斜陽
嫌だ嫌だと思っても、私の命はこれっきりだ。
潔く、受け入れるしかない────
『アイテムが使用されました』
その言葉によって私の意識は急速に戻り、視界がはっきりと明るくなっていった。
どことなく装備し続けていたがいつの間にか忘れてしまっていた、死後にHPとMPが回復するアイテム。
私は記憶を取り戻すようにその存在を思い出し、倒れそうになった体を支えるために脚の筋肉をがっしりと力ませた。
私が死ぬ直前に歩いて近寄っていた彼女の左胸に向けて、心臓をもぎ取るように右の掌を突き出した。
彼女はとんでもなく驚いている様子であったが、私と対象になるように右手を突き出した。
そしてまたもや目の前の自分に対して早撃ちをするような形になり、どちらが早くスキル放てるか試すことになった。
「……もう少しだけ、続けようか」
私が誘うような言葉を発したあと、互いに口を閉じたためしんと静まり返った。
彼女の考えた「生きろ」の対義語は素晴らしいアイデアだと思ったが、私はそのような卑怯な手を使いたくはない。
やるならば、真っ向勝負でケリをつけたいのだ。
(同義語………)
何かの合図があったら「離れろ」と言い放って、彼女と適度の距離を取ろうと心の中で決めた。
「………………………………っ!」
初めの時と同じように、私の手が意識せずに力んだことに合わせて2人で同時に叫んだ。
「「離れろ!!」」
ト゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ン
彼女は先程のように殺意のあるスキルを撃つかと思ったが、私と全く同じ言葉を言い放った。
二度も考えることが同じで、やはり自分は自分なのだと感じた。
ドシュンッ!
高速で移動する景色を後ろに彼女が弱めに飛んでゆく様を見たところで、私は自分の体に異変を感じた。
(まるでスキルが効いていない…………?)
どうして突如効果が無くなったのか分からないが、これは攻撃する隙ができたと考えて
ザッ…シュンッ!
決して早くないものの、確実に地面を踏みしめて彼女の方へ飛び込んでいった。
そして彼女がバランスを崩して倒れそうなところに、(対義語)と心で唱えて右の掌を突き出した。
「起き上がれ!」
ト゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ン
私がそう叫ぶと彼女は抵抗するように腕を伸ばしかけたが、私のスキルに従順になって横たわった。
控えめに大の字になった彼女の脇腹に自分の両足を運び、何だか馬乗りになることに嫌気がさした私は野蛮な少年のようにしゃがんだ。
シュイイィン………
先程のよう徐々に空間の切り替わりが遅くなり、今度は戦闘を始めた森の中に居ると分かった。
私が斜め前にある面に向けて右の掌を突き出そうとした途端に
「まっ……待ってくれ………!私のMPはもう微塵も無いのだ………」
と、彼女が負けを認めそうな表情で訴えかけてきた。
(そうか………確かにMPは、スキルをしばらく使っていないと自然にすり減っていってしまう。こればかりはやむを得ないな…………)
私がそのように思いつつ納得していると、遅れて警戒心が訪れて「これは何か私を騙すための作戦なのではないか?」と脳裏で思ってしまった。
しかし彼女の目には本当に悲しそうな涙が溜まっていたので、私はその予測を頭の中でかき消した。
「すまない………。どうせこうなるのなら、私があのときに謝罪をしておけばよかった。こんなにも……死ぬ気で戦う必要はなかったっ………」
話し終わったところで被せるように、彼女は本格的に涙を流し出した。
私もかなり複雑な気持ちになっていたこともあり、彼女の泣き顔につられて目に涙をにじませた。
ぐすっ……ぐすん………っ……………
やがて私は耐えられなくなり、伸ばしてある右腕を曲げて目の周りを拭った。
「うっ………うぅ……っ…ぐ………」
私は腕で顔を隠しながら泣き、彼女は仰向けになったままでやさしく涙を滴らせた。
どうしようもなく、言語化できないような感情がどずどずと込み上げて、それらが互いの目から外に出てゆく。
「っ…………私も、こうならないようにっ…ぐ……止めておけば良かっ…た………。すまない…………」
今度は私が泣きながら謝罪をすると、重心が前に傾いて両手と両膝が地に着き、彼女を押し倒したような形になった。
「すまない…………すまないっ………………」
私は何度も謝罪の言葉を口に出した。
さもなくば、彼女が私を許しても己が己を許せないような気がしたのである。
「あぁ…………こちらこそ、申し訳な…」
ゾシュンッ!!
