第八十六話 「不穏」
壁に備え付けられたランタンが照らす、薄暗い坑道を歩く一人の男。
背は160センチ程、薄い革製の黒い旅装束を纏い、コウモリの外観に小さな羽を持つ魔族の男は、楽しげな笑みを浮かべたまま奥へと進む。
辺りからは鉄を打ち付けるような音が反響して聞こえ、蝙蝠族である彼にとっては苦痛すら感じる空間であるが、それらを気にすることなく口笛すら奏でて見せる。
「ご機嫌だな、ギウ。一週間も離れて満足したか?」
少し開けた空間にでた直後、横合いの壁際に背もたれする男から声をかけられる。
容姿はギウと呼ばれた魔族と同様、違いがあるとすれば衣装の色がギウが黒に対して、こちらは茶色というくらいだろうか。
「おぉ! 兄者、聞いてくれよ! 今回はいい村が見つかってな! 二十人はいたんだが、こいつら活きが良くてなぁ……女子供まで逃げないもんだからつい調子に乗っちまったよ……」
「そうか。いいからさっさと風呂に入れ。血生臭くて居るに堪えん」
恍惚とした表情を浮かべるギウに対し、兄者と呼ばれる男は冷たく一蹴する。
弟の悪癖にはうんざりだと呆れて首を振る兄に、無神経にもギウは饒舌に語る。
「いやあ助かったよ兄者! これでまた一週間は仕事に集中出来るってもんさ! 血の補給もバッチリ、ストレスも発散出来て気分は最高だぁ!」
「一週間も持ち場を離れたと思ったら、一週間しか仕事が出来ないだと? ふざけるのも大概にしろ。
お前が戻ったら俺は寝させて貰うぞ」
「へいへい、すまなかったよ。んじゃ、ちょっくらひとっ風呂浴びて来るよ」
背を向けて今来た道を引き返す弟にうんざりしつつも、弟の有用性と家族としての情に心中は複雑な思いで渦巻く。
兄と呼ばれる男、ガヴは事実として兄弟二人で居ることにこそ自分達の強みを実感している。
今回受けた魔石鉱山の護衛監視も、二人だからこそ出来ると踏んでの判断だ。
鍛工族達の監視、訪れる邪魔者の駆除、一人でこなすには幅が広すぎる。
実力うんぬん以前に手が足りないのだ。
その点、実力に人手と言う意味でも兄弟である自分達は最適だとガヴは自負していた。
これまでに二度の冒険者を駆除し、一人たりとも逃亡者を出していない。
仕事は完璧にこなす、それがガヴの美学であった。
「ガヴさん、いいですか?」
「なんだ?」
「一週間前くらいですが、アトランティアのギルドで張ってた仲間からの報告です。
三度目の冒険者の派遣、今回はSランクのオーレンバック・ステルと、Aランクの半魔、後はBランクの女子供が二人だそうです」
「いよいよSランクか……オーレンめ、あのふざけた面を八つ裂きにしてやれるかと思うと清々するわ……!」
仏頂面で聞いていたガヴも、オーレンバックの名を聞いて歪なまでにその顔を歪ませる。
それを見ていた報告の男は思わず『ヒッ』と声を挙げるが、ガヴはそれを気にも留めない。
「分かった、持ち場に戻れ」
「は、はいッ!」
「――――四人か。Bの女子供が二人、Aの半魔……クククッ、楽しませてくれると良いがな」
――――
四日目の道中で、馬車の一団と遭遇した。
護衛らしき魔族の武装者が四人、騎手が一人のなんてことは無い一団にオー姉が引っかかりを覚える。
「……ねえ、貴方達どこへ?」
「あ? 何でテメェに言う必要がある?」
「そうよね、でもごめんなさいね。これでも冒険者だから、一応聞かせてもらえないかしら?」
そう言いつつオー姉は自身の冒険者証を相手に見せる。
Sランク冒険者の特権行使、それは言うなれば絶対に断れない事情聴取の様なもの。
相手もオー姉のランクに気づいてその表情を曇らせる。
「チッ……王都アトランティアへだよ。もういいか?」
「ん〜〜……ちなみに、何を運んでるのかしら?」
「魔獣の素材だよ! おい、もういいだろ!?」
「貴方達が来た方角、魔石鉱山が有るのよねぇ。現在鉱山とは実質的な隔絶状態。だから王都にも魔石の輸入は無し……ねえ、ソレ本当は魔石だったりしない?」
語彙こそ柔らかだが語気は強く。
高圧的ともとれるオー姉に、男達は冷や汗すら浮かべ始める。
後ろに控えた数人が己の得物に手をかけ始め、それを悟った俺やリメリアが瞬時に構える。
遅れてルコンが二本を展開するが、オー姉が右手を出して俺達を制止する。
「オッケー、何となく貴方達の事情は分かったわ。
恐らく鉱山で誰かに雇われたのよね?
王都に行くってのも嘘でしょう? どうかしら、ここで大人しく馬車を譲ってくれるなら見逃してもあげるけれど?」
「聞けねぇ頼みだな。悪いがここで死んでもらう」
「そう……ライルちゃん達、さがってて良いわよ。
アタシもたまには動かないとね!」
「でも――」
「いいから、退くわよ二人とも。巻き込まれるわ」
有無を言わせぬリメリアの言葉に従うしか無くなる。
『巻き込まれる』、文字通りオー姉が持つ鞭にだろうか。
「界蛇鞭、やっと見れるわね……!」
「界蛇鞭?」
「かつてオーレンバックが討伐したSランク魔獣『界蛇ウロスペント』を加工して作られた鞭よ」
「Sランク魔獣……!」
かつて相対した赤龍やサンガクと同等以上の魔獣という事を考えれば、オー姉の実力は想像に難くない。
まあ、見ただけでオー姉が強いなんてことは分かりきっているのだが。
オー姉が腰の留め具を外して鞭を取り、軽く振って地面を叩く。
バスンと砂埃と風を巻き上げ、地面には軽く凹みが出来る。
見た目は蛇の鱗のような細かな藍色の紋様に、三メートルは有ろうかという長さ。
あの鞭、その長さも相まって見た目以上に重い……!
それを軽々と扱えるオー姉もまた、己を極限まで鍛え上げたのであろうことは屈強な肉体で一目瞭然だ。
「うっ……」
喧嘩を売る相手を間違えた、そう男達が悟った時にはもう遅い。
「さあ――イクわよ♡」
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