第八十二話 「いつかの覚悟」
渓谷のような間に架かった橋を渡り、向こう岸の門をくぐる。
門の先はいよいよ魔土。
荒涼とした大地が広がり、魔獣が闊歩する――訳では無く。
そこには大小様々な大きさの家屋が立ち並び、露店を出している者や冒険者の姿も見られる。
街とはいかないまでも、ナーロ村よりよっぽど栄えている。
立ち尽くす後ろではゆっくりと門が閉まる。
門を閉めたのは魔族の者達であり、どうやら彼等が魔土側の門を開閉している様だ。
「何て言うか、思ったのと違うな……」
「ここはターンポルト。凡人土から見れば魔土への入り口。言い換えれば魔土側から凡人土への入り口。そんなとこが何も無い荒れ地だなんて、ねぇ?」
「ちょっと先にはギルドの支部も有るわよ。馬の貸し出しや依頼の斡旋もされてるわ」
魔土経験者であるオー姉とリメリアが説明してくれる。
なるほど……つまりここターンポルトは一種のベースキャンプということか。
感心していると、そばにいるルコンがソワソワしているのに気がつく。
「どうした?」
「なんだか懐かしい感じがします……昔住んでたから……? 匂いも、風も、懐かしい……」
「そうか……今回は無理だけど、今度はイズリさん達と一緒に里に行ってみような」
「はいっ!」
「そういえば二人は兄妹なのよね?」
「いやまあ、そんなものというか、限りなく近いと言うか」
「ンフフ、良いのよ細かいことは! 良いわねぇ……種を超えた家族愛……唆るわ!」
背筋に寒気が走る。
ルギオンよ、完全に人選ミスだろ。
「オーレンバック、早く行きましょう!」
「んもう、リメリアちゃんはせっかちなのね。
まあいいわ、まずはギルドで馬を借りましょう」
さっさと先頭に立って歩くリメリアの後を追従し、ギルドの支部へと向かう。
道中では様々な冒険者や行商人とすれ違い、内の何人かはオー姉を見ると笑顔で挨拶を交わしていく。
彼女も慣れた様子でそれらを捌いていき、それだけでオーレンバック・ステルという人物の人柄が知れる気がした。
ギルドの支部に着くとオー姉が一人で中へと入り、馬の貸し出し手続きを済ませてきた。
「今回借りれたのは二頭だけだったわ。それでも大きめの子達だから助かったわね」
そう言ってギルドの裏手に繋がれた馬を手繰り、一頭の手綱をこちらへ寄越してくる。
乗馬はロデナスで経験済みだ。
異世界での定番というのは実際に来てみてもその通りであり、主な移動手段は徒歩か馬。
長旅や中長期の移動はどうしても馬に頼ることが多い。
つまりはこの世界で生きる以上、否応無しに修得するスキルの一つでもあった。
だが問題がある。馬は二頭、人数は四人。
幸いにも馬の身体は大きく、二人くらいなら問題無く乗れそうではあるのだが……
「アタシとルコンちゃん、ライルちゃんとリメリアちゃんのペアが丁度いいんじゃないかしら?
アタシは大歓迎だけど、ライルちゃんとじゃちょ〜っと狭過ぎるかも」
「私は大丈夫です。オー姉さん、よろしくお願いします!」
「私も構わないわ。さっさと行きましょう」
ホッと胸を撫でおろす。
オー姉と二人乗り、体格的に俺が前。
後ろからあの巨漢、もとい巨女が手を回してくる事を想像すると寒気が止まらない。
各自馬に跨り、後ろに座る俺とオー姉は手綱を握り込む。
隣の馬に跨るオー姉に後ろから抱かれる様な格好でちょこんと座るルコンが心配にもなるが、こちらの気など知らぬ風とばかりに尻尾を振ってはしゃいでいる。
「も〜ルコンちゃんたら! くすぐったいじゃないの!」
「あ、ごめんなさいです! えへへ」
「…………」
「ちょっと、なにボーっとしてんのよ!」
前に座るリメリアが肘で小突いてくる。
地味な痛さに顔をしかめつつ、これからしばしのドライブパートナーへと顔を向ける。
しかしこいつ、いい匂いするな……普段からぶっきらぼうな振る舞いが目立つリメリアだが、容姿は紛れもない美少女。
なびく赤毛に白いリボン、こうして改めて見ると女の子してないことは無い。
初対面で杖を突きつけられたことや、すぐに魔術比べをしようとしたサ◯ヤ人思考によって先入観を持たされていたのかもしれない。
「な、なによそんなに見てきて……変なとこ触らないでよね!」
「はいはい、触りませんとも。そっちこそ暴れて落ちるなよ」
変なとこ、もちろん触りたいが触らない。
常識と節度ある社会人ならば、例え据え膳であろうと先の関係性等も考慮して動くのがマストだ。
まぁそもそもリメリアが据え膳とは決まって無いのだが。
馬を進め、進路はターンポルトより南西へ。
「目的地の魔石鉱山へは大体五日ってところかしらね。道中では魔獣も出るでしょうから、気は常に張っておいて」
「オー姉さんはその魔石鉱山には行ったことが?」
「んーん、無いわ。基本的に冒険者は用が無い場所だもの」
「そうなんですね。――今回の件、どう見ます?」
ズバリ、単刀直入に今回の依頼について尋ねる。
各地に魔石を供給する重要な拠点の一つでもある魔石鉱山。
その一つと完全に連絡がつかなくなり、調査に派遣された冒険者達も音信不通。
強力な魔獣が住み着いた、にしては違和感が強すぎる。
「そうね〜……――まず間違いなく、人為的な介入。盗賊か、はたまたなんらかの恨みがあっての凶行か。
いずれにしても、裏にいるのは派遣された冒険者を退けられるだけの実力者である事は確かよ。
ねえ三人共。人殺しの経験、有る?」
「……無いです」
「私も……」
「有るわ」
俺やルコンは当然として、意外な返答をしたのはリメリアであった。
思わず凄い勢いで首を向けてしまう。
「女一人で冒険者やってると、暴漢やしょうもない盗賊なんてのは付き物よ。
私だって殺したくはなかった。でもね、向こうは殺す気で来るの。完全な殺意と手心は釣り合わない。
自分の身を守ることで精一杯なの……」
皆が黙ってリメリアの話を聞く。
確かにリメリアの言う通りなのかもしれない。
誰も殺さず、なるべく傷付けずなんて俺の考えは甘いのだろう。
それは過去、ルコンを攫おうとした奴隷商の時にもゼールに指摘されたことだ。
だが、一度殺しをして、異世界だからとそれが正当化されても。
手段としてそれが当たり前になることが、俺は怖くて堪らなかった。
「リメリアちゃんの言う事は正しいわ。もちろん殺しはしないことに越したことは無いけどね。
でも本当に、どうしようもないとき。理性を振り切る覚悟は必要になるのよ。それが自分を、周りを救うことに繋がるかもしれないんだから」
理性を振り切る覚悟、か……
それは怒りや憎悪に身を任せろって話ではなく、倫理観の話だろう。
異世界で日本育ちの常識や倫理が通じないことは分かっている。
俺はいざその時、覚悟があるだろうか――
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