彼女が再び謝ろうとしたところで、私の頭頂部と後頭部の間のあたりを刀でねじ込まれるような激痛が走った。
ブッシャアァァァッッ!
噴水のように頭から血が飛び出し、周りの土に赤色の水玉模様ができてゆく。
私たち2人は泣き止み、故障した機械のように固まって理解の追いついていない表情をした。
刀が少し引き抜かれて、声ひとつも出せないほどに悶絶しそうな痛みが先程よりも軽くなったかと思うと
サ゛シ゛ュ゛ウ゛ゥ゛ッ!!
刃が私の頭を貫通して、ちょうど真下ある彼女の眉間を貫いた。
私と彼女の頭は団子のように串刺しになり、またもや周りの土に真っ赤な血を飛び散らせた。
「…………フン、屑が」
どこからか聞こえたどす黒い一言で、私たちの頭を刺しに来た声の主は誰なのか分かった。
(バ、バカな………っ!なぜだ……………なぜ、『魔王』が……生きているっ…………!?)
頭の位置が固定されてしまい巨人のような魔王のいる方へ振り向けなかったが、呪いと怨みの混じったとてつもない気配を感じた。
その気配はかなりおぞましく、今まで気が付けなかったことが不思議なほどであった。
「………何故、私がここにいるか気になるか?まぁ……もうじき出血多量という死因で、人間らしく愚かに亡くなる訳だ。冥土の土産程度に話しておいてやろう」
魔王は目を合わせずに話し始め、抵抗すらできない私たちは話を聞くしかなかった。
「私はお前らに殺された後……強い憎しみの思いから呪霊となってこの世界に戻ってきた。……非現実的ではあるがな。そして、お前たちに報復をするために遥々ここまでやって来た、という訳だ」
コ゛リ゛ュ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ウ゛ゥ゛ッ!!
言葉の終わりとほぼ同時に、2人の頭から股までを巨大な刀でごっそり真っ二つに斬り裂かれた。
ボドッ……ボド…………
制御できなくなった私の体が双方に倒れ、顔の横側にぐしゃぐしゃの地面の感触がしたような気がした。
それでも、さすが聴覚は死ぬ直前まで感じ続けると言われるだけあって、もはや痛みすら感じられない中で魔王の声だけがうっすら聞こえた。
「あと、お前らには突然私が現れたように感じただろうが……それにはしっかりと理由がある。蘇ったと同時に、透明になれるスキルを手にしてな。そのスキルを使用して気配を隠していたのだ」
魔王が話に一区切りをつけたところで、私の意識が段々と遠のいていってしまった。
片方の目で、最期の最後に半分になった彼女の口が動いたように見えた。
『ありがとう……な』
そのような今までの感謝の言葉が、聞こえた気がした。
××××年。春の心地よい風が吹く季節に、異界の都市部の近くにある森の中にて、ひとつの男の影とひとつ女の影が呪いによって引き裂かれていた。
『私は、やりきったではないか』
そのように自分を満足させて、アルヴィオ・クレモンニの人生は終わろうとしている。
トクン……トクン……という心臓の鳴らす音が、段々と元気をなくす。
涼子は、空の上で楽しく歌でも歌っているのだろうか。叶恵と一花は……どうなってしまっているのだろうか。
妻と娘が2人いるにもかかわらず川に身を投げ捨て、別の世界へ逃げ込むなど私は屑野郎でしかないと感じた。
しかし、もう遅い。
もうじき私の二つ目の命は終わってしまう。
トクン…………トクン………………
実に、苦労にまみれた岩のような人生であった。
さらば、未知に溢れたこの世界よ。
さらば、未だに弱き己よ。
さらば、報われなかったカーティスよ。
嗚呼、今からそちらへ行くからね…………涼子。
己を倒して逝く己
―完―