亭午
彼女は、私が氷で固められたように硬直していることなど気にせずに話を続けた。
「魔王を独りで倒した後、偶然涼子と出会ってね……。前の世界のように幸せに同居していったのだが、ある日から何かあればすぐに私に暴力を振るうようになった」
過去のことを思い出すようにして、彼女は私の頭部の近くを眺めつつ話し続ける。
「そこで私は自分のスキルで『未来へ進む』の対義語を使用して、過去に戻ることにした。当時の自分を助けるついでに、彼女を殺してしまえば済む話だと考えたのだよ」
一通り話を聞いて彼女に同情することも無く、私は怒りが段々と湧いていることを実感した。
「……何故、殺した」
顔を斜め下に向けてうつむきながら質問をしたが、彼女は全く答える気のない様子であり、もはや再び話し始めそうな口の形をしていたので
「何故、殺したのだ!!?」
と今度は鬼の形相で迫りつつ、怒鳴るような調子で胸ぐらを掴みながら問いかけた。
さすがに驚いたのか、彼女は目を見開いてあからさまに驚愕している表情をした。
「そうだったとはいえ……殺害する必要はなかっただろう!過去に戻るにしても、手を出さなくなるように説得するなり出来ただろう!!」
胸元から、肩を掴むようにして彼の体を揺すりながら一方的に叫ぶと、彼女はまさしく真理を突かれたような顔をした。
ぽっかりと開けた口から「確かにそうだった」という言葉でも聞こえるかと思いきや、いきなりドゴゥッと私のみぞおちを殴った。
ふらふらと痛みに耐える私など気にもせず、すぐに腰の鞘に差さった剣を抜き取った後、いつもの見慣れた構えをした。
ダンッッ
彼女は無言で地面を蹴り飛ばし、迫真の表情でこちらに飛んできた。
咄嗟に私も横の方へ地面を蹴って体に剣が当たらないように避けた。
「……っ、おいっ…どうしたのだ?いきなり攻撃をしかけてきてっ!?」
再びの突進を避けることに合わせて、声を大きくしながら彼女に話しかけた。
「……どうも何も無い。同じ自分だとしても、意見が対立してこうならざるを得ない筈だ」
私の目を見ずに淡白に答える彼女の顔は、どこか物悲しそうに見えた。
ドス……
私が盛り上がった土に足を引っかけ、後ろにつまづいて尻もちを着いてしまったところも見逃されなかった。
彼女は私の鼻の頭に当たりそうなほどに近くまで、剣の先端を突きつけた。
私はそれに対抗するべく、震えてしまうことを抑えながら、スキルを発動するための右の掌を彼女に向けた。
「…………ほう、君はその気なのか」
彼女は私の姿を見ると、要らなくなった玩具でも捨てるように右手で剣を放り投げ、ぴんと伸ばした腕をそのまま私に向けた。
「私もスキルが使えない訳では無い。君と同じスキルを持っているが、本来の姿を悟られないように剣術のみで戦うと誤魔化していただけだ」
それでステータスを一度も見せてくれなかったのか、と心の中で理解した。
…………………
彼女の話が終わって静まり返ると、まるで西部劇でよく見る早撃ちのようになった。
彼女よりも早くスキルを撃つため、(同義語…)とあらかじめ心の声で唱えておく。
「………………………………っ!」
不意に私の手の筋肉が力んだことが合図になり、ほぼ同時に互いの口が開いた。
「「吹っ飛べ!!」」
ト゛ゥ゛ウ゛ゥ゛ン
空間だけが高速で動くような形で、自分たち2人以外の景色がとてつもない速さで切り替わっていった。
それとは逆に、自分たちの体の動きが水中に潜っているかのように遅くなっていき
ドシュンッ!
彼女のスキルの効果によって、私の体は投げられた球のように吹っ飛んでいった。
ドシューーーンッ!!
私のスキルのレベルの方が高い影響か、彼女は私よりも飛んでゆく勢いが強く感じた。
恐らく彼女のスキルの効果が少し弱かったのは、長い間使用していなかったことが理由だろう。
グルン…ガシィッ……!
