1 完璧令息の作戦会議
春の公式企画に参加したくて、まだ脱稿してないのに第1話だけ滑り込み投稿しました。
よろしくお願いします。
マオロ・ペルフェクティは完璧令息である。
彼はケントルム王国の外務大臣でもあるペルフェクティ公爵の三男として生を享けた。現在17歳、貴族子女を預るケントルム王立第一学園の生徒会長を務めている。
彼は、ただ高貴な血筋を持つだけの男ではない。
学問においては6年生首席、ダンスや乗馬といったスポーツにおいてもトップの成績を誇る。
性格は極めて冷静にして紳士的。基本的に善良であり万人が利益を得る方法を模索するが、他者に侮られぬようそれを隠す知性も備えている。
容姿に関しても、さらさらの黒髪に切れ長の目、紺碧の瞳。切れるような鋭い美貌を貴族的な優美さが和らげている。細身と見せかけてしなやかな筋肉で構成された長身の体躯と相まって、ただ完璧の一語。
中には彼の視力が低く、眼鏡を着用していることを欠点に挙げる者もいる。
しかし天地開闢より眼鏡というものが美形度強化アイテムであることは、つとに知られている。
さらに、眼鏡イケメンが人類へ与えられた神の恩寵であることは論を俟たない。
マオロ・ペルフェクティ。完璧令息と呼ばれる所以であった。
王立第一学園は、成績で選抜された王国最高峰の貴族学校である。
そのため、校舎の内装はシンプルながらも贅が凝らされている。生徒会室もまた然り。
開け放たれた窓からは初夏の風が吹き、広々とした部屋の中央には年代物の長テーブルが配置されている。
周囲の深緑の繻子を張られた椅子には、すでに数人の生徒会役員が座っていた。
ちなみに会長は長テーブルの短辺、いわゆるお誕生日席ではなく、長辺中央に座る慣わしである。その両隣と対面に役員たちが座り、近い距離で話し合うためだ。
「会長、会議の前にこれ、お返しします。ありがとうございました」
マオロの斜め向かいに座っている5年生の会計女子のカルキアが、マオロに一冊の詩集を差し出した。
長い亜麻色の髪を無造作に一つ括りに束ねた小柄な少女である。
「どうでした?」
「すごく素敵でした!
早速この方の詩集を買い揃えようと思います!」
「そうでしょう。同好の士が増えて喜ばしい限りです」
カルキアの賞賛に、満足げな笑みを浮かべるマオロ。
「会長、それは詩集ですか? 誰の?」
カルキアの隣に座る、同じく5年生の会計であるスクルーブが挙手した。
煉瓦色の癖毛の、ひょろっと背の高い男子である。
「エウテルペーという、新進気鋭の詩人のものです。
若い女性のようなので、シレーティナ嬢がケントルム語を習得するのに役立つかと思って購入したのです。
それが、僕の方がすっかりファンになってしまいました」
「口語文で詩を書くなんて斬新ですよね! でもそれが初々しい魅力になってるんです」
カルキアも熱く語る。
「それだけではありません。作者は歴史や文学に相当深い造詣があります。それが作品に厚みを与えている。
覆面作家なのですが、僕は恥ずかしながら家のコネを駆使して、出版社を通して直筆サイン入り詩集を入手したくらいです」
「そ、そうですか……。すごくハマってるんですね」
うっかり話しかけたスクルーブが引く。
そこへ5年生の書記、ローリックがフォローを入れた。明るい灰色の髪の、小柄で童顔な男子生徒である。
「会長、役員全員が揃いました。
そろそろ会議を始めましょう」
「そうですね」
マオロが長辺中央の椅子に座り、
「これより生徒会定例会議を始めます」
宣言した。
腰掛けた生徒会役員たちが、発言者である生徒会長マオロに注目する。
「最初の議題ですが、まずはこの問題を取り上げたい」
小さく折った跡のある紙切れが何枚か、机に置かれている。
生徒会室の前に置かれた、匿名で意見や不満を投書する箱──通称「目安箱」に入れられたものである。
「今年度より第2学年に入学した、ログウィー男爵令嬢アドラータ。13歳。非常に社交的であり、学年を超えて人脈を築こうとしています。
それ自体は問題ないのですが、複数の男子が特に親しくなろうとつきまとっている模様。
現在は世間話をする程度ですが、将来的にトラブルが発生する可能性が高い。
早い段階で生徒会の方で把握、コントロールしておきたい案件です」
「生徒会長」
会計のスクルーブが挙手した。
「お言葉ですが、それって問題ですか?
