや、ユーティルフェ嬢と生徒会へ迷惑をかけたっていう反省の弁しか書いてねえぞ?
王子への決闘騒ぎは全然後悔してないんじゃ?」
「ブレなくて大変結構。そうでなくてはな」
「あとは……そうか、アドラータ嬢への嫌がらせについて調べてくれと」
「ああ、そうだった。
そのことで、君たちに聞きたいことがあったんだ」
登場人物一覧
エクエス・フォルケス
力こそパワーなバンカライケメン。完璧令息マオロをおもしれー男判定した。
彼も心に武士を飼っているので、名誉のために死ぬのは全然オッケー。
オーディアン・エキュー
頭脳は進学校生徒、メンタルは子供。
決闘騒ぎつっても、大したお咎めにはならねえだろ? という楽観論。
ローリック
紋章官の息子。
マオロのことは心配だが、自分たちではどうにもならないので、せめて貴族の動向を知りたい。
カルキア
ツッコミ担当女子。
マオロが死刑になるのではと心配で、ツッコミを入れる気分ではない。
ノーティム
学園内の情報通。
今回はお役に立てず無念。
スクルーブ
ツッコミ担当男子。
今回はお役に立てず無念。
シレーティナ
沈黙令嬢。マオロのいとこ。
やっと出番らしきものが来たが、手紙だけで即終了。