彼女は速まる勢いを利用して、空中で後ろ向きに回転してからがっしりと地に足を着けた。
私は彼女の体制を直す手助けのようなことをしてしまって後悔したが、すぐに頭の中を戦闘態勢に切り替えた。
「自分に対してスキルを使用すると、このように空間を高速で移動するといった訳の分からぬことが起こる」
足に力を入れて踏ん張ったあと、地面を蹴り飛ばしながら話し続ける。
「私は過去に戻る際にこうなると存じていたのだが……自分2人でやるとどうなるのか気になったこともあって、あえて止めようとしなかった」
と続けつつ、左の掌を押し出そうとしながら私へ飛び込んできた。
先に攻撃をさせまいと思った私は、太ももに引っ付いている右の掌にかなり力を入れて彼女に向け始めた。
私は心の声で(対義語)と叫んでから、掌がはっきり彼女に向いたことを確認した。
「落ちろ!」
ト゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ン
そう叫んだ途端に空間の高速移動が更に加速していき、彼女は巨人に持ち上げられるように空高く飛び上がった。
私は今の姿勢を直すために体を起き上がらせようとしたが叶わず、背中にゆっくりと地面に叩きつけられる感触が走った。
その反動で段々と両脚が持ち上がり、この動きで今度こそ立ち上がろうとしたところで
「止まらなくなるな!」
と私に左腕をしっかりと突き出して、叫びながら落ちてくる彼女の姿が見えた。
ト゛ゥ゛ゥ゛ウ゛ン
(止まらなくなるの反対は……止まると同じ意味か。少々ややこしくしてきたな………)
紛らわしくしたには何かの意図があると思い、もしかしたらこれは対義語を使用して「動け」の意にしているのではないか?と仮定をした。
高速に動く景色とは反対に遅くしか動けない私は、頭をなるべく速く回転させて試しに右手を軽く動かしてみた。
(……!動かせるッ………)
予想通りでほっと安堵する間もなく、スキルを撃つ準備をすることにした。
私は重い鉛を動かすように右手首を捻り、ゆっくりだが確実に落ちてくる彼女に掌を向けた。
(対義語……)
「止まらなくならないようにするな!」
私も便乗して、更に分かりづらい言葉を発してスキルを放った。
ト゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ン
実際は「止まれ」という意味だが、彼女は混乱してしまうだろう。
私はもはや常に高速で切り替わり続ける背景を見ずに、彼女がビダンと止まるところを見届けた。
(今更気がついたが……スキルを撃つ際の口の動きと、スキルの効果によって動いているときは遅くなってしまわないようだな)
そのようなことを思ってから十数秒ほど経つと、少しずつ背景の切り替わる速度が緩まっていくことを感じた。
シュイイィイン……
ほぼ移り変わりが止まったと言って良いようなところで、私はカーティスと初めて出会った草原にいることに気がついた。
初めて彼女と仲間になった場所で、戦うというのはどこか複雑な気分である。
「………っ……ハァ……」
空間の切り替わりが完全に止まり、今まで宙に浮いていた私の腕などが地面に着地した。
そして不自然に固まっている彼女を睨みつけながら立ち上がり、いつでも攻撃できるような所まで後ろ向きに歩いた。
念の為右腕を伸ばして対象を絞っておき、スキルの効いていることを表すゲージをひたすらに見つめた。
ジジ……ジ………
すると彼女の頭上にあるゲージに、テレビの砂嵐のようなものが発生した。
これも先程彼女が話していた訳の分からぬことだろうか?と考えていると、ズゴンッと一気にゲージが空になった。
(何っ………!)
私はそれに驚き、一瞬だけ怯んでしまった。
しかし彼女はその一瞬を見逃さず、伸ばしきった左の手首こちらに向けて捻った。
「生きろ」
その言葉を放った面は、同じ自分とは思えないほど下衆なものであった。
そこで私は考えたくもないことをひとつ、脳裏によぎらせてしまった。
(『生きろ』の対義語で『死ね』と言う意にしたのではないか?)
ト゛ゥ゛ウ゛ウ゛ン
独特の音と共にふわっと魂が抜けてゆく感覚が走り、先程の考えは仮定ではなく確信へ変わった。
私のスキルは自分の放った言葉の意味が大きいと、代償として致命的なダメージを喰らう。
そのため直接「死ね」と言うと、文字通り死にそうなほどに苦しくなる訳だが、彼女は対義語を使用してそれの抜け穴をくぐり抜けた。
(……完敗だな………………)
再び高速に変わり始めた景色は、まるで私の最期の走馬灯を映し出しているように見えた。
意識がもうろうとしつつ、身体中に力を入れられなくなってゆく。
(これで………終わりなのか…………)
私は、死を覚悟した。