3人め.菊池 幕院
青汁も飲みます。
※ コロン 先生主催の【菊池祭り】参加作品です
あたしの名前はミリィ・ビリガン。観測者にして、憤怒を司る魔神。だから、この物語の主役はあたしではない。
主役はあたしの出逢った、のこり10人の菊池だ。
桃は剥くのが面倒だったため、白桃も黄桃も皮ごとスムージーにしてしまった。
ケールの緑色に染まったスムージーは、白でも黄色でも、ましてやピンクでさえなく。
ヨーグルトを混ぜると飲みやすいとのネット情報だが、できあがってみれば、発酵乳製品の酸味とケールの苦みがオエっときそうで、自分では口をつけないままに。
あたしは今夜の逢瀬のあいてに、その処遇を委ねるべく、ジャッキになみなみと汲んで手渡したのだった。
「うがぁあ!!
んだよ、それよぉ!
おれが悪ぃんじゃなくて、そんなやこしい名称つけるやつが悪ぃんだっつーの!!」
緑のスムージー、大ジョッキ半分ほどをひと息に飲み干すと。就職活動中の菊池 幕院は、きょうの昼にアポをとってあった面接の顛末を語り出した。今回受けたのは、大手衣料チェーンの会社らしい。
「さいしょは、うまくいってたんだっつーの。
んで、シボウドウキってやつ。なんで、この会社に入りたいのかって聞かれても、金が欲しいからって正直に答えたら、落とされるだろ?
そこをうまく取り繕った答えを返せることが、正直であることより、そんなにだいじかっつーの?!」
スムージー片手にくだを巻く菊池の怒りの核を、観測者であるあたしはじっくりと見極める。
「んで、シボウドウキだよ。
むこうのご希望どおりに、オタメゴカシて答えてやったわけ。
御社のアルパカ業界において担っておられる役割を鑑み、そこに私の学び培ってきたものを生かすことによって、より大きな公益と崇高なる社会善を実現すれば、神の見えざる黄金の右手が破滅の未来にアッパーカット。
御社の腰には三団体統一のチャンピオンベルトが巻かれることになるでしょう」
ふむふむ。奇を衒うことなく、それでいて型に収まらない理想的な返答である。これ、採用されるんじゃね?
「うがぁあ!
んだよ!?
ちゃんと聞いてやがったのか? こんな答えじゃ採用されるわけねえっつーの!!」
怒りを滾らせる菊池だけれど、あたしの興味はすでにそこにはない。青スジがこいつの何処に浮かぶのか、必死で探しているからだ。
「おれが受けた会社の業界は、『アルパカ』じゃなくて『アパレル』だっつーの!
なんで、よりによってこんなときに……」
菊池はぎりぎりと 歯軋りをする。
「なんで、よりによってこんなときにだけ、ちゃんと『アルパカ』って言えるんだよ!?
ふだんは『アルパカ』だか『アルカパ』だかわかんねえってのに。
……あれ? アルパカ? アルカパ? アパルカ???」
怒りのせいか、もはや原型をとどめなくなりつつある、ヒツジラクダの呼称はさておき。
——見つけた!!
今回の青スジは、 歯軋りに震えるその歯茎。めくれあがった上唇からのぞく、前歯の根本に蠢いていた。
とはいえ、いくらあたしでも。口の中にまで指をつっこんで、青スジをひきちぎるわけにはいくまい。
命拾いしたわねと、薄く笑い返すと。菊池の手から、すでに空になったジョッキをとりあげて、猿轡のように、耳障りな音をたてていた両の前歯へとそれを噛ませた。
あたし、 歯軋りって嫌いなのよ。
すると。ぷしゅっと赤い飛沫をあげて、菊池の上唇の内側、前歯のうえの歯茎で、なにかが裂けたみたいで。
あの様子では顎の関節も砕けているだろう。
残念ね。
菊池がアルカパなら、カパって口を大きくひらけたはずだし。大ジョッキを咥えこむほどの顎関節の強さをもつのは、群れのなかでも五本の指に入る剛の者だけとは聞くが、うまくすれば命くらい助かったかもしれない。
あたしはそれでも、スムージーをきちんと飲み干してくれた菊池に感謝をして。
次に棒アイスを食べたときに、お墓をつくってやろうと心に決めたのだった。
主のいなくなった菊池の郵便受けに、採用通知が届いたのは、それからしばらくたってのこと。
面接官の顔が見てみたい。
アルパカ!!