このご時世ですから、僕らはみんな婚約者のいないフリーの身です。
特にここ第一学園は成績優秀者が集まりますから、互いに人脈を作ったり、生徒自らが結婚できそうな相手をチェックしておく。
親を通すより、相手の為人が分かりますものね。
紳士淑女としての範囲内なら、正直普通じゃないですか?」
20年ほど前に、コントラ熱と呼ばれる死亡率の高い流行性感冒が猛威を振るった。
それはここケントルム王国を中心に、東国ソリオータス・南国アウステル・西国オキデンス・北国セプテ=トゥーリの大陸広範囲にわたって猖獗を極め、多くの死者を出すことになった。
ここ第一学園をはじめ、全寮制の学校も長い間閉鎖され、再開されたのはほんの数年前である。
現在は治療法が確立したこと、及びコントラ熱の弱毒化によってほぼ沈静化している。
だがこの出来事は、中央部諸国に3つの影響を及ぼした。
ひとつ目は、当時散発的に起こっていたケントルムと南国アウステルの国境での小競り合い、また北国セプテ=トゥーリと東国ソリオータス間の小規模紛争がなし崩し的に休戦に至ったこと。
次に、貴族の婚約時期が成人後になったこと。
何しろ子供の頃に婚約を結んでも、結婚するまでにどちらかが亡くなってしまうことが多かった。罹患率と死亡率は成人後に多少下がるため、そこで初めて婚約を交わす習慣が一般的になったのである。
そして最後の社会的な影響としては、働ける男性が減少したことによって、女性が政治及び経済活動に進出するようになったこと。
これらの大きな変化を与えながら、疫病はゆるやかに終焉を迎えつつあった。
「ログウィー男爵って、ソリオータス寄りの領地だったよね? 家格としてはどんなものなの?」
カルキアが書記のローリックに訊いた。
「建国当初からの生え抜きの家門だよ。
辺境伯じゃないけど国境に近いから、東国ソリオータスの辺境貴族と何度も婚姻を結んでて、強い縁故がある。対ソリオータス外交を考えたら、男爵だからって軽んじていい家じゃない。
あと、現男爵のお子には男子がいない。妹さんがおられるけど、ご自分が婿を取る必要がある」
ローリックが即答した。
彼は代々紋章官を務める一族の子息であり、国内外の王族貴族の血統と婚姻関係をことごとく諳んじることができる。
「そっか。それじゃ婿探しはかなり意識してるよな」
「アドラータ嬢の母君はソリオータス出身だから、彼女の世代は国内の貴族と結婚しないといけない。
あんまり東国の血が濃くなると、完全に東国シンパになってしまうからね」
「なるほどね。でもそれ、生徒会が介入することなのかしら?」
「問題は、このアドラータ嬢に近づく男子というのが、4年生のオーディアン・エキューと5年生のエクエス・フォルケス。それに6年生のラウルス殿下だということです」
マオロの返事に、生徒会役員が一斉に『うわぁ……』という苦い表情になった。
「よりによって、問題児が3人集結か……」
「駄目だ。アドラータ嬢をめぐって決闘騒ぎが起きかねない……」
「アドラータ様、ダメンズ吸引能力高すぎ……」
口々にうめき声を上げる。
「というか、アドラータ嬢ってどんな方なんだ?
まだ13歳なんだろう?」
「ものすごい美少女だよ」
片手を上げて、ノーティムが発言した。薄墨色の髪の5年生書記で、生徒会で最も情報収集能力が高い。
「13歳だけど18歳と言われても納得するほど大人びている。
東国ソリオータス風のピンクがかった金髪に紅玉の瞳、薔薇色の頬。陽気で溌剌としていて話術にも長けている。
他の学年の間でも、沈黙令嬢ことシレーティナ嬢と双璧を成す美人と言われ始めている。シレーティナ嬢が凛とした白百合なら、アドラータ嬢は蕾から開いたばかりの赤薔薇だとね」
「ノーティム君、女性の容姿を比較するような言動はつつしむように」
「す、すいません!」
マオロの注意に、ノーティムが慌てて謝罪した。
「ともかく、あの三大馬鹿……もとい3名の男子を1人ずつ切り崩し、アドラータ嬢から引き離すこと。
これが本日の議題とします」
ちょっとでも覚えてもらう役に立つと嬉しい登場人物一覧
マオロ・ペルフェクティ
『完璧令息』。知的眼鏡イケメン生徒会長。男性。
完全であることを意味する古語「真秀・まほろ」から。
ペルフェクティは、完璧のラテン語perfectioから。
カルキア
生徒会役員。ツッコミ担当女子。
「計算」を意味するラテン語calculusから。
スクルーブ
生徒会役員。ツッコミ担当男子。
「書く」を意味するラテン語scribeから。
ローリック
生徒会役員。紋章官の息子で、貴族の家系に詳しい。
「紋章」を意味するラテン語loricaから。
ノーティム
生徒会役員。生徒間の情報に詳しい。
「知らせ」を意味するラテン語nuntiumから。
アドラータ・ログウィー
新入生。外見18歳実年齢13歳のゴージャスな美少女。
「花の香り」を意味するラテン語odorataと、「雄弁は銀、沈黙は金」に似た格言
Scire loqui decus est;decus est et scire tacere.
(語るを知ることは名誉である。沈黙を知ることもまた名誉である)
の2つ目の単語(多分「語る」の部分)から。
今loguiじゃなくてloquiだと気づきましたが、このままログウィーで押し通します。
シレーティナ・スキレタケール
『沈黙令嬢』。凛とした美少女らしい。
「沈黙」を意味するラテン語silentiumと、上記の格言のラスト2語(多分「沈黙を知る」の部分)から。